異世界短編集

揺 赤紫

異世界配信業‐冒険者と吟遊詩人‐

 子どもの頃をアヒトは思い出す。

 初めて村に設置された大きな投影機プロジェクター に目を丸くしたことを。

 今まで季節の祭りか自然の散策しか遊びがなかった。

 半透明の映像が宙に浮かぶ。山よりも高い王城、真っ青な海、ドラゴンに立ち向かう冒険者達ーー見たこともない世界にアヒトを含めた村人達は熱狂した。

 そして彼女は思う。

 全部、自分の目で確かめたい。

 この世界をもっと知りたい。

 そう夢を見て村から飛び出した。


 そして今ーー


「今日もありがとう、お疲れさん」

「ああ、次もよろしくな」


 アヒトは冒険者ギルドで相手に挨拶した。クエストを終えた彼女は皮袋を片手に家へ帰る。

 ほのかに漂う匂い。晩飯はシチューだと知り、彼女は自然と顔が緩んだ。


「ただいま、ジョセフ」

「今日も活躍してたの見てたぞ」

「見てたのか、恥ずかしいな」


 食器を並べながら彼女は夫の会話にこそばゆさを感じた。


 異世界の賢者によって投影機が発明されてからはや数十年。爆発的な人気によってこの最新技術は中流家庭にまで普及した。


 小型投影機には様々な機能が追加され、お気に入りの映像を記録する、遠隔地から同時視聴する、果てはその映像作成者へお布施する、ということまで出来るようになった。


 この投影機の映像は専用機具を買えば自分で作り流すことも可能だ。

 今日のパーティには配信の専門職である実況者スキャナーがいたため、アヒトは夫に自分の戦いを観賞されたのだった。


「いつも戦闘は手に汗を握るな」

「それは腕が鈍ってないか心配して、か」

「違うさ、お前さんの剣劇にほれぼれしてんだよ。こんな強くて可愛い奥さんは他にいない」

「やめやめ、褒めても何もでないからな?」


 冗談を言い合い囲む食卓はアヒトの戦いの疲れを癒した。夫どころか故郷の村からも時々ファンレターが届くほどには有名になってしまった。彼女にとっては良いやら悪いやら、と複雑な心境ではある。


 数年前までは夫もアヒトと同じ戦場に立っていた。しかし、ワイバーンの毒に冒された彼は片足を切断して引退せざるおえなかったのだ。

 それはまでは常に一緒だった。

 アヒトは後ろめたさを隠すようにシチューをかきこむ。


「しかし、もう少し腕のいい実況者は居ないのか。最後のアングル、遠巻きで興醒めしちまったよ」

「彼等にそこまで求めるのは贅沢ってものだろう。今日の実況者も仕事はできるヤツだったぞ」

「素材を生かしきれてないような」


 冒険者と実況者を兼任していた彼は辛口の感想を述べる。常に危険が付きまとうのは両者とも同じ。自衛が最優先だ。

 かつての失敗を忘れるようにアヒトは夫との時間を過ごした。


 ◇◆◇


 翌日、アヒトは冒険者ギルドの掲示板に注意喚起の張り紙を見つけた。


【冒険者各位。クエスト中の実況者乱入の事案について】


 内容を読もうとしたところ、「おお友よ!」という仰々しい声に気が逸れた。

 振り向くと黒髪の派手な服装の男が冒険者にすがりついている。なんとも迷惑そうな顔の冒険者は少し話して男の手を剥がした。

 周りの空気もどこか冷たい。


 状況は読めない。関わらない方が無難だーーアヒトは見なかったことしようとしたのだが。


 片足を掴まれているのは気のせいか。気のせい、だろう。


「おお、深紅のアヒト殿!」

「離せ。そしてどこかに消えろ」


 さすがに名指しをされては対応するしかない。そこそこ有名になってしまった彼女の行動は注目されやすいのだ。


 男は人懐っこい笑顔で続ける。


「貴方には昔から会いたいと思ってたのです! どうかこの僕に貴方の歌を歌わせてください! そして専属実況者にさせて下さい!」

「はぁ……?」


 首を傾けたアヒトに男はサフィルと名乗った。片眼鏡式モノクル・録画装置キャメラを装着しているならば実況者であることは間違いない。しかし、歌とは一体。

 彼女の疑問を感じ取ったのかサフィルは背中から竪琴を取り出した。


「実は元吟遊詩人でして。戦いの様子を、生でお茶の間に届けたいと考えましてですね!」

「あー……吟遊詩人、か。大変だな」

「ええ! 投影機の発明は素晴らしいことですが、僕達の仕事を奪われてしまったので転職しました」


 重い事情に彼女は同情する。

 何かが変われば何かが失われるのもまた世の中だ。自分の出来ることを模索する姿勢は夫に通じるところがある。

 しかし、戦闘中に歌われるのは別の話だ。アヒトは腕を組み拒絶した。


「気が散るから止めてくれ。それに、実況者に獲物が向かったら手に負えないことくらい分かるだろう?」


 そこが最大の問題点だ。


「私を知っているなら、クエストの大半が魔物討伐ということも、分かっているだろう。自衛できない者はお断りなんだ」

「一応戦闘できます!」

「そのなりで、か?剣も持ってないようだが」

「頑張って魔術を身に付けました! 後方支援なら一通り学んでます、ですからアヒト殿、どうかこの通り!」


 ここまで頼み込まれ彼女は悩んだ。

 今日はソロで討伐する予定で臨時パーティを募集していない。気心知れた連中は出払っている。


「……今日はお前の実力を見させてもらうことにする。駄目だと思ったら終わりだ」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」

