第4話 地下から地上へ

 滝の裏の洞窟に落下し、一命を取り留めたフォルス。

 しかし、彼を助けたのは洞窟の奥の扉の向こうに長年暮らしていた機械の体を持つ竜だった。


 その黒い塗装に赤い眼、四肢で地に立ち背中に対の翼を持つ機竜に、フォルスはニュイと名付けた。


「さてこれで契約は成立だ。これからよろしくな、マスター」


「契約? なんの話だ?」


「命を助けてやっただろう? その見返りに私を地上に連れていってくれ」


「行けば良いじゃん。お前を作った奴の事は知らないけど、ナノマシンとか地球でも実現してない技術を使ってるあたり俺とは違って埒外らちがいな力を持っていたんだろ? そんな奴が作ったお前さんはとんでもない力を持ってるんじゃないのか? 俺なんか必要ないだろ?」


「まあ確かに。その気になれば国一つ滅ぼすくらいは容易い」


「お前絶対外出るな!」


 とんでもないことを口走った機竜の前に立ち、指をさして叫ぶフォルス。

 そんなフォルスに伏せたままため息を吐くように、目の前でこちらに指をさしている少年に口から発生させた風を吹きかけると、ニュイは尻尾を鉄の床にペンペンと叩きつけた。


「だから、契約だと言った。創造主だった前のマスターはある縛りを私に課している。地上に出る時は自分のように日本からの転生者とだけ同行を認めるとな」


「なんで日本人限定なんだ」


「前のマスターは日本人の民族性を信じていた。マスターたちの暮らしていた日本という国は、他国を侵さず専守防衛に努めていたのだろう?」


「まあ確かにそういう国だったよ。世界的に見ても比較的平和な国だった。でもそれは国の話だ。俺個人がそうじゃなかったらどうするんだ」


「国一つ滅ぼせると言った私に、外に出るなと言った男が戦を好むとは思えないが?」


 そう言われてフォルスは顔を赤くした。

 図星というか、全て見透かされているようで恥ずかしくなったのだ。


「外に出て、お前は何がしたいんだ?」


 照れ隠しをするように、赤茶色の髪をガシガシ掻きながら、フォルスは目の前で伏せているニュイに聞く。


「ここを見ろ。殺風景だろ? 私はただ外に出たいだけだ。ナノマシンのカメラ越しではなく、もう一度、自分のこの目で外の世界が見たいんだ」


 そう言われて、フォルスは辺りを見渡した。

 確かに金属の床と壁ばかりで、殺風景なものだ。

 この場所に千年はいると言っていた。

 それがどれほどの苦痛かなど、想像したくても出来るものではない。


 腕を組み、思案した結果。

 フォルスは「分かった、一緒に行こう」とニュイの赤い眼を真っ直ぐ見て言い放った。

 

「ありがとうマスター。これからよろしく頼むよ」


「それで? どうやってここから出るんだ? 滝を突っ切るつもりか?」


「いや、あっちは入り口専用だ。出口はこっちだよ」


 そう言うと、ニュイは立ち上がって天井を仰いだ。

 それと同時にニュイの体から赤い光が放たれ、その光が金属の床や壁をジグザグに辿って天井に向かっていく。

 すると照明が消え、天井が一枚、また一枚と上に向かって左右に開いていった。


「おお! 出撃シーンみてえじゃん!」


「ああ、前のマスターもそんな事を言っていたな。出撃シーンとやらを意識したと。さあ乗れ、飛ぶぞ」


 開いていく天井の様子に興奮冷めやらぬといったふうにハシャいでいるフォルスにそう言って、ニュイは再び伏せた。

 馬には乗った事があるが、竜、ましてや機械で出来た竜に乗るなんてのは初めての経験だ。


「乗れって言われてもなあ」


 と、困ったように頭を掻きながらフォルスはニュイの横に歩いていく。

 すると、竜の甲殻を模して造られたゴツゴツした背中が変形し、翼の付け根である人間で言うと肩甲骨より首側にバイクのハンドルのような持ち手が現れた。

 それに合わせて背中も跨りやすく変形していった。


 これを見て、フォルスは前世での死の直前に見た愛車のバイクのことを思い出していた。


「はは。凄えや」


「感動してくれて嬉しいが、早く乗った方が良いぞ? 濡れたくないんだろう?」


「濡れる? なんで?」


 ニュイに濡れたくないだろうと言われ、フォルスはある事に気が付いた。

 自分が歩いてきた洞窟は滝の真裏からほぼ一直線だった。

 という事は、この秘密基地のような場所は川の下の更にしたに位置するという事になる。

 つまり、などと考える必要などない。

 

 開いた天井から、滝のような音が響いてきたことで、フォルスは全てを察してニュイに飛び乗った。


「おい! 大丈夫なのか⁉︎」


「もちろん。あまり喋るなよ? 舌を噛みたくなかったらな」


 そう言うと、ニュイは自分の体とフォルスを固定するために足枷のようなものでフォルスと自分を繋ぐと、立ち上がって踏ん張ると跳び上がり。空中に浮遊した。


 そしてそのまま翼をスラスターのように変形させると水が落下してきているであろう天井に向かって加速していった。


 このままでは川から流れ込んだ多量の水でフォルスは溺死するか、最悪水圧で圧死する。

 

 それを防ぐためにニュイは結界、いや、バリアでフォルスを覆うと口を開いてエネルギーを収束すると、向かってくる水に向かって体に見合わない開いた出撃口一杯の熱線を吐き出して穴を開けた。


「いやぁあ! 死ね死ぬ!」


「はっはっは! 叫べるくらいは余裕があるか! やるじゃないか!」


 多量の水が熱線で蒸発し、水蒸気によって視界を完全に奪われるフォルス。

 その体にはとんでもないGが掛かってどんどん上昇していっているということだけは理解出来た。


 そして、視界が晴れた時、フォルスとニュイは空の上。夕日に染められたオレンジ色の空を浮遊していた。


「高い! 怖い!」


「ああ。いい光景だ。綺麗な夕日に碧い森。随分と昔に比べて自然が増えたな」


「ニュイ! とりあえず降ろせ! 怖すぎる!」


「もう少し景色を見ていたかったが、マスターの願いなら仕方あるまい」


 フォルスの言葉に従って、ニュイは翼の向きを帰るとスラスターのような翼から火を粒子を放出して地上に落下するより速い速度で降下していく。


 そのあまりの落下速度に「もっとゆっくりぃいい!!」と、フォルスの悲痛な叫び声がオレンジ色の空にに響いたのだった。

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