010:俺らは所詮小さな魔法使い
翌日の昼食後。
陣介と午朗は朱日の部屋に訪れて、彼から色々と聞き出そうと張り切っていた。朱日の方はてっきり陣介だけが来ると思っていたものが、まさかの午朗まで引き連れてきたものだから、その場で額に手を当てて、げんなりしていた。朱日からしたら、クソガキが倍になって対応が大変になるからであろう。
陣介と午朗はそんな事は知らないと言わんばかりに、朱日の部屋の中へ入っていった。
「じゃ、朱日! 今日は午朗も聞きたいことがあるらしいから、よろしゅうなー」
「不知火さん、今日はよろしく」
「ま、まぁ……別にええけどなぁ」
(これを機を親睦を深めるのも、まぁ、悪い事ではないんじゃろうが……)
朱日は陣介は兎も角、午朗とはそれなりに距離を感じていたのと、向こうからも「金持ちのボンボン」というそんなに良くない印象を持たれていた記憶がある為、一体全体何を聞かされるのか、緊張感があった。あんまり不味いことを聞こうとしてくれば、陣介が止めてくるだろうし、ライン越え自体は気にしなくても良さそうなのだが。
朱日は自分の方は椅子に座り、午朗と陣介にはソファー代わりにベッドに座らせた。椅子の方は部屋の中に2個までしかない為、そうするしかなかったのである。近いうちにもう一個二個ぐらいは、予備室から椅子を拝借したいところだ。
全員腰掛けたところで「さて」と、朱日は2人を見て、口を開いた。
「今日はわしのあれやこれやについて話すって約束じゃったか。まぁ、そんなに面白い事はないが……どこから聞きたい?」
「じゃあ、出身地についてやな」
と、陣介が答える。
「オレらと午朗の出身地については把握されてるのに、朱日のだけ把握してないのは不公平さかい。少しぐらい教えてくれたってええやろ」
「言われてみれば……そうか」
確かにと、朱日は頷いた。朱日から陣介・午朗の出身地は永好経由で把握しているし、陣介の方言やイントネーションもまんま大阪のそれなので、すぐに分かる。しかし、朱日から2人についての出身地の情報は一切教えていないし、ピカドンの偏見がなさそうな永好と佐雪が把握してるぐらいか。
朱日は陣介に言われて、続けた。
「まぁ、わしの出身地は広島の安芸じゃ。結構田舎でのう、山の中にあるぞ」
「ピカドンって、その……そこまで来てないんか? 結構人死んでるんやろ、アレ」
「流石にアレがこっちまで来たら、長崎なんて半分ぐらい消えてると思うぞ」
陣介の言葉に、ケラケラ笑いながら朱日は答えた。
「ただ、例のキノコ雲はこっちからもはっきり見えていたし、なんか光ってたのも覚えておる。なんかちょーっと家の窓がカタカターって揺れたかと思ったら、広島市の方から何か上がっておってのう。これは只事ではないぞ、と、家族も大慌てじゃった。わしはその頃クソガキじゃったが、それでもとんでもない事が起きてるのは理解しておった」
「普通の空襲とは違うってことか」
「ピカドンの一ヶ月前……7月初頭に、呉でデカい空襲があったんじゃが、そっちは深夜の出来事で、起きたら燃えてるニュースが飛び込んできたって感じでなぁ。そういう意味でも、朝からの空襲で大分珍しい事じゃったよ。焼夷弾のデカい空襲って、大抵は夜中に来るじゃろ。お前らも実体験でそこは理解しとる筈じゃ」
「ぁ……」
陣介と午朗は互いに顔を見合わせて、確かにそうだ、と、頷いてしまった。
大阪と東京の大空襲、どちらも深夜未明に行われたものであり、他の大きな空襲も大抵夜中に行われているものだった。
「まぁ、だから、わしは表ではできるだけ広島出身である事は公言せんようにしておるよ。こういう場面で言及される分には良いんじゃが、広島ってだけで普段からピカドンについて云々かんぬんと聞かれるのは気が滅入るし、差別されるからのう。まー、わしの地区がピカの被害に遭っとらんのは本当の本当じゃよ。念を押しておくがな」
「なるほど、そういう事情やったかぁ」
「逆に言えば、市街地だけで10万人も死んでるって事だろ。怖い話だ」
落とされたのはたったの一つの爆弾。しかし、それは狭い市街地の中で猛威をふるい、広島市の人口の40%近くに近い人数の命を奪い取った。この脅威の数字は東京大空襲ですら叩き出す事がない、とんでもない数字である。
