014:特攻隊より危険なものはない

 それから午後を迎え、入学式を終える。入学式の方は大体1時間半〜2時間ぐらいの間に収まり、後は担任教師の話を聞くだけになった。そんな中、朱日は太月と共に教室に戻りながら、色々と雑談を交わす。特に他愛の無い話で、特筆するような事はなかったものの、そういった会話を同じ年頃の生徒と学校内で出来る、という時点で、朱日にはかなり有り難く、新鮮であった。

 それから、教室に戻り、教師から話を聞く。これからの予定やら、授業の開始日やら、色々なプリントを配られた。しかし、その内容が何もかも英語である為、朱日は単語帳と照らし合わせながら、大賀と解読していった。大賀の翻訳のおかげで、当初はどうなるか懸念されていた魔法杖は後から支給される事も判明し、朱日はホッとしていた。

 そうこうして、朱日達が帰るのは大体16時ぐらいになった。

 朱日と太月は号令が終わると、そのまま二人で帰ろうと思った――のだが。


「おいおい、朱日ちゃんや。なんでわしが来たのか分っとらんけー? そのまま帰すわけにもいかんけぇよ」

「えっ? 通訳の為にお偉いさんから頼まれた訳じゃないんか?」

「それはあるけど……そうじゃなー、寮の方で話させてもらおうか。折角じゃ、そこの合いの子もついてこい」

「えっ!? おれも!?」


 太月は自分も着いてこいと指示されて、思わず驚いて大賀に聞き返した。朱日目的なら朱日だけで良い気はするのだが――そういうわけにも行かない事情でもあるのだろうか。一方で、大賀の立ち振る舞いからして、いきなりとんでもないことに巻き込まれる気配しかなく、太月は今から額に脂汗を流していた。言い分的に、協力者は多くいた方が良い案件なのだろうか。


 朱日と太月は大賀と共に寮に向かい、飲み物も飲めて皆で座れる場所、ということで、食堂に案内した。ついでに、朱日は自室でのんびりしているであろう陣介と午朗を呼び出した。大賀から、そういう申し入れがあったからである。

 食堂にやってきた陣介と午朗は太月と再会できた事に喜んだと同時に、大賀を見て、ポカーンともしていた。特に陣介は大賀を見るなり、首を傾げて朱日に言った。


「なぁ、朱日。このあんちゃん誰や。カッコいいけどめちゃくちゃ勘違いしてそうな感じやな」

「この人はわしの通訳さんの小嘉崎大賀さんじゃ。まぁ、大体印象通りじゃ」

「こんのクソがきゃあ……」


 大賀は陣介と朱日に怒号を飛ばしたいのを抑えつつ、午朗と陣介がそれぞれ着席するなり、コホンと一回咳払いしてから本題に入った。


「さて、と。寮に連れてきてくれてありがとなぁ。わしはこう見えて大学生なわけじゃが、大学だと魔法の研究に関わっとるんじゃ」

「!」


 そして、一同の大賀の見る目が変わった。そういえば、朱日に自己紹介する際に魔法使いだと言っていたような記憶があるが――つまり、大賀は自分達のように魔法学の為にイギリスに留学してきた一人という事だったのだ。そんな彼を自分達の先輩であると思うと、中身はどうあれピシッと背筋が伸びてしまう。

 大賀はそんな子供達を見て、ゲラゲラ笑いながら言った。


「そんなに畏まらんでもええぞ。わしゃあおめぇらよりもかなり適当に勉強してきた男じゃ、尊敬されるような成績も残しておらん」


 と、続けて、


「で――まぁ、そんな感じで科学方面でも研究が進みつつある魔法学なんじゃが……最近は妙なのがロンドン市内をうろちょろしておってのぉ」

「妙なの?」


 朱日は大賀のその言葉に対してキョトンとしながら聞き返した。

 大賀は頷き、言葉を続けた。


「どうやら、魔法学が広まったら都合が悪い組織があるようでな。そいつらが将来のあるおめぇらを狙ってるかもしれん……っちゅー話じゃ」

「組織?」


 朱日は首を傾げて大賀に問う。

 大賀は続けて、


「向こうのことはよく分からんが、黒服の集団じゃな。身に覚えはないか」

「……あっ!」「あーっ!」

(アレか!)


