第5話 村への道で

 出会った機械の竜にニュイと名付け、滝の裏側にあった秘密基地から外へと、読んで字の如く飛び出したフォルスとニュイ。

 

 しかし、急に宙に放り出されたような浮遊感に襲われて、フォルスはニュイに地上にすぐさま降下するように懇願する。


「ああ、地面最高〜」


「どうした這いつくばって。土でも食ってるのか? ダメだぞ? 人間は人間らしい食事をしないとな」


「誰のせいだよ誰の」


 母なる大地を抱きしめるように両手を広げ、森の中でうつ伏せに倒れていたフォルスは、ニュイの言葉に顔を上げると、そのままゆっくり立ち上がった。


 木々の間から見える空はオレンジ色一色に染まっているが、一番星は既に輝いている。

 すぐに夜のとばりが降りるだろう。


「まずいな。そろそろ村に帰らねえと迷っちまう」


 安っぽい布のズボンとベストに付着した土や落ち葉を払いながら呟くと、フォルスは辺りを見渡すが、地図など持っているわけもなく。


 いや、仮に地図があったところで同じような景観が広がる深い森の中だ。どのみち迷っていただろう。


 さてどうしようかと考えていると、グゥーッとフォルスの腹の虫が空腹を訴えるために鳴いた。


「そういや朝にスープ飲んだだけでそれから何にも食べてねえな。いや、まずは村の位置か。どうするかなあ」


 と、ブツブツ呟いていると、ニュイが鼻先でフォルスの背中を推した。


「複数の生体反応が向こうから感じられる。村はそっちじゃないのか?」


「まじ? いやあ、まあこの辺ほかに村とかねえから多分あってる。行こう、日が暮れちまう前に」


「乗るか?」


「いや、しばらく空の旅は勘弁だ」


 最速最短で空から帰るより、森を歩く事にしたフォルスは、ニュイが前脚で指し示した方向に歩き始めた。

 翼を畳めば幅的には馬と変わらないニュイも、フォルスについて歩き始める。


 そうしてしばらく歩いていると、ガサガサと茂みが遠くで擦れる音がした。

 どうやら近付いて来ているというのは音でなんとなくは分かった。


「ニュイ、なんかいるか?」


「魔物だな。人の生体反応にしてはデカい。中型種だ。赤外線センサーを起動……ふむ、今の時代の呼び名だと、フォレストベアだな」


「げぇ! アイツかよ!」


 ニュイの言葉を聞いて、フォルスの頭にはある魔物の姿が脳裏を過っていた。

 この森に入り、小型の獲物を狙った矢先に襲い掛かってきた四本の前脚を持つ熊型の魔物、それがフォレストベアだった。


「やべえ。武器なんてなんにも」


「武器ならあるじゃないか、ここに」


 ニュイがそう言った瞬間だった。

 茂みを踏み潰しながら猛烈な勢いでフォレストベアが突進してきた。

 こいつも腹を空かせて苛立っていたのだろう。

 もしくはフォレストベアにはニュイが馬に見えたのか、明らかな異形を目にしてもその勢いは止まらなかった。


 やられる!


 そう思って、思わず体を縮こめ目を閉じたフォルスだったが、フォレストベアからの攻撃は一向にこない。


 恐る恐る目を開くと、フォレストベアはニュイの変形した翼で口を塞がれるように貫かれて絶命していた。


「お、おお! ありがとうニュイ、助かった」


「造作もないよマスター。しかし、本当に戦えんのだな」


「お前のマスターはどうだったんだ?」


「戦えていたぞ? 剣も槍も弓も魔法も、何もかも使えていたと記録している」


「羨ましいね。俺と違ってチート転生してたわけだ」


 言いながら、フォルスは何も持っていない手を開いてその手に視線を落とした。

 思えば死ぬ直前の記憶はあるが、そのあと神様とか超常の存在に出会った記憶は一切ない。

 スキルやステータスなんてゲームみたいなシステムがあるなんて、生まれ変わってから聞いたこともない。


「本当に、ただ転生しただけなんだなあ。はぁ〜あ。いやまあ、こうして前世の記憶を取り戻したこと自体が特別か。でも知識でチート出来るほど、特別賢いわけでもないしなあ」


「ブツブツ考え事をしているところ悪いんだが、コイツはどうする? いつまでもぶら下げてはおけんぞ?」


 後ろで待ちくたびれたニュイに言われ、フォルスはしばし考えて結局そのフォレストベアを持ち帰ることにした。

 本日の夕食にするつもりなのだ。


「血抜きとかしたいけど、ほんとに時間がヤバいからとりあえず進もう。行けるか?」


「構わんよ。まあ血抜きくらいなら道中でしておいてやるから気にせず歩くんだなマスター」


「あんまり血をそこらに撒くなよ? 他の魔物が寄ってきちまう」


「問題ないさ。ナノマシンを注入して血液を分解。私のエネルギーとして吸収する」


「ええ〜? なんか吸血鬼みてえ」


「アレらは血そのものが食事だが、私はそれを分解してから吸収すると言っただろう? 全くの別物だよ」


「ニュイって吸血鬼と会ったことあんの?」


「あるとも。戦ったこともある」


 と、フォレストベアをぶら下げたままのニュイを連れて、フォルスは暗くなってきた森を歩き始める。


 そんなフォルスがやっとこさ森を抜け、見覚えのある村への道を見つけた時にはオレンジ色だった空は闇色に染まり、歩くには【ティンダー】で火の玉を作らないと先が見えないほ真っ暗になっていた。

 

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