第4話 合格……って入寮!?

 すると、楓の耳に信じられない言葉が響いた。

 

「合格。新規ユニットは、君に決めたわよォ!」


 そういい放ったスーツの女性はマネージャーらしく、髪をひとまとめにした美女だった。目はきつ目ではあるが、パリッと着こなしたパンツスーツが、仕事ができる様子を示唆しさしているようだ。

 

「あなた、この履歴書には苗字しか書いてなかったけど、下の名前は?」

 

「……楓、です」

 

「東野、楓くんね。応募規約にはあったけど、オーディション合格者はこのまま専用寮へ案内することになっているから、準備はいいかしら」

 

「え? 準備ですか?」

 

「もちろん、寮にはすべて揃ってるわ。着替えもたくさんあるし、三食昼寝……はついてないけど、とにかく着の身着のままで大丈夫。早速だけど、行きましょう」


 楓は迷った。


 しかし、今の自分には行くあてがない。なにも考えずにとりあえずホテルを飛び出して考えようと思っていた。

 オーディションでの履歴書の人物とは別人だという罪悪感はあるが、今は住める場所――寮を用意してくれるならば願ったり叶ったりだ。申し訳ないがこの機会に、話に乗せてもらおうと考えた。

 

 颯爽と連れられたのは、白い鉄筋コンクリート造の五階建てのビルだった。タイルが貼られた、洋風の洒落た外装にエレベーターまでついている。要塞とはいわないが、きちんとした警備員が1人待機していて、防犯カメラまである。なかなかの厳重なセキュリティシステムがあるようだ。


 楓が用意された部屋に着いた時には、敏腕マネージャーにより、すべての入室手続きが終わっていた。


「じゃ、新メンバーの加入を、挨拶しなきゃね」

 

 マネージャーはカツカツとヒールを鳴らしながら廊下を歩く。玄関の鍵を開け、放り投げるように楓に渡した。

 

「簡単に説明するわよ。ここは五階建てで、あなたたちのグループは四階のフロアね。自室はお風呂トイレ付きの個室。だけど、リビングは共用よ。で、冷蔵庫とテレビはリビングにしかないわ。あとはメンバーが踊ったり、楽器の練習できるように共用の防音室が一階にあるわ。ちなみに、練習や防音室は他の寮のメンバーも使えるようになっているから、相談して仲良く使ってちょうだい」

 

「防音室、楽器ルームまで……すごい、です」

 

 楓はみるなり胸が躍った。今まで、ずっと家とお嬢様学校の往復ばかりだったのだ。たまにの旅行はあれど、父は厳しく国内の別荘に限定されていた。それはとても見慣れぬ環境で、すべてが新鮮に思える。思わず笑みがこぼれた。

 

「まあ、楓くん……嬉しいわ。気に入ってくれたのね? さて、ちょうどメンバー全員帰ってきてるわね。悠!」


 マネージャーが声をはりあげると、リビングから悠が出てきた。

 

「なんですか、マネージャー」


 チラリと楓をみて、ほんのりと微笑むと会釈をする。楓も無言のまま、会釈で返した。

 

 「私はこれからちょっと買い物があるから、メンバー同志の挨拶をすませておいて。で、新規加入公開ライブの日は一週間後ね。覚えておいて」

 

「わかりました。颯太、淳史! ちょっと」

 

 そうして悠が声をかけると、リビングへと手まねきされる。奥に案内され、ソファーに座っていた二人が立ち上がった。

 

 「あ、あの……」

 

 おずおずと楓は目の前に立った三人に対し、目を向けた。

 

 「おー、ようこそ。さっきのピアノ凄かったよ」

 エレベーター前であった、気さくに話しかけてきた赤い髪の淳史と握手をする。もともとタレ目のようだが、ほんのりと笑うとその分、色気が増すらしい。

 

「知ってるかもだけど、こいつは淳史。担当はベースとバックコーラス。この通り明るくて話しかけやすい。というより、常に喋ってて、めちゃくちゃうるさいやつ」

 

 「待って待って、悠。その紹介ひどくね?」

 

「俺は黒木悠、ボーカルとギター担当」

 

「スルーされた」

 

 そういうと、悠に手を差し出される。

 簡単に握手をすませ、悠は隣にいる男の子の肩を叩いた。

 

 「こいつが蒼汰、担当はドラムと編集作業、パソコン関連」

 

「俺ん時はあって、蒼汰の性格的な紹介はないのか?ぜひとも聞きたいんだけど」

 

「蒼汰の……? えーと、頭がいいかな。あとちょっと特殊な生い立ちと性格で……必要なときとか、たまに妙に饒舌じょうぜつになる」

 

「俺との格差」

 

「よろしくお願いします」

 そういって、楓は蒼汰の方へと手を差し出した。

 

「……」

 蒼汰は出された手を無視して、じっと楓を見ていた。


 「おい蒼汰、握手は?」

 

 「……やだ。それより君に、ちょっと、話があるんだけど」

「おいおい蒼汰、新メンバーに握手拒否とか、先行き不安すぎだろ。お前に限って新人いじめとか、ないよな?」

 「違う、そうじゃない。ちょっとこっちへ来て」


 楓がどうしようか躊躇していると、しびれを切らした蒼汰に強く腕を引かれて部屋の一室に入った。


「っておい!蒼汰!?お前ら内緒話か? もしかして、知り合いなのかよ? 本当になんなんだ!?」

 「そもそも知り合い、なのかね。人見知りに近い蒼汰があんな反応するなんて、変じゃないか?」


楓は蒼汰にむりやり押し込まれるようにして、部屋に入った。

そのまま部屋の扉を閉められ、ガチャリ、と鍵を閉められる。


 そして遠くまで冴えわたる空を感じさせる紺碧の瞳が、楓を睨むように見つめていた。

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