 その該当者について、身に覚えがありすぎる朱日と陣介は思わず大きな声を上げて、ハッとした。そして、そのままお互い確認するように、視線を合わせた。確かに奴は朱日の事を狙っていたし、陣介の事もついでに殺めようとする程度に節操が無かったが――まさか、魔法使いそのものを狙っていたとは。

 大賀は陣介と朱日のその反応に、自分も思わず反応し返した。


「おめぇら、何か知っとるか!」

「知ってるも何も……わし、戦ったでぇ! 黒い帽子に黒いコート!」

「あと錬金術どうこうと言っとった!」

「……あー、手遅れじゃったかぁ」


 大賀はまだ目を付けられていないと思っていたものの、完全に朱日が集団からロックオンされている事が判明してしまい、その場で額に手を当てて項垂れた。

 朱日は続けた。


「でも、そん時の敵はわしより魔力が低かったし、相手にすらならんかったぞ。格闘地力もわしの方が上じゃったしのう」

「それはそれで向こうが可哀想になってきたのぉ〜」


 大賀は苦笑しながら、朱日を相手にした魔法使いに内心で合掌した。


「まぁ、その黒服の集団な訳じゃが……朱日の通ってる学校の高等部に集まりを作ってるっていう情報がある」

「!」


 そして、今度は朱日と太月が顔を見合わせる。これから毎日通う学校だ、こうなるのも当たり前だろう。

 大賀は言い、


「で、内情としては、普通科の生徒と魔法学科の生徒がごっちゃになってるらしくってのぉ。錬金術どうこう言ってるのは普通学科の方じゃろうな」

「って事は、わしが相手にしたのはそっちか……」

「よく死なへんかったな、そいつ」


 陣介はそれを聞いて、冷や汗が出た。自分も危なかったとは言え、魔法が未熟な状態で朱日と戦うとなれば、流石に生きて帰れる気はしない。

 そして、アカデミーの高等部には、普通科にも魔力を持っている生徒が存在しており、その生徒が錬金術を研究している――と言い風に、大賀の話からは受け取れる。実際、その通りらしく、大賀は話を続けた。


「魔力と言うのも、千差万別でのう。アカデミーの魔法学科に入れるには、ある程度の魔力が必要になるんじゃが、その基準に満たない人間があそこの普通科にはゴロゴロおる。朱日が自分未満の魔力と言うておったのもそういうことじゃ」

「……」

(だとしたら、錬金術で魔力の底上げしてるのは確かじゃな……)


 朱日が探索時に感じ取っていた、あの真っ黒いオーラ。もし、錬金術での底上げによるものだと思えば納得はいく。魔力のようで魔力ではない何か――朱日からしたら、禍々しく、かつ、邪悪なものにしか感じ取れなかった。陣介がどう感じたのかは分からないものの、魔力があるのなら、似たようなものを感じ取っているに違いないだろう。

 大賀は、「で」と、続けて、


「まぁ、朱日ちゃんは特に強い故に狙われておる筆頭じゃけぇ、周りに注意して欲しいって事と」


 と、


「そこの中学生二人には、そいつらについて調査して欲しいって話じゃ」

「えっ」「は!?」


 朱日と太月は目を丸くして、目の前の美青年を見た。朱日が狙われていると聞いて、太月は出来るだけ気を張ろうとしていた。しかし、調査をして欲しいと言われると、どうにも怖いものがある。何しろ、相手は高等部で、自分達よりも上の立場。下手な事をして、やり返されたら確実にただでは済まされない。

 朱日は朱日で大賀を半目で見て、返した。


「あんなぁ、中学生にそんな事やらせる大学生って、情けなくないんか。調査するんならそっちで勝手にやりゃええじゃろ」

「いや……こっちで調査出来るんならとっくにしとるけぇなぁ」


 大賀は朱日にそう言われて、正論ではあるものの、出来ない事情がある事を付け加えた。


「わしの方は日本の政府内にいる魔法使いとの繋がりも深い、とっくのとうに警戒されておって、下手に近付くことも出来ん。でも、お前らなら向こうから来てくれるけぇ、誘き寄せて聞き出す事だって可能じゃろ」

