013:ようこそ、アカデミーへ

 新学期開始、前夜。

 太月は学校に行く時に着る服やら、魔法を使う際に使用する杖やら、その他筆記用具やらを用意していた。一通り用意して、しっかり持ち物を確認。明日は始業式の為、必要なものはそんなに無い筈だろう、と小さく頷いた。それから、ベッドに背中を預けた。

 明日からの新学期について考えている太月の脳裏には、朱日の姿があった。


(世の中には、あんな綺麗な男子もいるもんだ……)


 なんて、改めて思う。

 あの日以来、不知火朱日という人物が気になって仕方なく、彼が通っているという寮を何となく見に来てみたり、彼がよく訪れている店を訪ねてみたりと、色々な方法で朱日と出会そうとした。しかし、朱日を見かけても思わず姿を隠したり、こっそりと遠目で眺めてしまうなど、話しかけられずじまいだった。「友達」という概念自体、日系ハーフでなかなか友人が作れなかった自分にとっては、なかなか馴染みが浅く、どうして良いのか分からないのである。


(そういえば、あの時思わず呼び捨てにしちゃったけど、良かったのかなぁ。午朗くんや陣介くんは呼び捨てじゃないのに)


 そんな事を気にしてしまう程度に、太月は朱日に対して緊張を見せていた。

 朱日ぐらいの人間なら、いろんな人間に囲まれているであろうし、自分なんて所詮はその一人でしかないのだろうが、それでも太月は朱日と仲良くなってみたいと思うのだ。

 もしかすると、学校がこんなにソワソワして楽しみなのは初めてのことかもしれない。


(明日――楽しみだな)


「あの、えっと、これ、魔法学科規定のコートと……あと、鞄……。日本と違って、基本は私服だけど、周りのものは既定だから、そこは気を付けてね。あと何かあったかな……?」

「魔法杖はありゃあ自前じゃったか? 今日は始業式で授業無いから、教師に聞けば一発か」

「そろそろ行かせてくれんかー。突っ立てるのも疲れるけぇ」

「こういうのは最初が肝心だから、ダメ……!」

「そうじゃそうじゃ。最低限の身なりはしておかんと、教師陣へのイメージも悪くなるしかないからのう」

「……」

(もう十分じゃろ……)


 そして、次の日。

 朱日はこれから学校に行くわけだが、寮を出る際に仁志邑親子に引き留められ、身なりなり、既定の鞄やらコートやらを確認したり、必要なものを付け足したりなど、粗相の無いように徹底的に整えられている。朱日からしたらもう十分過ぎるのだが、仁志邑親子としては最初はしっかり整えて欲しい、という気持ちでいっぱいなのだろう。

 朱日は思わず声にした。


「わしはそろそろ行くぞー。そんなに整えたって、別に向こうのイメージに関わらんじゃろ」

「お前、今のイギリスに於ける日本の立場について、全く分かっておらんじゃろ」


 呑気な事を言っている朱日に対して、永好は神妙な顔付きになって言い放った。


「戦争は終わったが、日英関係は悪いままじゃ。一昨年のロンドンオリンピックだって、日本は参加出来ておらん。お前が……いや、お前らがこうやって呑気に暮らせてるのは、日本政府が守ってくれてるからじゃ」


 と、


「お前さんたちが思ってるより、英国民からの日本人のイメージは大分悪い。これから通う魔法学科はいろんな国の子が来ておる分かなりマシじゃが、普通学科からは冷ややかな目で見られる事は覚悟しておけ。お前がどんなに優秀な美少年だったとしても、国同士の諍いは誤魔化せん」

「……」

(って事は、太月も結構辛い立ち位置におるのか……)


 永好からの話を聞いて、自分の今後の見通しが大分甘かったこと、そして、イギリスと日本のハーフだと言っていた太月の心情が心配だった。確か、彼は自分がハーフである故に友達が出来なかったと言っていたが、つまりはそういう事なのだろう。

 そうして、朱日は永好のそれらの言葉を胸にして、学校へ向かうのだった。


 朱日がこれから通うブリティッシュステートアカデミーは、初等教育から大学まで幅広くカバーしている大型の学院だった。しかし、陣介と午朗が現段階ではそこに通う事は出来なかった。魔法の実力が低過ぎるのも影響しているのだが、朱日みたく日本で一定の教育を受けていない為、先ずは同じグループの他所の小学校で先に教育を受け、入るにしても来年から、という話らしい。朱日はそれを聞いた時、自分と孤児の立ち位置の差を改めて実感してしまった。

 朱日は門の前に立つなり、その先にある校舎があんまりにも日本のそれとは違うので、思わず目を丸くして動揺してしまった。


(で、デッカ……!)


