第39話 衣装完成と紛失事件

 そして翌々日、早朝。

 

「で、できたーーーー!」

 

 衣装スタッフの鈴木さんの声が防音室に響き渡る。といっても、音は防音室の外には漏れないのだが。


「間に合いましたね!」

「ありがとうございます、東野さんがいてくれなかったら絶対無理でした!」

 

  大泣きしながら、衣装さんに感謝されてしまうと楓も涙が止まらなくなる。


「そんな、本当にお役に立てて、何よりです……」


 サイズ違いの服はダンボールに戻し、衣装スタッフの鈴木さんは新たな衣装を霧埼に渡した。霧埼も話を聞いて、楓に向き合った。


「東野、助かった。正直、仕方ないとはいえ、この衣装でないとコンサートは厳しくてな」


 手短に礼をいわれたが、ともて眼差しが柔らかだ。心から嬉しいのであろう。


「いいんですよ、とにかく間に合って」

 

 そう語りあっていると、勢いよく扉が開いた。赤いドレスを着た姫野凜々花が輝かんばかりの表情で楓たちのそばに駆け寄ってきた。

 

 「霧崎さん! こんなところにいたのね‼ よかったわ、出来上がった衣装をみてくれる?」

 

「いいデザインだ」

「そうよね、そう思うわよね?」

「……それで姫野、こいつが新しく入ったヤツだ」

 

 早々に話しを切り替えられ、わかりやすいくらいに姫野は頬を膨らませた。どうしようかと考えあぐねていると、霧崎がくいと顎で楓に挨拶をしろとばかりに合図を送る。

 

「あの、はじめまして。僕は――……」

「知ってるわ。オルフェウスの新メンバーの子よね?東野なんとかっていう」

「あ、そうです。よろしくお願いします」

「……よろしく、ところで霧崎さん、この後、なにか用事は?」


 珍しくきっぱりハッキリした女性に楓は困惑したが、それなりに挨拶が終わり、満足していると霧崎に腕を引かれた。

 

「まだ東野と用事があるから失礼する。ついてこい」

「待って、今度一緒に食事を――……」


 姫野の叫び声を無視して、そのまま一緒に部屋から出る。出たところに登場したスタッフに、「とりあえず、この部屋にいる姫野へ飲み物でも渡してくれ」と指示をしてその場から早々に立ち去った。


「美人なのに」


楓が残された姫野を思い出し、残念そうにいうと霧崎はそうではない、と言いたげに首を振った。


「そういう問題じゃない、アレは我が強すぎて苦手なんだ」


霧崎はぽつり、と告げたのが本音なのだろう。

そうして、霧崎を見上げると「それに、先約があるからな」と意味深につぶやいた。


***

 

「赤いドレスがなくなったのよ!」


 霧崎のコンサート当日となり、姫野は楽屋前で叫んでいた。どうやら以前、霧崎とともに見たあの赤いドレスが消えたらしい。


「そんなこといって、うっかり自宅に忘れたんでしょう?」

 

 マネージャーは不満げに吐き捨てた。

 

「あり得ないわ! だって、そもそも自宅に持って帰ってないもの。そちらの管理不足でしょう」


 マネージャーと姫野の、お互い譲らない攻防戦を楓たちは見守っている。

 

「え、ちょっとこの状況で姫野さんの衣装がない、ってマズくないですか?」

「相当にマズいな。今からできる解決策といえば、別の衣装を持ってくるくらいしかないだろう」

「あと数時間しかありません。代わりを用意する時間なんてあります?」

「姫野が着れるサイズの服を、しかも短い時間でとなると厳しいだろうな」

 

 霧崎に返され、楓も頷く。

そしてあの気弱な衣装係の鈴木さんが呼ばれ、姫野に叱責されていた。


「なくなったのは、あなたのせいでしょう? 管理が甘いのよ!」

「そんな! だって、姫野さんに確かに渡しました……し」

「なに? 文句でもあるの? 私のせいだって? じゃあ、私にどうしろっていうの? 家に持って帰って、調べろって? 今から?」


「で、でもこれから用意するのは時間が……」


 「前日にチェックしなかった、あなたたちのミスでしょう! とにかく、今すぐなんとかしてちょうだい!」

 

 叫ぶように姫野はがなり立て、思わず霧崎と楓は衣装係に駆け寄った。


「いい加減にしろ、姫野」

「姫野さん、ちょっとあんまりです。鈴木さん、大丈夫ですか?」

 

 楓は衣装係の肩を持ち、顔を覗き込む。

 衣装係は嗚咽を漏らし泣いていた。


「――……」


 バツの悪そうな表情で姫野はその場でため息を漏らす。衣装がない焦りが、より姫野を急き立てたのだろう。


「悪かったわよ、いいすぎたわ……」

「うう、わた、わたしのせい……? でも……」


 ひどく泣いていて、衣装係を気の毒に思う。姫野が嘘をついているのか、はたまた本当に知らないのかはわからないが、衣装が今ここにないのは事実だ。なんとかしなければならない。楓はふいに衣装が入っていたケースを覗き込み、パッと思いついた。


「姫野さん、ちょっといいですか」

「なによ!」


 楓が取り出したのは、一度サイズを間違えて作り直す前の霧崎の衣装だった。

 サイズは女性用なので、今の姫野ならピッタリかもしれない。

 

「赤いドレスよりも、いつもと違ったこの衣装でコンサートにでては、どうでしょう? かっこいい姫野さんが男性のような衣装で歌うなんて、最高によさそうじゃないですか。それにほら、霧崎さんと一緒の衣装ですよ? リングコーデおそろい、なんちゃって……?」


 調子に乗りすぎただろうか、そう思い恐る恐る楓は姫野をチラリと見た。当の姫野は――……じっくりと衣装を眺める。当の霧崎は『リングコーデ』を聞き苦々しい顔をしていたが、現状ではこうするしかないと踏んだのかそのまま黙り込んだ。


「……ありだわ!」


 今までのしかめっ面がそこそこに、明るい表情へと変わりゆく。

 

「よこしなさい。男優みたいで、カッコいいじゃない、私はそれを着るわ!」

 

 ひったくるように衣装を奪われ、姫野はさっさと楽屋へと引っ込んだ。マネージャーが腕を組みながら近寄り、楓の頭を撫でる。

 

「楓、ありがとう。本当に助かったわ。絶対に家に持って帰って忘れているわよ、あの女。私、持っているところをみたもの。何度もそれをいったのに!」

 

「その話はあとだ。まずは――……」

「それは確かにね。そろそろリハーサルだから、それぞれ準備してちょうだい」


 その言葉に、楓もしっかりと頷いた。

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