012:風宇路太月、同い年の友人
一足遅く現場に辿り着いた朱日は、けたたましく燃え上がっている炎と煙を見て、思わず例の爆弾のキノコ雲を思い出し、冷や汗をかいてしまった。あれ程までに凶悪なものではないが、火で被害を出しているという点では、変わりはない。
(火の回りは人々が思ってるよりも早い……油断はできん)
朱日は立ち止まると、一旦、アパートに魔力を集中させて、中に人が取り残されていないかどうか魔法で探索・確認した。アパートの中――出荷元の2階には、魔力を持たない幼い少年1人がいた。そして、一階から階段を伝って2階に向かう姿も三つもあった。そこでそのうちの二つが、余りにも身に覚えがあるそれだったので、思わず「ん?」となり、朱日の魔力探索はそこで途切れた。
まさか、アイツら――とは思いつつ、今度はそちらへ意識を集中させる。
1人はまぁまぁな魔力を持った少年だ。年齢はこちらと同じぐらいか。そして、肝心のもう二人だが――朱日は額に青筋を浮かべつつ、ピキピキと血管が浮き上がっていた。
朱日は勢いのままに地面を蹴り上げ、アパートの中へ突入した。
「アイツら――ッ! 何しよるんじゃ――ッ!」
*
2階に駆け上った太月、午朗、陣介の3人は2階の奥の方が大きく燃えているのを見て、思わず怖気付いてしまった。外からは見えなかったものの、この炎、回りが思ったより早いようだ。さっさと見つけ出さないと、子供が丸焦げになりかねない。
とはいえ、空襲の地獄を生き抜いてきた陣介は、同じく地獄を生き抜いてきた午朗に言った。
「午朗、このぐらい大した事あらへんよなぁ! 空襲の時よりまだ逃げ道あるやんな!」
「陣介……体震えてるぞ。空襲経験してるからこそ、怖いよ、俺は」
「比較対象が本来なら比較対象になってはいけないモノなんだよなー」
太月はケラケラと笑いながら、強がっている午朗そう突っ込みを入れた。そして、杖を炎に向けて、その杖の先端から、風と水を吐き出した。
「ウィンド&ウォーター!」
そうして、目の前に広がる炎が一瞬にして消えていった。
しかし、完全に炎が消えたわけではなく、ところどころ散り散りになって燃えており、油断していたら再び延焼が進むだろう。あくまでも時間稼ぎとしての消火というわけだ。
「よし、火が広がる前に行くよ。奥の方に男の子がいるから、さっと行っちゃおう!」
「おう!」「はい」
そして、陣介と午朗は太月と共に奥に向かった。
女性が置き去りにしてしまった少年というのは、中でぐったりおり、顔を真っ青にしていた。どうやら煙を吸い続けたのと、子供特有の呼吸回数の多さで一酸化炭素中毒を起こしてしまったようだ。幸い、まだ意識はあるようで、外に出て新鮮な空気を吸わせれば、回復出来る可能性が高い。
一番力に自信がある陣介が午朗に助けられながら、子供を背負って、立ち上がった。赤子を負ぶったことはあるものの、やはり重さが違うのか、背中から結構ずっしりきた。
「っ、思ったより重いな……」
「大丈夫かい? おれが変わろうか」
「いや……大丈夫や。こんぐらい、大した事ない」
(空襲の時なんか、逃げ道がなくてもっと地獄やったんや。それに比べたら、今はずっとマシや!)
陣介は前を向いて、午朗、太月と共に再び走り始めた。
しかし、太月の時間稼ぎのための消火がここに来て効果が薄まってきたのか、再びじわじわと炎が広まりつつあった。
「た、太月ィ!」「太月さん!」
「も、もう一回――っ、わぁっ!」
太月はもう一度、道を開けようと試みたが、天井の縁経由で延焼していた炎が、とうとう廊下の壁についている柱に乗り移り、粘着力を失ったのか、そのまま3人の目の前に倒れてきた。
そして、
「ッ!」「ぁっ!」「!」
思いっきり廊下に延焼し、こちらまで炎の魔の手が迫ってきた。幸い、バリアーがしっかり効いているのか、子供たちの体に火が乗り移って燃え上がる事はなかったものの、この延焼の速さだと、太月の魔力では追いつかない。
とはいえ、やらねば逃げる事すらできない。太月はもう一度杖の先を炎に向けて、先程のように風と水で炎を消し去った。
「ウィンド&ウォーターッ!」
そして、再び炎が吹き飛ぶ。
陣介たちは急いでそこを駆け抜けようとするも、今度はバリアーがゆっくりと剥がれていく気配が感じられた。
「っ、バリアーが!」
「これは……魔力の消費によるものか。おれの魔力もそんなに余裕があるわけじゃないから、何かあったら直ぐ切れるんだ」
(こりゃ、魔力の配分完全にミスったなぁ……! ここで切り抜けないと、本当におれらごと炎に飲まれる!)
