我々は失敗した

 ヘスはシュミットのいる社長執務室の前に座った。


 シュシュミットは彼の顔を見ながら煙草を一服した。その瞳にはどのような感情も感じ取らせなかった。まるで、あまりにも感情が邪魔すぎてすべての感情を捨て去ったようだ。それはシュミットが世界統一戦争や社長としての威厳を見せるためなのかもしれない。ヘスは長い間、ヘラクレス社に勤めていたがこの社長の瞳の雰囲気にはどうしてもなれなかった。

 

 「例の人物の接触に成功しました。あとは世界大戦後に権力を握ってもらうだけです。資料を読んでみましょうか?」ヘスは少し勝ち誇ったようなほほえみでそう言った。今回のビジネスは本当に成功したと思っていたのだ。


 しかし、シュミットは片手を振りそれを制した。「私はそのことについてもう読んだ。」シュミットの表情は硬い。

 

 ヘスは察した。もうあの自信は噓のように消えた。失敗したのだ。ヒトラーは独裁者になれなかった。

 

 シュミットは表情を変えないままこう言った。「史料にはこうある。ヒトラーは世界大戦後に政治家に転身。ドイツ労働者党に入党する。彼の優れた演説により瞬く間に党は勢力を拡大した。その時に党名を国家社会主義ドイツ労働者党に改名した。略してナチス党だ。しかし、1924年に党員を率いてミュンヒェンにて共和制に対し蜂起を決行。蜂起はカール総督の裏切りもあり失敗。ヒトラーは共和国軍の銃弾が心臓に命中し死亡した。」

 

間。


ヘスは頭の中が真っ白になった。人生で今までにここまでに恐怖したのは父親の大切にしていた花瓶を割った時だろうか?その時は彼は半殺しにされた。ヘスは何かしゃべろうとしたが恐怖で震えていた。口が自分の体から独立したようだ。何かをしゃべろうとしてもかたくなに拒否をする。


 結局、先に間を破ったのはシュミットだった。「そのあとのナチス党がどうなったかわかるかグレゴールシュトラッサ―率いる左派とルドルフ・ヘス率いる右派に分裂した。結局、左派が勝利し共産党と連携しドイツの政権を握った。これは1930年の出来事だ。そのあと、ドイツは世界統一戦争により世界統一管理組織の一部となった。」シュミットはじっと彼を見つめた。相変わらず感情が読み解けない。そのクマのような姿が彼に生物的な恐怖をさらに増幅させた。そしてこう言葉を継いだ。「ヘスよ。私は君を信用してこの不法ビジネスにあたらせたのだ。だが、私の眼鏡違いだったようだ。君にはこの任務は経験が重かったのかもしれない。我々は失敗したのだよ。」

 

 その言葉を聞いてヘスはやっと口が言える世になった。不思議にも彼の口から出る言葉は流れるように出た。「お待ちください。社長。確かに私は失敗しました。まっさか、ヒトラーがこのような失敗をやらかすとは。もう一度、私に機会を与えてください。社長。」


 「できるのかね。」とシュミット。


 「もちろんです。ヒトラーがミュンヘンで一揆をおこしたときにタイムスリップし、彼の護衛をさらに強固なものにします。社長。ヒトラーがその時にどのような配置についたか資料に載っていますか?」


 「最前列に立っていたと記録されている。」


 「ならば、ヒトラーには後方での指揮をとらせましょう。そうすれば、安全ですし、護衛も少数で済みます。もちろん敵の襲撃を予測し護衛には強力な装備を持たせますが。」


 シュミットは彼の顔を凝視しこういった。「そもそも、彼に反乱を思いとどまらせることはできないのか?」

 

 「彼にはそのようなことは不可能です。彼は力強いですが、自分を制御する力は皆無に等しい。きっと、どのような人間が意見しても彼は聞く耳を持たないでしょう。ならば、学ばせるのです。反乱を起こすことがどれだけ非効率的なのかを。民主的に政権を取らせるのです。そうすれば、国民からはクーデターを起こした暴君としてのイメージではなく、選挙で選ばれた理知的な人物として政権を安定化させるでしょう。」ヘスはそう説明した。その口調には冷静さを帯びていることを祈った。


 「成功する確率はあるのか?」とシュミットはヘスに尋ねた。


 「ええ、成功する確率は正確な数字を言えることはできませんが、必ず成功させて見せます。」


 シュミットは一回目と同じようにうなずいた。許可は与えられた。必ず成功しなければならに。もし、成功しなければ…。その時は死ねばいい。


   

 

 

 

 

 

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