第7話 自宅にて
ニュイが倒したフォレストベアに、村の夜警に当たっていた村人たちが気を取られていたので、それを好機とみてフォルスはニュイを馬に姿を変えたニュイを連れ、自宅に向かっていった。
「ここが俺んちだ。ちょっと裏で隠れて待っててくれ。たぶん誰も来ないと思うけどな」
「マスターはどうするのだ?」
「フォレストベアをどうやって倒したか"言い訳"してくるんだよ」
そう言って、フォルスはいつの間にか村人で賑わっていた門前の広場へ向かうと、やって来た村長たちに「森で迷っていた際に襲われ、逃げ回っているうちに折れた木の枝が刺さってフォレストベアが自滅した」と、事実を誤魔化す。
最初は疑われるかと思ったが、フォルスを良く知る村人たちはフォルス一人ではフォレストベアを倒せないと理解していたために、熊は運悪く自滅したのだと納得していた。
「しかし魔物に襲われて生還したからか、大人っぽくなったなフォルス」
「いやあ〜、ははは。そんな事ないですよ」
近所、とはいえ自宅からは離れているが、顔見知りの村人に言われ、フォルスは一瞬体をビクつかせた。
死に掛けて、前世の記憶、それもこの世界から見て異世界人としての記憶が戻ったと言ったところで信じてもらえるはずもなく。
フォルスは記憶にある通り今までのように村人たちと話をして、知り合いの猟師たちにフォレストベアの肉を捌いてもらうと、自分の取り分の肉を多めにもらって「あとはみんなで分けてください」と、ニュイを待たせている自宅へと帰っていった。
「ふう〜。なんとか誤魔化せたか? さて、あとはニュイのことだなあ」
と、ニュイが待っているはずの自宅の裏へと顔を出したが、そこにニュイの姿はなかった。
夜とはいえ森にいるわけではない。
輪っかの付いた月と、満天の星空の光で視界は確保出来ている。
いくらニュイの体が黒色とはいえ、装甲の隙間からは赤い光るフレームも覗いていたから見失うはずがないのだ。
「おーい、まだ馬の姿のままなのか?」
名前を叫ぶわけにもいかず、呟きながら、家の周りをぐるっと回ってニュイを探すが、それらしい影は見つからない。
目立つ姿でうろちょろされるとマズい、探しにいかないと。
そう思って髪を掻いていると自宅の中からガタッと物音がした。
竜の姿のニュイにしろ、馬の姿のニュイにしろ、人間用の玄関から中に入れるわけもない。
しかし、この状況で自宅の中にいるのはニュイか、盗人くらいだ。
その考えが躊躇いなくフォルスを自宅に踏み入らせる。
自宅の玄関の扉を開け、靴を脱ごうとするが、そこでフォルスは動きを止めると苦笑した。
「今まで靴脱がないのが当たり前だったのに、記憶が戻ったせいで違和感凄いな」
靴の泥を、玄関に置いていた泥落とし用の
竜のニュイなら体を動かすたびに金属音が、馬のニュイだとしても蹄鉄で床を踏む音や、息遣いが聞こえてくるはずだが、フォルスの耳に聞こえてきた音は、ペタペタと裸足で木の床を踏む音と、布擦れの音だった。
「ニュイ、いるのか?」
玄関に置いている棚から発光系魔石を入れたランプを取り、取手に魔力を送り込んで光を灯すと、フォルスは音が聞こえてきた部屋の方へと歩いていく。
音が聞こえてきた部屋は、死んだ両親の寝室だった。
部屋の扉を開けようと手を伸ばすフォルスだったが、フォルスがドアを開く前に内側からドアが開かれる。
その突然開かれたドアの向こう。
いたのは亡き母親が着ていた服を着用した、黒髪ロングで赤い眼を持つ整った顔立ちの、フォルスと同じ歳くらいの少女だった。
「やあマスター、お帰り。着る物を構築し忘れてしまってな。スキャンした結果、着ることが出来そうな服をこの部屋で見つけたから借りたよ。母君の物だろう? 形見を勝手にすまないな」
初対面の少女だったが、その少女の声がニュイの物と同じだった事と、出会った時に聞かれた好みの女性の姿だったことから、フォルスは少女に「ニュイか?」などと、野暮なことは聞かなかった。
「うっわー。めっちゃ好み……結婚してくれる?」
「阿呆なことを言うなマスター。それよりも、言い訳とやらは上手くいったのか?」
「ああ、まあ一応誤魔化せはしたけど、それよりニュイ、その格好」
「馬の数がどうのと言ったのはマスターだぞ? 光学迷彩で隠れることも可能だが、竜の姿も目立つというのは理解しているし、人の身なら隠れる分には楽だからな」
「ちょっと触ってもいい?」
「構わんぞ? マスターが望むなら夜の相手も——」
「そういうのじゃねえよ⁉︎ いやまあ、我慢できる自信はないけど」
などと言いながら、フォルスはニュイの頬をつまんでみる。
触り心地は人間のそれだ。
髪に触れてみてもなんら触り心地に違和感がない。
「馬の時も思ったけど、なにこれ凄い」
「そうだろうそうだろう。私は機械として創造主に産み出されたが、生物の再現率は完璧だ。フォルスの体を完璧に修復出来るほどにな」
少女の姿のニュイに改めて言われ、フォルスは改めて自分の腕を見て「それは確かにそう」と、納得して五体無事で故郷の村、自宅に帰ってこられたことに感謝する。
「ありがとうなニュイ。お前のおかげで無事帰ってこられた」
「どういたしましてと言っておくよマスター。さて、どうする?」
「どうする?」
「腹が減っているんじゃないのか? 良ければ私がその肉を料理するが?」
そう言うと、ニュイはフォルスがランプと一緒に手に下げていたフォレストベアの肉が入っている皮の包みを指差した。
「ニュイ、料理とかできんの?」
「まだ少し人の体に慣れていないんでな、動きはぎこちないが、知識はインストールされている。任せてくれて構わないぞ?」
「好みの少女が台所に立つだと? よろしくお願いします」
ニュイの言葉を拒否する理由など全くない。
フォルスは深々と頭を下げると、ニュイを自宅のダイニングキッチンへ案内するのだった。
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