 西洋風の建物という時点でかなり目新しく、観光客気分になってしまう。しかも、それにプラスしてマンモス校にそぐわしい大きな建物と、下手したら、皇居よりも何倍もある敷地の広さに朱日は動揺するばかりだった。

 朱日は脂汗をかきつつ、周りをキョロキョロと見渡した。


(ぁ……)


 永好の言う通り、学生からこちらへの視線はかなり冷ややかなものだった。自分の着ているコートは魔法学科指定のものだと聞くが、周りの生徒はそのコートを着ておらず、別のものを着ているため、多分普通学科の生徒なのだろう。

 国同士の諍いは誤魔化せない――朱日はその言葉の意味を、ここでずっしりと感じ取った気がするのだ。

 朱日はこれからのイギリスでの学校生活は大変な事になるだろうと思いつつ、顔を俯けた。


(もし――また、日本にいた時のように周りから人が居なくなったら……)


 広島に居た時の記憶がゆっくりと蘇る。

 自分の強い魔法能力が曝け出された瞬間、一緒に遊んでいた子供達はこちらから逃げていき、孤独な幼少期を送る事になった。朱日はその経験から友達というものを作る事に対して諦めを持っており、敢えて自分から他人と関わるような事はしなくなった。魔力を制御出来るようになってからは普通に話しかける人間も増えてきたものの、それでも、朱日はどうにも他人を信用出来ずにいた。

 朱日はイギリスでも孤独になるのだろうか、と、体の横で拳を握り締めた。

 途端、


「朱日? どうしたんだよ、そんなところで立ちんぼして」

「……!」


 朱日はパッと顔を上げて、その声がした方向を見た。

 そこにいたのは――太月だった。

 太月はクスクス笑いながら、朱日の肩をポンと叩いてやった。


「もしかして、緊張して学校の敷地内に入り辛いとか? そんな事気にしなくたって良いのに」

「そ、そんな……いや」


 朱日は首を横に振ろうとしたものの、強ち間違いでもない事に気が付いて、つい苦笑しながら続けた。


「まぁ……そうじゃなぁ。他のイギリス人からの視線がちょっと痛くて……」

「ああ、まぁそうだね。白人だらけの国の中で、アジアの人って良くも悪くも目立ちやすいから。おれも日系ハーフなもんで、なんだかんだでそういう視線浴びたりするけど、もう慣れちゃったよ」


 そう言いながら、太月はケラケラと笑って、朱日の肩をポンと叩いた。


「でも、魔法科の人たちは距離は取れど、そういう視線は送ってこないからさ。魔法が使える事で差別されてきた人も多いし、そういうのには敏感なんだ」

「そう、なのか……」

(だとしたら、わしと似たような立場の子が多いのか)


 現時点での魔法大国・イギリスと言えども、まだまだ認知も未発達であり、周りからの視線は日本とはそう変わらないらしい。そして、魔法学科は、先程も永好も言っていた通り、色んな国の生徒がやってきており、魔法の認知がイギリス以下の国も多い。それなら、朱日と似たような状況にいる人間も多いだろう。

 とはいえ、国ごとの面々で微妙な壁もあるのは確かであり、太月が友達を作れなかった、というのも仕方ない話である。


「英語はおれが翻訳してやるからさ、色んな人と話してみなよ。朱日ぐらい強くてカッコいい男なら、色んな奴らが話しかけてくるだろうし」

「う、うん……別にそれは良いんじゃが」


 朱日は太月のその誘いに乗りつつ、続けた。


「本当に大丈夫なんかのう。最悪、日本人ゆえにクラスに馴染めなかったりしそうじゃけぇ、その辺もちーと怖いぞ」

「まぁまぁ、大丈夫だって。ほら、入りな!」

「えっ、ちょっ、あっ!」


 そして、朱日はコートを翻しながら、学校の敷地内へと足を踏み入れた。

 それから、太月に簡単な案内をされながら、これから世話になる教室へと進んでいく。魔法学科の入学式は午後に行われるらしく、午前は教師の話を聞きながら、一旦クラスの方で待機らしい。