そして、今度は午朗から質問が入る。
「不知火さん。今度は貴方の過去について、聞かせて欲しい」
「午朗」
午朗は陣介から驚いた視線を浴びると、コク、と頷き、続けた。
「貴方は本来、ここに来る理由は無かった筈だ。魔法使いである事を差し引いても、この年齢からイギリス留学しようなんて、思わないだろう。生活に不自由してないなら尚更だ。だから、何でイギリス留学したのか……過去に何かキッカケがあったのかとか、そういう事を聞かせてほしい」
「……分かった。笑わないで聞いてくれるんなら、話す」
朱日はそう言って、続けた。
「かつて父ちゃんの妹夫婦……つまり、叔母夫婦が居たんじゃ。どっちも終戦前に死んでおるが、魔法使い夫婦でなぁ」
と、
「わしは小さい頃から強い魔力を持っていたんじゃが、魔法の制御が下手くそで、周りに迷惑かけまくって……挙げ句の果てに周りから怖がられて、嫌われておった。だから、友達らしい友達なんて広島にいた頃はおらんかったし、こっちが制御出来るようになっても、他人をあまり信頼出来ない部分があってのう」
朱日は続けて、
「でも、そんなわしでも叔母夫婦は一番信頼してた人達だった。いや、今でも、か」
そう言いながら、朱日は寂しげに笑みを浮かべた。
「ある時、叔父さんが『正義の魔法使い』っていうモンを教えてくれたんじゃよ。誰かを傷付ける為に魔法を使うのではなく、誰かを助けるために魔法を使うって話。それまでわしにとって、魔法ってのは誰かを傷付ける凶悪な力にしか思ってなかった。けど、叔父さんはそれ違う、助けるために使えると言ってくれた」
続けて、
「わしは、その『正義の魔法使い』になる為の第一歩として、イギリスに来たんじゃ。もし、これで日本国内でも魔法の存在が認知され、政府に承認されれば、誰かを助ける為の力として堂々と使えるようになる。そして、わしみたいに差別を受けて苦労するなんて事は無くなるかもしれない」
朱日は顔を上げた。
「わしはこれ以上、魔力を持って生まれた子供達に苦労してほしくない。差別だってあってほしくない。あくまでも魔法は人々の為に存在してほしいんじゃ」
「朱日……」
「……」
朱日の決意の固そうな真っ直ぐな瞳と、はっきりとした声に、午朗と陣介は何も言い返せなくなっていた。
自分達はあくまでも自分の為だけにイギリス留学に来ており、特に大きな目的は持ち合わせていなかった。しかし、朱日は違う。自分が正義の魔法使いになるだけならば、勝手になってしまえるだろうが、それでは意味がない。他人を助ける為の手段として、魔法を公に国に認められたものにしたい、と言っているのである。
午朗はその朱日の言葉を聞いて、自分が未熟な子供であることを強く自覚し、そのうち、本当に何も言えなくなってしまった。一方で、普段から朱日と関わっている陣介は色々と聞き返していたが、午朗の耳の中には入ってこなかったようだった。
*
そして、午後3時辺りに、午朗と陣介は息抜きがてら外に出て、近くのベンチに座ってダラダラと休んでいた。陣介は大きく欠伸をしてリラックスしている一方、午朗の方は何かを思い詰めている様子で、表情が浮かなかった。
陣介はそんな午朗に対して、呑気に話しかけた。
「こっちの春は相変わらず寒いやねー。日本はもっとあったかいさかい、桜も咲いとるやね」
「……」
しかし、それに対して午朗は無言だった。
陣介は先程から黙りこくったままの午朗に対して、今度はしっかりと声を掛けた。
「午朗。どうしたんや。朱日に渡英理由聞いてから、ずーっと静かやんな。気に食わん回答やったか」
「……いや、凄く納得した」
午朗は首をゆっくりと横に振り、陣介にそう返した。
そして、陣介に質問した。
「陣介は、不知火さんからアレ聞いて、どう思った? 率直な感想として」
「んー、せやなぁ」
陣介は視線を上に向けながら思い出し、続けた。
「なんか、オレの知っとる朱日やなぁって。逆にここでオレらみたいに自分の利益の為、生活の為って、自分の為の理由言われたら吃驚やろ」
「……そうだな。陣介の言う通りだ」
午朗はクスッと笑みを浮かべて、頷き、続けた。
