第3話ー②「ヒーロー」

 こんばんは 宜しくお願いします  


 初めてのメッセージアプリでの連絡は、既読が付くことは無く、一夜が明けた。 最初から、分かっていたはずだ。この女は、ネットが無くても、生きていける人種であることは。 


 だからこそ、折れてはいけない。私はそう思っていた。


 翌日 


 「妃夜、佐野っち、おはよー!」 


 クラスメイトからの動揺が一気に走った。 無理もない、あの暁晴那が、あのクソ陰キャを呼び捨てにしたのだ。


 何で、何でと言う雑音が教室を駆け巡る中、私はいつものように、声を掛けた。


 「おはよう、暁」


 「うん!」


 暁は何事も無かったように、席に着いた。まるで、いつもそうだったと誤認させる程、自然な流れを演出しているように。  


 しかし、それ以上に暁との劇的な出来事は少なかったと思える。 


 授業を真面目に受けたかと思えば、寝ていたり、休み時間は部活の皆と出かけたりと何とも忙しない。 


 私との会話することと言えば、勉強教えてとか位だろうか。  


7月


 「暁ぃぃぃぃ!コノヤロー!」


 「な、何?妃夜、どうしたん?」


 ホームルーム終わり、短い時間の出来事。私は暁に猛追していた。


 「何で、〇INEを返さない!そもそも、既読も付かないし、観ても居ない。こんなんで、友人関係が構築できるとでも思っているのか、コラァ」


 「ひよっち、どしたん」


 「きっと、あれですわ。晴那がかまってくれないから、ジェラってしまったんですわ。お可愛いこと」


 「羽月さんさぁ、コイツ、アテにしちゃダメだよ。茜のだって、既読スルーの常習犯なんだからさ」


 「まぁまぁ、落ち着いて下さい、妃夜さん。みんなもドン引きしてるよ。ねっ?」


 暁の言葉に、私は一度、息を吸い込み、冷静さを取り戻した。


 「そ、そうね。ごめんなさい。取り乱してしまったわ。何で、そうよね。暁がそういうルーズな人間ということを分かっていたはずなのに」


 「そうそう、分かってくれたなら、それでいいんだよ。そういうことはよくあることだし、妃夜がそういうことを言えて、本当に嬉しいな」


 「そ、そんなつもりじゃ・・・」


 「へっへ~、どうかなぁ~?わっかんないよ~」


 私は勢いが先行していたとはいえ、己の行動を恥じた。 このままだと、相手のペースに乗せられると思った私はすぐさま、席に戻った。 すると暁は〇INEを起動し、メッセージを送っていた。


 こちらこそ!


 それが普通だろと思いながらも、私はスマホをしまった。




7月のある日、その日は私が最も苦手とする体育で、水泳の授業の日だった。


 泳ぐことが出来ないわけでは無い。取り立てて、得意という訳ではない。 


 問題は着替えの時間だった。この時間になると気持ち悪くなってしまい、着替え終わる頃には、いつもグロッキーで全力が出せない。 


 原因は未だに分かっていない。自分より、プロポーションが良くて、スタイルのいい同級生に辟易しているのか?


 「今日は着て来たんだよ?賢いだろ、私!」


 「それって、下着忘れてるパターンじゃね・・・」


 「わ、忘れてないし。ホラ!あっ・・・ブラが無い・・・」


 嬉々として語られる別クラスの女子同士の下着についての話に対し、私は早く着替えなきゃと思っていたが、体が動かない。 


 いつまで経っても、座ってばかりでそろそろ、授業が始まるというのに、私は更衣室で固まったままだった。


 「妃夜?へいき?」

 暁が私に語り掛けてくる。


「ごめん、無理かもしれない。私・・・」


 「保健室行く?」


 「いや、皆が居なくなってから」


 「本当にいいの?」


 「へいき」

 私は腕を動かし、水着を取り出した。 何で、こんなに頭が重いのだろうと考えながら、私は服を脱ぎ始めた。


 「なんで、あんたいるの?」


 「いや、いいのかなって。それに心配だしさ。逃げられると困るし」

 クラスのみんなが居なくなる中、既に着替え終わった暁に私は妬んでしまった。


 スタイルがとてもいい。肩幅や腕がスラっとしていて、お腹周りに無駄なぜい肉が無く、脚もなめらかな曲線を描き、私にとっての理想の体躯に思えた。 


 「やっぱり、先に行ってて、何か、負けた気がしたから」


 「いや、あたしは残る。妃夜はきっと、この後倒れてしまうから」

 私は貧弱キャラか何か何だろうか?