「だったら、尚更、大賀のあんちゃんが直接バトルすりゃええだけやんか。朱日達にやらせる事やないやろ」

「こちとらバトルどころか出会すことも出来んわい! 向こうとしては、朱日ちゃんらを先に潰すのが先決なんじゃろ。あるいは、大人は別の人間に任せているか」


 と、


「それに、茶井丈さんとも話したんじゃが……向こうを率いている生徒は、わし以上の魔力を持っていて、それこそ朱日ちゃんじゃないと対抗が出来ないかもしれん」

「!」


 途端、一同の視線が朱日に集まった。

 朱日は周りからの視線を浴びる中、冷静に大賀に聞いた。


「奴らは……市民に被害を加えさせようとしたり、手段選ばなかったり、そういうこと、あったりするんか?」

「朱日」

「……」


 太月が思わず声を上げてしまうほどに、朱日の顔付きは真剣だった。朱日からしたら、自分だけに危害を加えるだけなら良いが、それよりも無差別に他人に危害を加える事が許さなかった。もし、それがWW2の日本の再来になるのならば、徹底して避けなければならないものだ。

 大賀は朱日のその気迫に気圧されて、頷いた。


「アイツらは場所は選ばん。程度の差はあれど、他の人間を見下してるような連中じゃ。ロンドン市民の一人や二人――殺めてしまったところで、向こうには何も響かんじゃろ」

「……分かった、ありがとう」


 朱日は頷いて、続けた。


「なら、その調査――こっちで全面的に引き受ける。わしにしか出来ない事があるんなら、やるしかない」

「朱日!」


 思わず太月が立ち上がった。


「ほ、本気で言ってるの!? もう少し考えてくれよ! 今回の件、凄い危険な事に片足突っ込んでるのに!」

「――特攻隊ほど、危険な事はないじゃろッ!」


 朱日は大きく声を張り上げて、太月に言い返した。太月は体を跳ね上げ、他の面々も驚いて目を丸くした。

 朱日は周りの反応に気が付いて、ハッと我に帰ると、その後は静かに続けた。


「……死しか選択肢がない特攻隊とは違って、今回は勝算があるけぇ。それに、今すぐどうこうなるわけでもなし、陣介や午朗が魔力を鍛える時間も幾らでも取れる。じゃけぇ、引き受ける他ないじゃろ」

「……」


 太月は朱日のその判断に何も言い返せなかった。自ら非日常に突っ込んでいくなんて、なんという度量を持った少年なのだろうか。いや、そもそも、この朱日、本当に自分と同い年なのか――思わず、疑ってしまった。戦時中の日本を幼いながらに生き抜いてきた故の貫禄が、そこにはある。

 大賀は朱日の答えを聞いて、「なるほどなぁ」と、息を吐いた。


「こりゃ茶井丈さんが言ってた通りじゃ。一眼見た時は、もっと優柔不断なお坊ちゃんかと思っとったが――これなら、他の面々についても任せられるってこったのぉ」


 そう言って、大賀は立ち上がる。


「じゃあ、詳しい事はまた明日以降にでも……って事で、今日のところは解散じゃ。イギリスは日本に比べて夜が更けるのも早い、そこの合いの子もとっとと家に帰らんと、親御さんが心配すっじゃろ。わしが送るけぇ、家を教えられぇ」

「あ……」


 そういえば、自分だけここの寮生では無いんだ、と、大賀に言われて太月は思い出した。さらりとここの面子に混じったりしているが、自分はどちらかというと彼らからすれば原住民寄りの立ち位置だ。ある意味でアウェー感もある。

 大賀は太月を連れて、朱日達から一旦離れた後、出入り口で佐雪と永好から話しかけられた。


「あ、あの……大賀くん? その子、ここの子じゃないよね……?」

「部外者を連れてくるなんて珍しいのう」

「おっ、佐雪さんと永好さんか。相変わらず二人で寮の管理人やっとるのか」


 と、


「コイツは朱日ちゃんのお友達じゃ。日系ハーフ人で日本語と英語、どっちも出来るらしい」

「ほーん、そうか……。だったら、丁度いいかもしれんな。ママ」

「あ……うん」


 佐雪は永好に言われると、太月の方へと歩み寄り、スッと一枚の紙を差し出した。

 太月がそれを受け取って、その中身を見ると、酷く驚いた様子で顔を上げて、佐雪と永好を見た。


「あ、あの……これ」

「ここ、基本的には日本人の魔法使いの子を集めてるんだけど……君みたいな子も、入れるようになってるから。それに、英日どっちも話せる子がいた方が、勉強会とかも開き易いと思うし……。無理にとは言わないし、家の方が良いならこの話は忘れてね」

「……考えておきます」


 太月はそう言って、佐雪と永好にペコリとお辞儀して、そのまま寮を後にした。

 太月が佐雪から受け取ったのは、入寮に関する案内状だった。表面上は冷静に振る舞ってはいるものの、先ほどから紙を持つ手が震えていた。


(おれが……朱日と同じ寮に……?)

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