第5話 蒼汰に速攻でバレて……!?

 楓は蒼汰に押し込まれるようにして、部屋に入った。

そのまま部屋の扉を閉められ、ガチャリ、と鍵を閉められる。

 

「それで」

 部屋に入った楓は、蒼汰に気圧されるように壁際に追いやられた。

蒼汰は楓より、頭一つ分ほど背が高い。

そのためとても静かな声だったが、密室で近づいてくるその様子は、やたら威圧的に感じた。

 

「……あの、なんでしょう?」

「さっきは気づかなかったけど……君、オーディション前にエレベーター前にいた女だろ」

「……!」


 手短にそういわれ、楓は文字通り固まった。


「やっぱり」

「いえ、わた、いや僕は……違……」


 誤魔化さなければ、しかし、そう思えば思うほど頭が回らなくなる。

あたふたとするなか、その端正な顔は目前に迫った。

ぐい、と顎をひかれてじっと見つめられて思わず楓は息を呑む。

 

「君、メイク落としたね? なるほど、それで雰囲気が全然違ったんだ。僕だってオーディションの時は、本当に中性的なだけで――君は男だろうって思ってた。だけど、間違いない。君、あの時の女の子だよね? で、それが、なんでここにいるわけ?」


 真剣な面持ちでされる矢継ぎ早な質問に、楓は肩を震わせた。


「まあ、話したくないなら別にいいよ。とにかく、うら若き女の子が……特に君みたいな子が新メンバーで同居なんて絶対にダメだ。マネージャーにいってなんとかもう1回オーディションを……」

  

冷たく突き放されるようなその言葉を聞き、楓はとっさに蒼汰の腕にしがみついた。


 「待ってください!」

 「ちょっと、君、なにを……!?」

 

 いきなり腕に抱き着かれ蒼汰は動揺し、楓から離れようとした。

楓は拒否するように首をぶんぶんと振って、蒼汰を見上げた。


「今、私が家族に見つかっちゃうと本当に困るんです。いまは、家に帰るわけには……どうしても、いかないんです」

 

「は!? 君……家出なの? それにしては身なりが綺麗すぎない? それに、そんなこといわれても……って、僕からちょっと離れてよ。近い」


 楓はぐい、と腕を掴まれる。

けれど、楓も負けじとしっかりと掴み直した。


「ごめんなさい、でも……私は家に帰りたくないんです。それだけの事情があるんです。無理なお願いだとは思ってますが、とにかく、今は、どうにか今だけは見逃していただけませんか」


 そういうと、黙ったまま双方は固まった。

しばらく腕を掴んでいたままだった蒼汰はむりやり楓の腕を振り払うとその顔にある横の壁に向かいドン、と手を突き、その顔を近づけた。

透明な紺碧の瞳は強い輝きを帯びながら楓を捉える。


「……!」


思わず楓はたじろいだ。


 「でも、そもそもわかってる?ここ男性寮だよ?僕ならまだしも、他の奴らにバレたら――……」

 

 鬼気迫らんばかりの剣幕に、楓は一瞬だけ息を呑み躊躇した。

 だが脅すような、というよりも、さとすような真剣な面持ちだ。

 その真意を推しはかると、楓はとにかく折れてはならないとばかりに首を振った。

 

「それでも、お願いします……。本当にバレないように気をつけますから、いまから家に帰るくらいなら、もういっそ死んだ方がマシなんです」


「……死んだ方が、って。どうしてそこまで帰りたくないかは、わからないけど……」


 脅してもなお食いついてくる必死の懇願こんがんに蒼汰は困惑する。どうしようかと唇を噛んで考えていると、小さく震える肩が視界の片隅に入った。

 

「お願い、します……本当に、お願い……」

 

 楓は泣かないよう、ずっと涙をこらえていた。だが耐え切れず、涙はボロボロとこぼれ続ける。


「ちょ、ちょっと……あのね……泣けばいい、って状況じゃないからね……」

「わ、わかってます。でも、どうしても……止めたくても、止められなくて」


 やがて嗚咽おえつが漏れると蒼汰がどうしたものかと考える仕草で目元を覆うと、ぐっと口ごもった。そしてしばらく黙り込んだあと、タオルを持ちやり楓へとバサリとかけた。

 

「……はあ……。仕方ないな。じゃあ、しばらく黙っておいてあげるけど、僕以外にバレたら即刻マネージャーに報告するからね。一応、警告しとくけど淳史には特に気をつけなよ。なんなら、極力近寄らない方がいいくらいだ。男なら……たぶんあんまり問題ないけど、女性なら特に気を付けてもらわないと」

 

「たぶんあんまり……? でも、ありがとうございます、蒼汰さん」


「泣き落としに屈したんじゃないからね」

「……はい」


ぶつぶつといいながら、楓の頭にかかったタオルを使って目じりを拭く。

 

 「いったん、今後はメンバーだし……、蒼汰って呼んでくれて構わない。にしても女の子か……厄介なことになったな……ああ、もう。頭痛くなってきた」


 蒼汰はつぶやき頭を押さえながら、部屋のドアを開け、ため息をつき出て行った。

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