「俺は自分の考えの未熟さを思い知ったよ。俺はここに来る時、自分の事しか考えてなかった。魔法が使える上に政府に目もかけてもらえてラッキーぐらいの気持ちだったし、寧ろこれは居候先から脱出するチャンスだって思ってた」
午朗は顔を上げた。
「でも、不知火さんは……もっと先のことを見据えて、ここに来てた。俺は魔法の発展とか、政府に認められるとか、そんな事全く考えた事なかった。もし、これを言ったら不知火さんは『それが普通』って言って笑ってくれると思うけど、だからこそ、俺はより未熟で、本当にガキんちょでしかないんだなって思う」
続けて、
「やっぱり、俺らって不知火さんとは全然違う世界の人間なんだよ。金持ちだとか、そういう括りじゃなくて、自分の置かれた環境から、自分が何をしたいのか、目先の事だけじゃなくて、どうしたら良いのかとか、そういういった事を……言っちゃうと、他人の為に自分を犠牲にする事が出来る人なんだよ。自分を顧みない人が身近にいて、その人が他人を引っ張る素質があるって思うと、それは凄く怖い事だなって。俺はそういう人と一緒の寮にいて、誇らしいと思う反面、そう思うよ」
「……」
(そういえば、あの錬金術も言うてたな……自己犠牲の元に成り立つ正義、って……)
陣介は午朗に言われて、酷く納得した。
朱日はマイペースに見えるが、自分の事よりも他人の事を優先する人間であり、その正義を貫く為ならば、自分の命さえも顧みない部分がある。多分、これは自分達には絶対真似出来ないし、朱日もその事についてはこちらに押し付ける気はないだろう。その代わり、自分を犠牲にして、こちらを助ける、なんて所業は絶対にしてくる。そういう人間だ。
午朗は自分の太腿の上で、ギュッと拳を握り締めて、改めて陣介を見た。
「俺……他人の為になるような魔法を使えるようになりたい。今はちょっとした手品ぐらいの魔法しか出来ないけど、イギリス生活で実力や魔力が伸びて、不知火さんみたいになれたら、良いなって思う」
「……午朗」
こんなしっかりした午朗、初めて見たな、と、陣介は思う。
午朗も基本的にはまだまだ幼く、子供である為、思考回路自体は陣介と似たような感覚なのだが、こういう時の受け取り方は、午朗の方が影響を受けやすく、意見を変えやすい部分がある。だからこそ、陣介は午朗と連んでいるし、午朗みたいな柔軟な切り替えが羨ましいと思う。
そして、今回の事で、午朗の今後の目標がはっきりしたところなのだろう。自分の将来の為ではない――他人の為の魔法。簡単なようで難しい事ではあるが、午朗、いや、寮のメンバーなら絶対に叶えられる。何故なら、あの不知火朱日が一緒なのだから。
陣介はニッと悪戯っぽく笑みを浮かべると、そのまま午朗の肩に自分の腕を回した。
「せやな! オレも同じや! 朱日のやつみたく色々な魔法使えるようになったら、人助け、してみたいな!」
「……ああ」
午朗は陣介のその言葉に小さく頷いて同意した。お互い今は未熟な魔法使いでしかないが、そのうち朱日に追い付くはずだ。そうしたら、人々の助ける為の力として十分になる上に、彼の助けにもなる筈だ。小さな魔法使いの目標が、固まったようだ。
午朗は、やはりイギリスに来て良かった、と思った。ここに来なければ、陣介は愚か、朱日に出会う事もなく、ただ繰り返される退屈な日常を数年繰り返すだけだったであろう。今の自分は恵まれている。素直にそう思えた。
その瞬間だった。
「!」「!?」
――ボンッ!
そんな大きな爆発音と共に、煙の匂いがこちらの備考を擽ってきた。
音はベンチの後ろからだ、2人はすぐに後ろを振り向いて、驚愕した。
「……!」
「か、火事か……?」
少し離れたところに位置している建物から、灰色の煙が立ち上がり、空に向かって駆け抜けていた。
陣介はジッとしていられず、ベンチから立ち上がってそのまま駆け出した。
「行くでッ、午朗! 朱日ならまずそうする!」
「ま、待ってくれ!」
そして、午朗もそれについていき、2人は急いで現場へと向かったのだった。
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