第2話 洞窟の奥で
小さな村から近くの森に狩に出た少年フォルス。
その日の夕食を見つけ、意気揚々と弓を構えた少年は、突然現れた熊型の魔物に追われて川に転落。
急流に呑まれたその先で滝から落下。
前世の記憶を思い出しながら気を失った。
それからどれくらい経ったのか。
フォルスは滝の裏に隠されていた洞窟の中で目を覚ました。
「は? あれ? 生きてる、のか」
滝から落下したところまでは覚えている。
落下の瞬間見えた景色は見たことがないほど輝いて見えた、遠くまで続く森と川、空に浮かぶ昼間に見える輪っか付きの月。
故郷の村の近くからも見える景色だったが、前世の記憶を思い出したからだろうか、フォルスには初めて見る光景に思えてならなかった。
「今の俺は、どっちなんだろうなあ」
誰かに聞くというよりは、自分に問いかけるように呟くと、フォルスは岩の地面に寝そべっている体を起こした。
その時濡れた髪を掻き上げたのだが、フォルスはある事に気がつく。
「あれ? 痛くない。なんでだ? 誰かに助けられた……いや、そんなわけ、ないか」
熊型の魔物に思い切り殴り飛ばされ、片腕が動かなくなるほどには痛めていた。
川の中では息を止めるだけでも肺が痛んで口の中に血の味が広がっていたが、それが今は一切ない。
むしろ熊の魔物に襲われる前より体の調子は良いように思えた。
立ち上がり、腕の状態を眺めたり、体を捻ってあちこち触ったりするが異常は見られない。
フォルスは五体満足なことを確認すると、少し歩いて滝の方に向かった。
降りられる道があるかもしれないと思ったのだ。
「うーん。これは無理だなあ」
滝のスレスレまで行ってみたが、そこには分厚くてとんでもない水圧の壁があるだけで道などは無く、とてもではないがその壁を通り抜けることなどは無理そうだった。
「進むしか、ないか」
振り返り、真っ暗な洞窟の奥に冷や汗を流しながら、フォルスは歩いていく。
そして灯りを灯すために魔法を使おうとして違和感を覚えた。
というよりは、自分が魔法を使えることに違和感を覚えた。
「魔法が使える確信と、前世の記憶、日本で暮らしていた時の俺の意識が魔法なんて使えないっていう不信がある。気持ち悪いなこの感覚、慣れるのか?」
なんとも言えない、目の前の鏡に映る自分であるはずの前世の自分に話しかけるように言いながら、手を出して体を流れる魔力を集めて【ティンダー】を発動する。
体の中を血液が流れる実感は感じ難いが、この魔力という物は確かに感じられた。
液体よりは気体のような、気体よりは液体のようなその力。
この世界に生まれて十六年。
両親に教えてもらった魔力、魔法の使い方。
それを実行したはずなのに、フォルスは初めて魔法を使ったような感覚だった。
とはいえ生活する上で使ってきた魔法はちゃんと発動し、フォルスの手の上に拳ほどの大きさの火が現れる。
「便利だよなあ。ライターいらずじゃん」
そう呟いた瞬間、今度はフォルスの記憶が混乱したか、初めて口にしたライターという言葉に疑問を感じて口を抑えた。
「いや、知ってるだろ。どうしたんだ俺は」
この世界の住人であるフォルスの記憶と前世の地球人の青年の記憶が混ざり合い、混乱していくフォルスは目眩に襲われ、手の火を維持出来なくなる。
そして壁の岩に手を着くと、吐き気のままに朝食べたスープを逆流させてしまった。
「慣れろ。今は俺が……フォルスだ。なあ、仲良くしようや」
混乱しながらも、頭の中にある鏡の前の自分に呟くと、魔法で水の玉を宙に作り出し、それを口に含んでうがいをすると、フォルスはもう一度手に火を作り出し、洞窟の奥に向かって歩き始めた。
滝の音以外は何も聞こえなかったが、それも奥に進むにつれ小さくなっていく。
この洞窟の出入り口はあの滝しかないのか、多足類の虫はいたが、蝙蝠などの動物はいないようだった。
「ヤバい魔物とかいないだろうなあ。剣も落としちまったし、丸腰だぞ今」
呟きながら、廃墟を探索するような気持ちで恐る恐る洞窟を進んでいく。
すると、目の前に鉄の扉が現れた。
ドアノブも取手もないツルッとしたおおよそこの世界には存在しないような鉄の扉は、何が近いかと考えた時、前世で見たことがあるロボットアニメに出てくるような自動扉のようだった。
「この世界の歴史は詳しく知らねけど、テクノロジーレベルが違い過ぎるだろ。この世界の技術は精々近代ヨーロッパくらい、いや魔法技術があるからそうとも言えないけど、コレは明らかに違うだろ」
もしかしたら地上への脱出口が見つかるかもしれないと、手の上に火の玉を浮かせたまま、扉に近付きどうにか開かないか調べるフォルス。
ペタペタ触るが反応せず「開けゴマ」とか言ってみても反応せず。
なかなか開かないスーパーの自動ドアの前でそうするようにピョンピョン跳ねたり手を振ったりするが反応しないので困っていると、フォルスは寄り掛かった岩の壁にコンソールのような物を見つけた。
「パスワード入れるタイプなら終わりだなあ」
コンソールに溜まった埃に息を吹き掛け、小さな画面を服の裾で拭く。
そして手で触れてみると画面に光が灯り、文字が浮かび上がってきた。
「おお生きてんのか! え? 電気来てんのココ? あれ、これ日本語じゃないか⁉︎ なんで?」
浮かび上がってきてフォルスが初めて見る文字、しかしその文字を前世の意識が読み取った。
「なになに? 『ここを見つけた同郷のあなたは超ラッキー。問題に答えてお宝をゲットしてね』か。俺の他にも転生者がいたんだ。そういえば、昔父さんから聞いたな、この世界にはたまに異世界からやってくる人間や、異世界の知識を持った子供が生まれてくることがあるって」
まだ両親が健在だった幼い頃、自分を寝かしつけるために話してくれた御伽話だと思っていた。
フォルスは、その御伽話が本当にあった事だったんだと、両親が生きていれば知らせたい衝動に駆られたが、大好きだった両親は幼い頃に出稼ぎ先で死んだ。
「教えてあげたかったなあ」
込み上げてくる物を抑え込み、再び視線を落した画面にはクリスマスの日付と書かれていた。
「パスワード雑過ぎねえか?」
問題の下に浮かんだタッチパネルのキーボードで、十二月二十五日と打ち込むフォルス。
すると画面に二重丸と正解と赤文字がデカデカと現れた。
「よし。これで開くか?」
しかし、待てど暮らせど扉は開かず、疑問に思って再びコンソールに目をやると、画面には『第二問!』という文字が浮かんでいた。
「何問あるんだ。まあいいか、付き合ってやんよ、先輩」
フォルスは苦笑し、会ったことも見たこともない同郷からの転生者が残した問題、というかクイズに答えていく。
そして、十問目を正解したところでやっと鉄の扉は動きを見せたのだった。
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