第3話 扉の奥にあった物

 魔物に追われた末に滝の裏側の洞窟に落下して、辛くも一命を取り留めた。

 思い出した前世の記憶に混乱しながらも、洞窟からの脱出口を探すフォルスはこの時代、この世界にはそぐわない金属の自動扉を見つける。


 そして壁に埋め込まれていたコンソールの画面に浮かび上がった日本語で書かれた問題に前世の記憶と知識で答え、扉は開かれた。


「真っ暗でなんも見えねえ」


 洞窟を進んでいた時のように魔法で火の玉を作り出し、開かれた扉をくぐったが、光が差し込む滝の方から離れた事もあって扉の内側は真っ暗だ。

  

 しかし、少し進んだ辺りで辺りが明るくなった。

 天井の照明に光が灯ったのだ。


「目が! 目があ!」


 突然の強烈な明かりにいつか見たアニメのキャラクターのように目を抑え、フォルスは身をよじる。

 とはいえ失明したわけでもないので、直ぐに慣れ、次第に視界は回復していった。


 その回復した視力で見た場所は、鉄の自動扉の割には小さな空間が広がっていた。

 

 鉄の扉と同じでこの世界には似つかわしくない鉄で作られたワンフロアはどこかの工場のような様相だ。


 そのフロアの真ん中に、馬ほどのサイズ感の、物語に出てきそうな四つ脚で背中に対の翼を持ったドラゴンを模して作られた置き物が置かれていた。


「真っ黒の竜。先輩の趣味か? ロボットみたいだな、そういやあカードゲームにこんなやついたっけ。眼の紅いやつ。でも見た目は狩ゲーの鋼龍が近いか。あいつ好きだったんだよなあ」


 竜の置き物の前に立ち、そんな事を呟いて、フォルスは手を伸ばした。

 そしてその竜の置き物の鼻先に触れる。

 すると、何処からともなく声が響いた。


「やっと来た。地球からの転生者。随分と待たされた」


「音声⁉︎ 置き物から⁉︎」


「誰が置き物だ。全くこのまま錆びるかと思った」


 合成された音声のようにいくつも声が重なり、男だか女だか、若者なのか老人なのか分からない声が確かに置き物から響いていた。


 更にその置き物の竜は犬がそうするように座った状態から四つ脚を鉄の床に付けて立ち上がると、身震いする。

 ガチャガチャと、鎧が擦れるような音が、後ずさったフォルスの耳をざわつかせた。


「ここに入ってこれたということは転生者なんだろう? 助けた甲斐があったな」

 

「助けた? お前が助けてくれたのか。もしかして怪我も」

 

「ナノマシンでな。知ってるか? ナノマシン」


「まあアニメとかの知識だけど」


 どうにも奇怪な状況だが、置き物だと思っていた機械の竜があまりにも流暢に話しかけて来たので、普通に返答するフォルス。

 その目の前で、機械の竜は犬のように後ろ足で頭を掻いている。


「創造主もよくアニメがなんとか言っていたな。まあ知ってるなら良い。せっかくこうして久しぶりに本体を起動したんだ。まずは自己紹介といこうか」


「え、あ、ああ。今はフォルスっていうんだ。アンタを作った奴と同じ世界、同じ国から転生してきた」


「私、俺、僕、いやさて、なんというか」


「どうした?」


 フォルスが名乗ったので自分も名乗ろうとしたのだろうが、機械の竜は自分の事を指してなんと呼ぶか悩んでいるようだった。

 前足で頭の天辺を掻く様子は人間のようにも見える。


「いや。創造主がな、癖は人それぞれだから、名乗るなら相手の好みに合わせてやれと言われていたのを思い出してな」


「癖て」


「というわけで転生者よ。男が好きか? 女が好きか?」


「女。俺は同性愛者じゃねえよ」


「ふむ。歳はどれくらいが好みだ?」


 この時、重なった合成音声から男の要素が消え去っていることに気がついて、フォルスは何故か既視感を感じていた。

 前世でこういう事をしていたような気がしたのだ。


「歳ねえ、同い年くらいが良いなあ。ちょっとクールで落ち着いた感じ」


「これくらいの声が好みかい?」


「おおいいね! 好きな感じだ」


「素直な奴だ。一人称は私でいいか?」


「まあ、俺っ子も僕っ子も好きだけど、私でいいよ」


 そう言ってフォルスは苦笑しながら機械の竜が名乗るのを待ったが、竜は一向に名乗らなかった。

 それどころかまだ質問を投げかけてくる。


「さて、フォルスよ。どんな女が好みだ?」


「なんの質問だよ。もしかして! その姿になれるとかなのか? それなら黒髪ロングで胸は普通、スラっとして俺と同じ目線くらいの女の子が良い!」


「いや、変身はせんが」


「なんだよー! 男の子の純真な心を弄びやがって!」


「邪の間違いだろ? さて、最後の質問だが」


「あ? 何?」


「私の名を決めてくれ」


 この言葉を聞いて、フォルスはハッと既視感の正体に気が付いた。

 好きな性別や一人称、声や容姿を聞いてきた末に名前を聞いてくるこの感じ。


「ゲームのキャラクリじゃね?」


「残念ながらこれは現実だ。それより良いのか? このままだと私はお前にゲームのキャラクリじゃね? と名乗ることになるが?」


 そう言いながら、機械の竜はその場に伏せた。

 その顔に表情はないが、何故か意地の悪い笑みを浮かべているように見える。


「待てまて。その前にいいのか? お前名前あるんだろ?」


「構わんよ千年は使っていなかった名前だ。それにコレは前の主がつけた名前だからな。主が死んだ時に無くなったみたいなもんさ」


 声色は変わっていない。

 それでもフォルスには機械の竜の声が寂しそうに感じた。


「ちょっと待て、ちゃんと考える」


「私は構わないよ。いつまでも、待つさ」


 その言葉を聞いて、フォルスはその場に座り込んで機械の竜の名前を考え始めた。

 千年。

 途方もない時間だ。

 そんな長い時間をどんな気持ちで生きてきたのか。


 いや、そもそもこの竜は生きてるのか? 感情があるように感じるのもそういうプログラムなのでは? と、考え始めると深い沼にハマりそうな考えを、フォルスは一旦頭の隅に置く。


「黒色、闇、暗い、夜。あ、ニュイってどうだ? 夜って意味なんだけど」


「安直なのは構わんが、可愛すぎんか? この見た目だぞ?」


「別に良くないか? 可愛くても。声は可愛いわけだし」


「まあ、お前がそれで良いなら今日からはニュイと名乗ろう」

 

 そう言っている割にはフォルスがニュイと名付けた機械の竜は尻尾を嬉しそうに降っていた。

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