「やかましいからやめてくれ」


 騒々しい仮の相方にアヒトは既に疲れてきた。このまま身が持つのか、彼女も分からなかった。



 二人は森の中を散策する。低級モンスターのアンガーラットが討伐対象だ。


「レディースアーンドジェントルメーン! さて、今日はお待ちかね、深紅の異名を持つアヒト殿に同行しておりまっす!」


 アヒトはげんなりした。

 彼のスタイルはどうやら彼女と合わなそうだ。声の大きさでラット達が逃げ出したらどうしてくれるのかとサフィルを見やる。

 仮、ということで配信はせず録画だけと許可を取り付けたが、この時点で減点対象。


 気を取り直してラット達の痕跡を辿る。わずかな獣道を見つけ、そして巣穴を叩く。それだけの簡単な作業だ。


 解説付きが売りなのか、冒険者ならば常識の内容が彼女の耳に聞こえてくる。

 巣穴を見つけてアヒトは駆け出す。後ろでよく分からない美辞麗句が歌われている。それに反応したアンガーラットが興奮しながら襲いかかってきた。

 彼女は剣帯から双剣を引き抜き一匹ずつ処理していく。仕損じたラットを目で追うと、サフィルは簡単な魔術で応戦していた。

 そしてボスの首を切り落としたことろで竪琴がかき鳴らされる。


「深紅の髪が舞う焔、それが冒険者アヒト! 双剣で戦う姿は踊りのように軽やか!見よ、炎の女神が降臨するその瞬間を!」


 あのラットの大群で逃げ出さない、要所では録画に徹して邪魔にはならない。基本は出来ている。出来ている、がしかし。


 騒々しいことこの上ないサフィルに彼女は疑惑の目を向ける。


「で、録画は完了したのか?」

「もちろんです! 早速ギルドで見返しましょう!」


 自信たっぷりのサフィルにアヒトは頭が痛くなる。実況者の腕はどう映像を映すかが全てだ。

 大勢の前で見返す勇気はなく、アヒトは自宅にサフィルを連れてきた。


「ジョセフ、こいつはーー」


 サフィルの横をナイフが通りすぎた。一度家の外に彼を閉め出して改めて夫に説明する。


「専属実況をしたいと申し出られて、テストしてきたんだ」

「あの若僧に俺の可愛い奥さんの魅力を余すことなく伝えられるんだろうな?あ?」

「お前もそっち側だったな、久しく忘れてた……」


 足が不自由でも彼の投擲は正確だ。サフィルが逃げ出してないか心配したアヒトは窓越しに彼を見る。

『群青のジョセフ! ああなんたる僥倖!』などと歌っている。彼女の取り越し苦労だった。


 入室を夫に許可されたサフィルは笑顔のまま録画装置を投影機に繋げる。

 別に後ろめたいことはないはずのアヒトだがなぜか気まずい。


 投影機に映し出された自分をアヒトが見ていると、ジョセフがすぐに録画を一時停止してサフィルに質問した。


「こん時のアングルの意図は? なぜ遠くから映した」

「それはですね、この後にモンスター達の解説をするためとアヒト殿の見せ場を際立たせるためです!」

「視聴者層はつまり一般人、だな?」

「そうですそうです!」


 逐一停止をしては質問責めをするジョセフ。アヒトにはあまりにも細かすぎる世界で着いてはいけない。

 そして最終的にジョセフはサフィルと握手をした。


「お前は真の実況者だ。これからもうちの奥さんをよろしくな!」

「ありがとうございます! 誠心誠意頑張ります!」


 何があったかアヒトは理解しかねた。しかし、自分の舞う姿が綺麗だと思ったのは確かだった。


 ◇◆◇


 結局二人に押しきられる形でアヒトはサフィルと組んだ。

 賛美歌は討伐した後に披露してもらう。途中で挟まれては彼女の精神が持たない、ということで妥協させてもらった。

 もっぱらソロ専門の実況者として動いてもらっている。


 間近で戦闘が映されるサフィルの実況は非常に受けが良く、視聴者数だけで彼の財布事情はまずます改善された。


「見てくださいアヒト殿! 録画装置を最新式に買い替えたんです、これでいつでもクリアな映像をお届けできます!」


 アヒトは生暖かい目で彼のはしゃぎっぷりを観察する。

 何度か一緒に仕事をして彼女は分かった。サフィルは本物の仕事ばかである。

 酒場で女性に言い寄られてもひたすら仕事の話で相手にそっと逃げられているところを目撃した。

 本人も特にパートナーを求めてないらしい。話し終えて満足そうな彼の表情が忘れられない。既婚者のアヒトからすると安心でもある。


 今日は中級者向けのスケルトンライダー討伐。サフィルの立ち回りも慣れてきたため、彼女は問題ないと判断した。


「いつもより危険度は高い。もしもの時は実況を中断。分かっているな、命あってのものだからな」