 「それにプールだよ。次はいつ泳げるか、分かんないんだよ」


 「そうじゃなくて・・・」


 「ん?」


 「裸見せるのはずかしい・・・。同級生に見られるのはちょっと・・・」


 「分かった。外で待ってるね。あと、逃げるなよ」


 なんで、逃げるが基本なんだと思いつつも、私は仕方なく、服を脱いで、学校指定のスクール水着に着替えた。


 少しばかり、体育の時間に遅れたものの、準備体操を終え、それぞれ、プールで遊ぶ女子生徒とその反対側に男子生徒が泳いでいた。


 私と暁は遅れて、駆け付け、体をシャワーで洗い流し、何とか、プールまで訪れた。


 「妃夜、まだ泳いでないのに、ゴーグルつけてるわけ?」


 「おしゃれ」


 「絶対、違うじゃん、取りなよ、それ」


 「そ、それは・・・」

 私にとって、眼鏡は飾りではなく、身を守る盾だ。その盾を奪われることは、何物にも代えがたい。


 「まぁ、いいけどさ。きっと、妃夜って、それ外したら、凄く可愛いのにね」


 彼女の言葉にきゅんとするおかしな私がいた。


 そんなことを言われるのが、初めてだっただけに気持ちが揺れた。


 「お、お世辞はいいから」

 準備体操を終え、短い授業時間を楽しむため、私はプール台から、飛び込み、久しぶりの遊泳を楽しんでた。


 少しだけ、泳ぎ終わると暁は私に近づいて来た。

 「妃夜って、泳げたんだ。泳ぐのが嫌で気持ち悪くなってたのかと」


 「あんた、私に対して、いつも失礼な考え過ぎない?」


 「だって、妃夜って、何も言わないからじゃん」


 「私は言いたくないだけ。あんたが勝手に言ってくるだけであって、私はあんたに何も」


 暁は私のことを知りたいと言っていた。もしかして、教えるべきなのだろうか。 逡巡の末、私は口を開いた。


 「泳ぐのは・・・キライじゃない。水の感覚や肌に触れる質感とか、息自分が別世界に居る気がして・・・」


 「そんな風に、考えて泳いでるの?すごっ」

 今考えるとなんて気持ち悪い話をしてしまった。プールの解放感に煽られ、赤面を隠せない私は顔を水中に沈め、逃げるように、その場を泳いでいった。


 すぐに浮上し、陸に戻ろうとするとそこには2人、プールを見つめる人がいた。


 「何やってるの、矢車さん、加納さん。泳がないの?」


 それは体育座りで泳ごうとしない水着姿の加納さんと夏だと言うのに完全防備の体操服、サングラス、マスク、日傘とハンディーファンの矢車さんの2人だった 


 「私、カナヅチなんだ・・・。水が肌に触れるだけで嫌」


 「私のお肌が焼けたら、世界の危機ですわ。泳ぐなんて、お肌の」

 よく、先生も許したなと思ったが、私は陸に上がって、矢車さんのサングラスを外した。


 「確かに紫外線は子供の頃から、有毒でちゃんとしたケアが大事だけど、その前に矢車さんが熱中症になるよ。それって、お肌のケアより、大事なこと?」


 私の言葉に矢車さんは少し固まった。


 「水分を取っていても、やられると本当に大変だよ。取返しがつかなくなるよ。それでもいいの?」


 「そ、その婚姻するまで、乙女を柔肌を晒すのことを親に禁じられまして・・・」


 「何やってんの?妃夜?」


 暁がプールサイドに上がってきた。


 「そういうことね。任せて」


 何も言ってないのに、暁は矢車さんに近づいて来た。


 「先生!矢車さんをちょっと、保健室まで運んでいいですか?」


 「ちょっと、晴那!私は」


 「観念しろ」


 そう言って、暁は濡れたままで、矢車さんをお姫様抱っこした状態で運び始めた。 先生の許可を得たようで、暁は矢車さんを抱えたまま、保健室に向かおうとしていた。


 「分かりましたわ!そうですわ、そうですわ!私は泳げないカナヅチ女なんですわ!」


 矢車さんの大声に、近くの男子や女子の視線を集めた。 


 しかし、暁はその声を無視して、矢車さんを何事もなかったように、運び始めた。


 「お~ろ~し~てぇぇぇ~。ご~め~ん~な~さ~い~」


 矢車さんがどれだけ、抵抗しようとも、意に介さないまま、暁の体は一度もブレることなく、彼女を保健室まで運んで行ったそうな。 


 その後、矢車さんが意図的に水着を忘れたこと、軽い脱水症状だったこと、どうしても肌を見せたくない等の罪状が明らかになった。 


 今回の一件で、次回から体育教師による矢車さんと加納さんによる泳ぎの講習を受けることとなり、2人は夏休み前まで、泳ぎの特訓をすることになるのだが、あんまり関係ないので、この辺にしておこう。 



 余談だが、矢車さんはこっぴどく親に叱られたのは、言うまでもない。

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