とはいえ、階段まではそんなに距離がなく、その気になれば、すぐ抜けられる筈だ。
そして、太月はチラリと後ろを見た。火の方は廊下全体を焼き付くように刻々とこちらに迫っており、思わず陣介と午朗に言い放った。
「兎に角走るよ! 火の回りが速すぎる!」
「こんなの、本当に空襲以来やなー!」
「これ以上、火に追いかけ回されたくない……」
午朗は今にでも泣き出しそうだったものの、泣くのはここを脱出した後だ。東京大空襲経験者からしたら、今の状況はトラウマが再発するところだろう。同じく大阪大空襲経験者の陣介は、何故か楽しんでる節があるが。
一方で、幼稚園児の体重を背負っている陣介の体力もなかなか限界に近かった。体力バカとは言え、児童の発育が悪いこの年代は、筋力もまだまだ未発達で、数分と言えどもかなりの体力が削られた。そして、炎による暑さもこちらの体力を奪っていく要因の一つである。これ以上は炎が回るよりも先に、陣介の体力が終わりを迎えてしまう。
(ッ、不味い……本当にこのままだと、オレごと炎に巻き込まれるッ……! なんとか……なんとか、抜け切らないとッ!)
容赦がない火の追い討ち、急げ急げとこちらを急かす太月と午朗の足音。何とかそこに追いつこうとするものの、幼児の体重は思ったよりも重く、こちらの背中に鉛のようにのし掛かる。
ひと足先に階段の方まで辿り着いていた午朗と太月は、ソワソワしながら陣介がこちらに来るのを待っていた。太月は陣介の言葉に耳を貸さず、無理にでも自分が幼児を背負っておけば、とは思ったものの、陣介の意思を尊重するしかなかった。しかし、自分の方の判断がきっと正しかっただろう。
(ち、近いッ……!)
陣介は後ろを振り向いてみると、炎の魔の手がすっかり自分の真後ろまで迫っていた。空襲の時は四方八方が炎に囲まれており、逃げ道を探して抜け出すだけでもいっぱいいっぱいだったが、その時は何も抱えておらず単独行動だったので耐えられた。しかし、今は背中に幼児を抱えている。
太月に助けを求める、なんて事はしなかった。あんな事言った手前、今更過ぎるだろう。
とはいえ、午朗と太月は陣介の元に引き返そうと足を動かしていた。このままでは幼児は愚か、陣介の命さえも危うい。
しかし、そんな二人の足を止めたのは――この一声だった。
「良い。後はわしに任せんさい」
太月と午朗のそれぞれの肩に、ポンと手を置いたかと思えば、その姿は二人の間を縫って、真っ直ぐに陣介の元へと向かった。
太月はその姿に困惑したものの、午朗はその背中姿に思わず泣き出しそうになるのを必死に堪え、叫んだ。
「来た……来たぞ、陣介ッ!」
そして、炎が再び何かがきっかけで引火し、爆発するところまで読んでいたのか、その姿は急いで陣介と幼児を丸ごと持ち上げた。
陣介はその姿を見て、目を丸くして驚いた。
「あ、朱日ッ!?」
特徴的である端正な女顔が、陣介の前に映し出されていた。
朱日は太月と午朗に直ぐ逃げるように声を張り上げて、促した。
「われら、早う降りろッ! 別の部屋に炎が移っとる! すぐにガスに引火して爆発するかもしれんぞッ!」
「わ、わかった!」「はい!」
太月と午朗は勢いよく階段を駆け降り、朱日もすぐ一階へと向かった。
そして、朱日が階段から一階の床へと飛び立つと同時に、
「ッ!」「嘘だろっ!」「ぅえっ!?」
――階段の近くの部屋下から大きな爆発が起こった。
なんとか一階へと滑り込んだ朱日は、陣介と幼児を一旦床に置いて、階段に向けて手を飛ばした。
「ぅ、ぐっ!」
朱日は火が一階に延焼しないように、階段の真ん中付近に氷の壁を作り、炎を足止めした。流石に今から消火するには悠長過ぎたのだろう。
それから、朱日は幼児をもう一度軽々と腕の中に抱え直し、他の3人に笑いながら言った。
「消防車は既に来ておるから、退散じゃ、ほれほれ」
「お、おう……」「はい……」
陣介と午朗がそれに素直に従う中、太月は朱日の方をマジマジと見ながら、その背中姿を追いかけるように歩いていた。