 太月は一年棟を朱日に案内しつつ、教室へと歩き続ける。


「おれらの学年は1組から5組までが普通学科、6組と7組が魔法学科。おれと朱日は6組の方だね」

「2組だけか……クラス毎に何か特色はないんか?」

「特にはないかな。毎年転校生が入ってくるし、新規の入学生も多いから、普通にクラス替えもしてるみたいだしね。ほら、おれらのクラスはあそこだよ」


 太月は「1-6」と書かれた教室の表札を指さして、自分達の教室の場所を示した。

 二人は黙って教室の中へと潜り込むと、中の方はしーんと静まり返っており、人はいるのに閑散としていた。イギリスでもクラス替え後特有の空気が流れているようだ。仲良しの友達が居なければ、騒ぐ相手もいない。

 朱日と太月はお互い苦笑しながら、一旦それぞれの席に着いた。

 朱日は「Akebi・Shiranui」で登録されているためか、席順でかなり最初の方に着席し、太月は「Tatsuki」な為か、席は真ん中寄りに近い場所にあった。お互い席が離れているものの、最初ぐらいは不審に思われないように静かにしておくべきかもしれない。

 暫くして、クラスメイトが次々と教室の中へと入っていき、席が埋まっていった。英単語帳を見ながら、朱日はチラチラと埋まっていく席を眺めつつ、ぼんやりと思う。


(白人って、やっぱりデカいのう……)


 広島にいた頃は自分が飛び抜けて長身で、周りが小さかった記憶があるものの、イギリスの少年少女達はこちらと同じぐらいの身長だったり、少し追い越してたり、全体的に身長が高かった。朱日はこの中では比較的平均寄りなのかもしれない。とはいえ、この時期の日本人は栄養が足りずに全体的に身長が低く、大人でも165cmを満たない、なんてこともザラだ。その事を把握している人間なら、朱日が日本人のわりに身長が高いので驚くだろう。

 クラスの全席が埋まって数分後、イギリス人の教師が来た。――と、その横には、日本人の男性。教師のその日本人は適当に話すと、今度は日本人の方が朱日の方にやってきた。


「ぁ……」

(もしかして、授業用の通訳者か)


 流石の日本政府と言えども、英語を全く勉強していない少年を一人で送り込むのは酷な話だと思ったのだろう。実際、朱日は英語を聞き取れないし、いてくれた方が絶対にいい。

 男性は朱日の元まで来ると、名乗る。


「おめぇ、広島のモンじゃったか。わしゃあ小嘉崎おかざき大賀たいが。岡山出身で、ここの大学部所属の魔法使いで、翻訳係じゃ、まー、よろしく頼むけぇなぁ」

「お、おう、よろしく。わしは不知火朱日じゃ」

(ハンサムな癖にバリバリの岡山弁でビビるわい……)


 顔の割に方言が強いのは朱日も人の事は言えないのだが、それはひとまず置いておく。

 この大賀、枯色の甘そうな燻んだクリーム色の髪の毛に、薄紅色の甘い桃色の瞳で、端正で凛々しい顔立ちときた。正に、女子が好きなそうな顔立ちや見た目をしている。実際、大賀の方をちらほら見ている女子生徒がクラス内にもチラホラおり、朱日は若干気まずかった。

 大賀はニヤニヤ笑みを浮かべながら、言った。


「おめぇさん、女みたいな顔しとるが、本当に広島の田舎にいたんか? その顔から発せられる広島弁、想像できんのじゃが」

「あ? わしは生まれから育ちまで広島の熊野町じゃけぇ、顔がどうあれ、方言話すのは当たり前じゃろ」

「おおう、本当に広島育ちか……ようあんな辺鄙なとこから、こんな逸材探し出したのう、茶井丈さん」


 大賀はゲラゲラと笑いながら続けた。


「ま、授業中に分からん英語あったら全部わしに聞け。授業の時まで日本語わかる友達に聞くわけにもいかんじゃろ」

「ん? ああ、そうじゃの。流石に授業中は授業中の通訳がいた方がええな」


 大賀と朱日はそんな事を話しながら、時間が過ぎるのを待つ。

 今は待機時間の為、教師も朱日と大賀が話していても特に何も言わない。教師は教師で生徒を一人一人呼び出して、適当に面談しているようだ。

 太月は、朱日と大賀がそうやって楽しげに話しているのを見て、つい、窓の方へと視線を流した。


(やっぱり、おれとは住んでる世界が違うのかもなぁ、朱日は)

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