あんたとシャニムニ踊りたい 第3話「ヒーロー」
蒼のカリスト
第3話ー①「ヒーロー」
6月も終わりが近づいた月曜日。期末テストが返却され、私は学年で一位になった。
正直、どうでもよかった。夢も希望も無く、ただ、漫然とやることをやっただけの私にとって、こんなこと、何の役にも立つわけでもない。
それ以上に私は暁がこんなに頑張ってくれたが、何よりも嬉しかった。
これから、陸上大会が忙しくなるので、私は暁に話があると昼休みに、呼び出され、校舎を歩いていた。
「未だに信じられないわ。まさか、暁がここまでやるなんて」
「へっへへ~、どんなもんだい!」
「お兄さん、頼ったんでしょ?」
「悪い!一人じゃ、やっぱ無理だもん」
「分かってるよ。そうだよね、私の勉強より、お兄さんの方が」
「それは違うよ、妃夜」
暁は脚を止め、私に訴えかけるような目で見つめて来た。
「やめて、その呼び方。私は暁を認めたわけじゃ」
「妃夜が教えてくれた所、全部出てたのに、あたし答えられなかった。にーちゃんは教えてくれたけど、妃夜の補完だよ。全部じゃない。妃夜がいてくれたから、あたし頑張れたんだよ」
「暁・・・」
私も脚を止め、彼女の言葉に耳を傾けていた。
「妃夜、あたし気付いたんだ。あたしとキミは同じだって」
「そんなわけない。暁とあたしは違う。私はあなたみたいに足が速いわけでも、皆に愛されるわけでもない。私は勉強しか出来ない、それ以外は何も」
暁の言葉は今の私には余りにも、眩し過ぎた。
いつも、何かを誤魔化し、自分を偽って来た私にとって、彼女の真摯な言葉に、私はいつだって、言葉を選んでしまう。
「当たり前だよ。あたしたち、まだ中学生だよ。空っぽで当たり前じゃん。だって、まだ何も知らないし、何も出来ないよ。頑張ることしか出来ない。大人みたいにスマートに何でも出来なくていいんだよ」
私は彼女から指す煌めきに目を覆ってしまった。
「あたしもね、頑張ることしか出来ないんだ。それで色んな人を傷つけたし、あたしも苦しくて、自分は陸上だけなんだって、思ったんだ」
私は眩しい西日を見ることは叶わなかった。その代わりに、彼女の言葉だけはちゃんと聴こうと耳を傾け続けた。
「だけどね、勉強して気付いたんだ。あたしって、勉強出来るんだって。陸上だけじゃなくて、勉強も出来るんだって」
「そ、それは暁が頑張ったから。暁は私とは違う。私はそんなに強くない」
「私は1人になれない。独りで勉強なんて、出来ないよ。それにあたしは妃夜に未だにどう接していいか、分かんないの。分かんなくて、迷走して、ぶつかって、怒らせて、妃夜を傷つけて・・・」
不意の暁の言葉に私は顔を見上げた。
「何言ってるの?私を傷つけた?私がいつ傷ついたの?」
「そ、それは・・・。連絡先交換した時、詰め寄り過ぎたのと、甘えすぎて、妃夜を困らせたというか・・・」
私はあの時の突飛な出来事を思い出してしまい、頬を赤らめてしまった。
「いつの話してんのよ、ばか。暁らしくない!何なのよ、私は怒ってないし、あの時は私が煮え切らなかったからであって、私は傷ついてない。舐めないで!私も成長しているんだから!」
本当はそうは思っていないが、どう言葉を紡いでも、厄介なことになりそうだったので、こう言わずにはいられなかった。
「そうだけどさ、そうかもしれないけど」
私は彼女に無言のまま、近づいていった。
「あたしの方こそ、ごめんなさい。あなたがそんなことで傷ついていたなんて、気付かなくて。てっきり、テストに集中する為に頑張っていたのかなって・・・」
「あたしの存在価値って、その程度なの?」
「知らないわよ。だって、矢車さん達とは、話していたし、ヤケに静かとは思ってたけど、本当にあなたって、おばか」
「それ、先生にも言われた。勉強してたのに、バカって言われるの何か、腹立つ」
「そうかもね。ふっふふふふふ。はははははは」
「妃夜?」
いきなり、笑い始める私を前に彼女は明らかに動揺していた。
「笑えるじゃん!何で今、笑うんだよ!」
「だって、あんなに寒いこととか言ってた癖に暁は暁なんだと思ってさ。私、あなたのこと、過大評価してたのかも。それに普通に笑うわよ、人間だもの」
「それ、どーいう意味?」
「そのままの意味よ。暁って、面白いね」
私は彼女が太陽じゃなくて、ただの人間であることが分かって、安堵して笑っていた。 こんなに笑うのはいつぶりだろうか?本当におかしかったのだから、仕方ない。
「なんだよ、面白いって」
「だって、そんなに私のことを考えてくれてるんだって、思ったら、何だか、嬉しくて。それなのに、ばかみたいに勉強したりして、私の信頼を得るなんて。ばかだよ、暁は・・・本当に・・・本当に」
私はその場でうずくまり、いつの間にか、瞳を潤ませていた。
「妃夜は泣いてばかりだね」
「悪い?私だって、泣きたくて泣いてるわけじゃないし」
「いや、妃夜らしいなって」
「どういう意味よ、それ」
「深い意味はないよ。ただ」
暁はいきなり、私の手を取って、立ち上がらせた。 私の体には一気に嫌悪感が走って行った。
「あんた、いきなり、何を」
「あたしは妃夜の手を放さない。あたしがキミの中にあるものを教えてあげる。勉強だけじゃない色んなことを教えてあげる」
暁は手を放したが、私の中の嫌悪感は消えなかった。今にも、吐き出したいと思っていたが、何とか耐え凌いだ。
「放したじゃない」
「ずっとは握ってられないし。ずっと一緒にはいられないし」
「滅茶苦茶よ、それ」
「滅茶苦茶だよ。だけど、それでいいんだよ。だって、あたし達は中学生だから。これから、何になれないかもしれないけど、何にでもなれるんだから」
私は下を向き、表情を隠しながら、後ろを振り向き、彼女に伝えなくてはいけない言葉を紡ぐため、言葉を発した。
「暁・・・」
「妃夜?」
「せなちゃん・・・いや、暁ちゃ・・・。私の連絡先をあげる・・・から、その、私の友達になって・・・。私の・・・、その・・・」
私の意識は充電が切れたように、立ち消えた。
勇気を出したのに、何で、こんなことに?
よかったね、妃夜ちゃん。お友達が出来て、本当に良かったね。
だけど、いいの?お友達が出来たら、また裏切られるよ?
ーうるさい
あの時みたいに、人は裏切るよ?簡単に、すぐに代わりを見つけて、何事も無かったかのように?
ーうるさい
勉強も出来なくなるよ?勉強をしているのは、何の為?
ーだまれ
人を信じない方がいいわ、一人になりなさい。
ーあんたは、何なんだ
この先は地獄よ?天国なんてものは創作者の作った架空の産物。人はいつだって、自分のことしか、考えられない。考えられるのは、自分のテリトリーだけ。 ーそれでいい
無理よ。あなたは必ず、誰かを不幸にする。あの時みたいに。 あなたはそのままでいいのよ。
ーそれでも、私は・・・。
私は暁に抱きかかえられ、いつの間にか、意識を取り戻した。
「ここは・・・天国?」
「おきた?」
不意の寝言にも反応せず、暁は私に言葉をかけた。
「暁・・・。私、また」
「いいんだよ。ごめんね、すぐに離れるからさ」
「放さないで」
何で、こんな言葉を言ったのか。その時の私にはわからなかった。
「ん?」
「放さなくていい。耐えられるから」
「でも・・・」
「だいじょうぶだから。教室に行こう」
「妃夜・・・いいの?」
「頑張る、頑張りたい。ここで頑張らなきゃ、何も変えられない」
私は少しだけ、頑張りたいと思った。このままでは、いけない。そう思った言葉がいつの間にか、口に出ていた。
「無理しちゃダメだよ」
「無理させてんのは、あんたでしょうが」
「それもそうか」
そうはいいながらも、心配してくれる彼女を背に、私は少しずつ離れた。
「へいき?」
「まぁまぁ」
「そっか。戻ろうか」
「ねぇー、さっきのことだけど・・・」
「ん?」
「私の・・・私のれんら・・・私の連絡先、教えてあげる。だから、暁の連絡先教えて・・・」
「いいよ。だけど、今は急がなきゃ。放課後ね!」
「う、うん!」
その後、教室に戻り、席に着き、いつものように、授業を受けた。 何か、変な噂を流されないことを祈りたい所だが、宮本さんからの謎の視線を感じたが、きっと、気のせいだろうな。
3
放課後、私と暁はメッセージアプリのIDを交換した。〇ンスタはやってないのかと聴いたところ・・・。
「何それ?綺麗な画像のやつ?よくわかんないから、やってないよ。って言うか、〇INEしかやってない。何か、面倒くさいじゃん。設定とか、通知とか!あれをずっと、やってる人の気が知れないわ・・・妃夜?」
私のいつの間にか、舌を噛み、ぶつぶつと呪いの言葉を発するような勢いで、話し続けた。
「いいよね、天然陽キャは・・・。通知にも縛られないで、そういうの面倒くさいで片づけられて、いいよね・・・。そうやって、友達からもそういうキャラ設定で受け入れられるんだから・・・」
私がぶつぶつ、言っていると宮本さんが現れた。
「羽月さん、こいつに期待しない方がいいよ。こいつ、連絡が帰って来るの、五日後なんてよくあるし、いつも既読スルーなんだよ。本当に電話した方が早いっていうか」
「そうだっけ?そうだったかなぁ?まぁ、いいや」
よくは無いのだろうが、陸上部の彼女が現れ、バイバイと言って、暁は離れていった。
「これから、晴那は県大会ですものね。忙しくなりますわね」
「県大会出た部活なんて、少ないからね。せなっちは本当に凄いよ」
「まぁ、私の女子バレー部も、これからですわ」
「予選落ちしてなかったっけ?」
「来年こそはですわ!私の本気が出せなかっただけですわ」
「そのポジティブさ、見習いたいよ」
矢車さんと加納さん達が、後ろで話す中、忘れそうになっていたが、暁は陸上部のエースだったことを思い出していた。
そういえば、暁が部活している所を見たことが無い。 走っている所を見た記憶が無いのは、私が彼女を偏見の目で見ていたからだろうか。
私の中に暁晴那という人間への興味は次第に大きくなっている気がした。
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