*
朱日はやってきた消防隊に幼児を引き渡し、親である女性に後は任せたところで、陣介と午朗に言った。
「お前らな〜! まずは先にわしを呼べ。お前らはまだ魔法が実用の範疇じゃないんじゃけぇ、こがいな無茶は今後は禁止じゃ。ええのぉ?」
「は、はい……」「すんません……」
午朗と陣介は朱日からのお叱りにそう返すしかなかった。彼の言っている事は真っ当であるし、怒りも真っ当であろう。ちゃんと彼らを心配してるからこその言葉故に、二人の心に染み渡る。
そんな二人の次には、太月へと視線を向けた。太月は朱日と目が合うなり、ドキッと緊張した面持ちになった。朱日は続ける。
「で、お前さんは誰じゃ。多分、魔法使いよな?」
「あ……えっと、風宇路太月です。助けに行こうって二人をけしかけたのはおれだから、怒るならおれにして欲しいかな……なんて」
「ふーん、太月か」
と、
「お前は魔法がまぁまぁ使えるみたいじゃしのう。実力不相応の無鉄砲はしているが、多少なりの無茶はしても良い実力はあるじゃろうし……あと、二人のこと見ててくれてありがとうなぁ」
「い、いえいえ、おれこそ。無茶だとわかっていながら、リスクを顧みないで……ごめんなさい」
「良いんじゃよ」
太月がぺこりと頭を下げて謝罪した後、今度は朱日が名乗った。
「それと、わしは不知火朱日じゃ。まぁ、見ての通り、わしらは日本からきた留学生で、魔法使いじゃ。お前さんは……ハーフか……?」
「うん、親父が日本人で、母親がイギリス人。一応、魔法の学校に通ってて、魔法についてはそれなりに心得てるよ」
「ほー、そりゃ羨ましい限りけぇ。日本には魔法を学べる学校なんて皆無じゃからの〜。わしなんて独学じゃったけぇ、大変じゃったよ」
「そ、そうなんだ……」
(独学で、しかも杖なしであそこまで出来るんだ……とんでもない人と同じ時代に産まれちゃったなぁ)
と、
(この綺麗な顔とスラっとしたスタイルの下に何隠してるんだろう、この人。さっき、陣介くんと男の子を軽々しく抱えてたけど、筋肉量どうなってるんだ……?)
朱日の存在というものにツッコミどころは多いものの、あの活躍を見せられると、午朗と陣介が朱日に頼ってしまうのも納得してしまう。あの強さに、危険を顧みず独断で助けにやってくる優しさ――ある意味で、模範的な魔法使いとも言える存在だった。
太月にとって、不知火朱日という存在が、あんまりにも気になりすぎる。
(魔法使いで留学生で、ロンドンにいるって事は……多分)
そして、朱日に聞いてみた。
「朱日はどこの学校に行くの? 留学生って事は一応通う予定あるんでしょ」
「あー、えっと、確か、『ブリティッシュステートアカデミー』ってところの魔法学科じゃったかのう。この近辺にあるらしい」
「……やっぱり」
太月はそれ聞いて、少し嬉しそうに笑みを浮かべた。
「おれもそこの生徒でさ、次から中学生なんだ。魔法学科の創設者が日本人とかで、イギリスでは珍しく4月始まりの3月終わりでね、ちょっと変わってるところだろ?」
「そ、そうなんか……じゃあ、その時にまたお前と会えるってことか」
「そういう事。おれ、日本人とのハーフって事で、あんまり友達作れなくてさ。朱日がいてくれるなら心強いよ」
「……」
(友達、か……)
朱日はその言葉の響きに、思わず感慨深いものを感じてしまった。日本にいた頃には碌に友達も作らず過ごしてきたし、陣介と午朗は友達というよりも、近所の絡んでくる子供たちという目線で見ている為、自分がちゃんと友達だと思える人間はきっと太月が初めてになるのだろう。
そして、朱日は頷いて笑う。
「うん、わしも太月みたいな奴が居てくれたら心強いけぇ。これからよろしゅうね」
「……ああ、こちらこそ」
朱日がニコニコな笑みを浮かべる前で、太月は照れ臭そうに笑みを浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます