第38話 霧崎のサポート?
部屋をノックすると、霧崎はすぐに姿を現した。
「先ほどの頼みたいこと、って何ですか」
「東野、いいからひとまず入れ」
その声に、部屋の中へと案内する。
楓がコーヒーを机に置いたのを確認し、霧崎は楓をソファーに座るよう、手で合図する。
「さきほどの姫野凜々花と一緒にコンサートを開くことになった。といっても、ゲストとして
「僕に?」
「どうせ暇なんだろ?」
「ひどい言われ様ですね……、そんなことありませんよ? 僕だってちゃんと毎日いろんな曲を練習してますし――とにかく、やることが色々あるんですから」
「その割に目が泳いでいるな。マネージャーや蒼汰と事前打ち合わせ済みだ。お前の事情がどうあれ協力してもらうから安心しろ」
「……うう、強制ですか」
「できないのか、やりたくないのか、どっちだ?」
あからさまな挑発に、楓は睨み返した。そういわれてしまうと、妙に悔しさが込み上げる。
「――わかりました、やりますよ、やりきって見せますから!」
「そうこないとな」
逃げてばかりでは確かにダメだ。
せっかくのいい機会だし、やらせてもらおう、ポジティブに楓は考えた。
「そうだ、ちょっと別件なんですけど霧崎さんに聞きたいことがありまして」
「改まって、なんだ?」
ごくり、と唾を呑み、頭の片隅にあったあの疑問を切り出す。
「あのコンサートでの最後の曲……かなり昔に、どこかで聞いたことがあるんですけど……」
「聞いたことがある? 俺が手掛けているし、発表はしてなかったから、そんなハズはないんだがな。似た曲ようなではないのか?」
「そういわれちゃうと、断言はできませんが。でもなんとなく、そうは思えなくて……」
「…………」
「あ、いえ、難癖をつけるつもりじゃなくて――……本当に、どこかで聞いた気がした、だけです。変なこといって、すみませんでした!」
楓は会話を切り上げ、早々に部屋を後にしようとした。立ち上がった瞬間、部屋にノックの音が響き渡る。霧崎が部屋の扉を開けると、そこには真っ青な顔をした女性と真っ赤な顔をしたマネージャーが立っていた。
「霧崎さん、本当に、ごめんなさい――」
その女性は泣きそうな表情になっている。
「なにがだ、というか……そもそも誰だ?」
「最近入った衣装スタッフの鈴木さん。ちょっと今回、手配を間違えちゃって――」
霧崎の横からすり抜けるように楓はそっと部屋から出ると、聞いていいのか悪いのかとソワソワとしはじめる。
「結論は?」
「衣装がコンサートまでに間に合わないかも。あなたの次の新曲発表コンサートの衣装サイズを間違えたのよ。簡単にいうと女性サイズで衣装を作っちゃったの。それで」
「サイズを、間違えた……なるほど女用か、それは確かにな」
霧崎は絶句して、そのまま瞳を閉じている。
「……そうか。わかった。ともあれ、衣装を急いで用意してくれ。いまそれをいっても仕方ない。どうにもならなければ、過去の服でもなんでも出そう」
「はい……申し訳ございません」
「ああ、過ぎたことだ。次回から気を付けてくれればいい」
怒るでもなく手短に告げ、霧崎が扉を静かに閉めた。女性は真っ青な顔のまま、涙を浮かべ震えている。その様子に楓は思わず、女性を見て声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ。何とか、といっても……間に合わないかもしれません。あと三日、いえ実質二日で衣装を作れなんて……もう本当に、無理かも……」
絶望の表情で、泣きそうになっている衣装スタッフは肩を震わせた。
「無理なのはどうして、ですか。僕に手伝えることがあれば……時間が足りないのか、材料が足りないのか、なにかしらできれば、やりますよ?」
「材料はあります。スペアが作れるように、と布は倍以上を用意していたので。ただ、これを縫う時間がどうしても足りなくて……」
「うーん……、それなら、僕も縫いますけど?」
「え?」
「少しなら、手伝えるかもしれません。裁縫ならできます、というか仕込まれましたし。もちろん、よかったら、ですけど」
「え……裁縫、できるんですか!?」
「ええと、それなりには?」
不要だと思っていた”花嫁修業の裁縫”が役に立つかもしれない。なにせ古い考え方の両親だ。手縫いから刺繍、ミシンまでなんでもござれ状態で、楓の申し出にスタッフは感謝した。マネージャーは、楓の肩をとん、と叩き声をあげる。
「あら、ピアノ以外にもなんだか意外な特技があるのね。でも今は、緊急時でとっても助かるわ。楓くんは衣装の鈴木さんを手伝っている間は、レッスンなしでいいから、ぜひともよろしく」
マネージャーから、話をみんなに展開し、寮の防音室で作業することにした。
二人で必死に裁縫していると、作業中にやたらと悠が絡んでくるのは面倒に感じる。
「全く。安請け合いしちゃって――本当にできるのか? コンサートは他の服でもいいんだろ? 別に徹夜で無理しなくたって」
「でも、衣装さんがかわいそうです。それに、困ってるなら助けないと……。霧崎さんだって、ああいったけど、きっと本音ではコレが着たいんでしょうし。まあ、僕も無駄だと思った裁縫が役にたてる日がくるとは思いませんでしたが」
「……お前も、結局お人よしだな」
そういいながら、悠は楓や鈴木さんに夜食の差し入れを出した。
「でも悠さんも、なんだかんだ優しいじゃないですか? ……差し入れ、ありがとうございます」
「ふざけたことを。俺はお前がきちんと部屋で寝るのかを見張ってるんだよ。いつもその辺で寝るイメージしかないからな。とにかく、もうここで寝るなよ? 俺が一体お前を何度部屋に運んだと思ってるんだ。運送業じゃないんだぞ? これ以上、俺はお前を部屋に運びたくないからな」
「うっ。っていうか――悠さん、僕のことなんて、その辺に放っておいてくれたらいいじゃないですか?」
「そんなんだから俺が――……!」
「俺が?」
その言葉に、悠は口ごもり、耳まで赤くしながら首を振った。
「とにかく! その辺りで寝るのは俺も許さない。次にやったら絶対に! 許さないからな」
「はい……、気を付けます……」
不機嫌を露わにしながら、悠はくるりと踵を返した。
「ああ、もういくけどケーキも忘れず食えよ」
「え、これもいいんですか?」
「当たり前だろ。スタッフとお前の二人分だ、いいから食え。また確認しに戻ってくるから、その時に寝てたら引きずりながら部屋に連れてってやる」
文句をいいながらも悠には優しさが垣間見える。こぼれる笑顔で、二人でちくちくと縫いながら衣装づくりをしていく。 裁ちばさみの音が防音室内に響き渡り、その日の夜は明けていった。
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