「イエス、マム!」

「なんだその返事は……まぁ、分かってればいいか」


 二人は装備を一通り確認して出没地域の枯れた大地へと向かう。アンデット系モンスターはこの大地の瘴気に当てられて誕生する。

 瘴気避けの護符を着けても分かる異様な空気。アヒトは緊張したままモンスターを探す。


 その最中だった。


「イェーイ! 突撃噂の二人!」


 全く知らない声が響く。

 振り向くと軽薄そうな若者がサフィルに絡んでいた。いつ頃から居たのか、アヒトは気配を感じられなかった。

 彼等の向こう側の地面に魔方陣が薄く見えた。おそらく闖入者は転移してきたのだろう。


「さぁ~て、アヒトといえばかつて群青のジョセフと共にパーティを組んでいたことはぁ有名だぜー! しかぁーし、人気のバディは解消しちまった! 何故か!!」


 闖入者の録画機は起動している。生中継ということだ。

 アヒトが絡んでくる彼を剥がそうとすると、ぱっと距離を取られた。


「あ~れ~、あの噂は図星ですかぁ~? ジョセフから乗り換えるためにわざと怪我をさせたってぇ~?」

「でたらめを拡散するな! ギルドに通報するぞ!」

「そうですよアヒト殿を侮辱してます!」


 二人がかりで追い払おうにも迷惑行為はまだ続く。


「そのサフィルも実は闇深! 吟遊詩人の経歴は一切なし! 妻とその愛人にジョセフは失脚させられたのか!?」

「だから虚偽をばらまくな下郎!」

「……」

「おや、サフィルが黙ったぞー、どうした?どうした?」


 怒り続けるアヒトに対して、サフィルは確かに顔を歪めた。彼の素性を今さらアヒトは気にしていない。しかし、クエストどころではない。一刻も早く帰るべきだ。

 そう判断したアヒトは、蹄の音で手遅れと知った。


「げ、スケルトンライダーだ、続きはまた今度~」


 散々かき乱した迷惑な実況者は我先に魔方陣で消えた。あの魔方陣の行方が分からない以上、使うことも出来ない。


「切り替えろ、あんなバカの言葉なんて忘れるんだ」


 様子がおかしいサフィルに、アヒトはただそれだけ告げる。

 スケルトンライダーは彼等を既に捕捉した。討伐しなければどこまでも追いかけられる。


 声帯がないはずの馬の嘶きが響いた。


「……アヒト殿は。僕が何者でも構いませんか」

「お前は実況者だろ、それ以外の身分なんて必要なのか」

「いいえ、僕は実況者になりたいんです。なりたかったんです!」


 さっきまでの萎縮した空気はなくなり、サフィルは力強く頷いた。


 それを見届けたアヒトはスケルトンライダーに向かって駆け出す。眷属のボーンドッグ達を華麗な舞で蹴散らし、飛び上がってライダーの槍と切り結ぶ。


「セイクリッドバースト!」


 サフィルがでボーンドッグを浄化している。自然とアヒトは笑みがこぼれた。それだけの実力を隠したままなんてもったいない、と常々思っていたからだ。


 事情は何も分からない。仕事に懸命な彼を信じるだけでいい。それが仲間だと、彼女はそう思う。


 ライダーの弱点であるコアを破壊する。炎が煌めき破片が散っていった。そばで見つめるサフィルにアヒトは笑いかけた。


◇◆◇


 クエストに乱入してきた実況者はすぐに捕まった。サフィルが魔方陣から居場所を特定して通報したからだ。


 騒動が落ち着き、アヒトとジョセフは自宅で頭を下げるサフィルと対面している。


「まぁ、なぁ。さすがに賢者様の息子なんてお前にゃ荷が重いよな」

「母親も伝説の聖女とくると、な」


 ただの実況者とは思えない魔術の数々に憶測が駆け巡った。そのせいで結局サフィルは投影機で自身の身分を明かしたのだった。


「申し訳ありません、今まで嘘をついていました」

「あー、冒険者は素性なんて気にしないから頭を上げろ。俺は腕っぷしを信じてるんだから」

「いえしかし!やはり不誠実なので」

「私も気にしていない」


 何故か謝罪されている二人がサフィルを元気付けている構図だった。


「俺としては奥さんの映像が増えるだけで眼福なんだ、これからもきばってくれ」

「ジョセフ殿……」


 目を潤ませたサフィルとジョセフがきつく抱擁する。アヒトは暑苦しさに苦笑しながら二人の肩を叩いた。

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異世界短編集 揺 赤紫 @yule-acashi

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