第9話 故郷での朝
熊型の魔物であるフォレストベアに追われ、重傷を負ったものの、かつてこの世界に転生した地球の人間の遺産である機械の竜に命を救われたフォルスは、ニュイと名付けた機械の竜と故郷の村への帰還を果たす。
その夜のこと。
汚れた体を少女の姿に"乗り換えた"ニュイに拭かれたあと、フォルスはその日の疲れを癒すために自室のベッドへ向かった。
「じゃあ。俺は寝るから、ニュイは母さんたちが使ってたベッドを使ってくれ…………って、言ったよな? なんでついてくる?」
「連れないなあマスター。千年振りに誰かと添い寝できるチャンスなんだぞ? この機を逃す手はあるまい」
「いやもう、駄目って言う前にベッドに入ってるし」
「いたいけな少女に一人寂しく寝ろと?」
「そうは言ってないけど。俺の心が保たない」
自室のドアを開けた途端、当たり前だと言わんばかりの顔でフォルスの横をすり抜け、ベッドに飛び込んだニュイが、横向きで寝そべったまま頬杖を付き、フォルスに向かって手を招く。
そんなニュイに背を向けて「もういいか、俺が父さんと母さんのベッドで寝よ」と、自室を後にしようと歩き出そうとしたのだが、背中から機械の翼を生やしたニュイが、翼を変形させてフォルスを掴んでベッドに引き込んだ。
「あの〜、ニュイさん? 無理矢理はどうかと思うんだけど?」
「安心しろ夜這いまではせんよ」
「そういう事じゃねえよ。はあ、分かった分かりましたよ。こっちからすりゃ好みの女の子と一緒に寝れるんなら願ったり叶ったり。観念して一緒に寝ますよ」
「ふっふっふ。そうだぞマスター。私からは逃げられんのだ。大人しく一緒に寝るんだな」
「へいへい」
ニュイの翼から解放され、強制的に同衾させられたフォルスは嬉しいんだか、不満なんだか、よく分からない感情にモヤモヤしながらニュイに背を向けて布団を被って目を閉じた。
「おやすみ、マスター」
「耳元で囁くの止めてえ! ドキドキするだろ⁉︎」
「おや、コレは失礼したな」
絶対確信犯だろお前! とは言わず、フォルスは再びニュイに背を向け目を閉じる。
また何かしてくるかと警戒するが、動きは無いので安心したのだろう、どっと今日の疲れが来たフォルスは「ん? そもそもニュイって寝るのか?」と、考えはしたものの、口からは出ず、そのまま眠りについた。
しかし朝方、フォルスは寝苦しくて目を覚ます。
妙に胸が苦しい、もしかしてフォレストベアにやられた傷が治りきっていなかったのか? と、疑問に思いながら胸辺りに手をやると、フニっと柔らかい感触を感じる。
気になって目を向けた先、そこにはフォルスを後ろから抱き枕よろしく抱きしめて爆睡しているニュイの腕が見えていた。
「やばい。落ち着け、心頭滅却だ。素数を数えよう……いや、素数そんなに知らんな」
ニュイとピッタリ密着しているため、寝返りは出来ない。
出来たとしてこの状況。向かいあえばニュイの頭がフォルスの腹あたりに位置する。
それはマズイ。
理性が保てないかも知れない。
さらに言えば思春期真っ只中の少年の体だ。
朝の生理現象で、下半身がやや苦しくなっている。
寝ている少女を襲うなど、創作以外では言語道断と、フォルスは深呼吸すると、昨日フォレストベアに襲われた時のことを考えて精神を沈静化させていった。
そして同時に思う。
「強く、なりてえなあ」
旅に出るとして、比較的安全な街道を進んだとしても魔物に遭遇することはある。
その際に、ニュイと行動しているなら間違いなく安全だというのは昨日の戦いぶりを見れば明らか。
しかし、ニュイがいつまでも一緒にいてくれる保証もない。
今は明らかな好意を持ってくれているが、心変わりが無いとも断言出来ない。
それ以前に、相棒と言った以上、全てを任せきりには出来ない。
ニュイは気にしないのだろうが、それは対等な、相棒という関係ではないとフォルスは思ったからこそ「鍛えないとなあ」と、心に決めたのだった。
しばらく、どうやって鍛えるかなと、窓から朝日が差し込むまで考えていると、ニュイの力が弱まった。
起きたかと、振り返ってみるフォルス。
そこには眠そうな顔で目を擦って女の子座りをしているニュイの姿があった。
「おはようマスター。私より起床が早いとはな。睡眠パターンの入力をしくじったようだ」
「カワ、んっんん!」
言動はそうでもないが、仕草や表情が好みと一致して悶えそうになるのを我慢して、わざとらしく咳払いをすると、フォルスはベッドから脱出し、洋服ダンスから服を取り出して着替えを始めた。
「なんだ。今日は恥ずかしがらないのか?」
「昨日全部見られたからな。別にもういいかなって」
ニュイの言葉に、昨晩全身を濡れタオルで拭かれた事を思い出して恥ずかしさいっぱいになり、顔を赤くしながら答えると、フォルスは手早く着替えを済ませる。
そして、朝食のためにダイニングに向かおうとしたところで、ニュイが察したか、ベッドから降りるとフォルスの後に続いて部屋を出て、ダイニングに一緒に向かい、昨晩の夕食の残りをキッチンで熱し始めた。
「誰かに朝飯作ってもらうなんて、久しぶりだ」
「お望みなら毎日作ってやるぞ?」
「そりゃあいいや。嬉しいね、じゃあ頼むよ」
ニュイの本気か冗談か分からない言葉に、フォルスも本気か冗談か分からない言葉で対抗するが、ニュイは嬉しそうに「任せろ」と、笑顔を見せた。
どうやら本気らしい。
しかし、その言葉を聞き、笑顔を見たはずのフォルスは「なんで俺にそんなに好意的なんだ?」と、聞くことが出来なかった。
例えばだが「以前の主人にそう命令されている」とか「転生者には好意的に接するようにプログラムされている」といった義務的な言葉を、誰あろう、ニュイから聞くのが怖かった、単純に、嫌だったのだ。
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