008:朱日と陣介、新たな友情

「嘘、やろ……朱日ッ!」


 まさか本当に何も対策せずに、その身に受けるとは、陣介すらも想定していなかった。

 ロバートの魔法の球体は、見事に朱日にぶつかったのだ。瞬間、大きく煙を巻き起こして、辺りを灰色に染め上げていく。陣介は体を震わせて、その光景を見ていた。流石の朱日でも、これは生きてはいられないだろうと思った。自分がこんな状況でこの攻撃を受けたら、絶対に死んでいるからである。

 ロバートは何も対策を取ってこなかった朱日に対して、「フッ」と鼻で笑いながら、腕を下ろした。ここまで来れば、朱日は再起不能だろうと思い、安心し切っていたのである。日本の強い魔法使い――こんなに呆気なく終わってしまうとは、拍子抜けもしてしまう。しかし、懸念材料も減ったと思えば、錬金術師側からすると気も楽になるであろう。


(さらばだ、不知火朱日。君の存在は魔法会に於いては大きい損失だろうね)


 そうしてロバートが去ろうとしたところへ、それは起こった。


「! な、なんや!?」


 何かに気が付いた陣介の声が大きく上がった。

 そして、その声に釣られてロバートも振り向いた。


「むっ」

(一体何が――、……ッ!?)


 そして、ロバートの体に電撃が走る感覚が襲いかかった。

 今までの戦いを知っている人間は、朱日がすっかりやられたものだと思い込んでいたし、攻撃も彼に直撃しているものだと感じていた。しかし、目の前の光景は――それとは真逆だった。

 ロバートと陣介の目線の先にあるのは、朱日が居たところだったのが、先ほどのロバートの攻撃の威力が、そこに止まっていたのである。もう一度言う。威力が止まっていた、のである。


「な、なにぃっ!?」

(バカな! アレを素手で止めたというのか!?)


 ロバートはひどく驚いた。朱日は攻撃を受けている間、本当に何もしていなかったし、本当の意味でその身で受け止めたというのか。いや、違う。素手で止めたのではない。感覚を研ぎ澄ましてみると、薄らと違う魔力が感じられる。

 これは――。


「まさか、防御魔法か! あの短時間で直ぐに張ったのか!」

「そこまで結論付くなら、攻撃が止められている意味も分かるじゃろ」


 そして、無慈悲な朱日の声が響く。

 その瞬間、


「返すぞ」


 朱日のその言葉と同時に、彼の防御壁の外側に止まっていた技の威力が、ロバートに向かって跳ね返ってきた。


「くっ!」


 ロバートも直ぐに防御壁を張って、その攻撃がこちらに直撃するのを防ごうとした。しかし、朱日の跳ね返してきた威力は、自分が放った時よりも倍になって返ってきているようで、防御壁がその威力に耐えきれず、ガラスのように割れて破壊されてしまった。


「なっ、がっ、ぁあぁああああ――――ッ!」


 響き渡るロバートの断末魔。とうとうその体に攻撃を受けたかと思えば、その場で爆発し、辺り一体に噴煙が立ち込めた。

 朱日は煙が体の中に入らないようにゲホゲホと咳立てながら、灰色の空間の中で陣介と一旦合流した。陣介は自分の周りの煙を魔法を使って風を起こし、振り払い、朱日の方へと駆け寄った。


「朱日、アイツはどうするんや。ほっとくんか」

「あんなん持ち帰りたいと思うか? 無理じゃろ」

「まぁ……」


 陣介はやたら冷酷な部分がある朱日を見ると、元からこんなんなのか、と、引き攣った笑みを浮かべてしまう。良くも悪くも、他人に取っつかないというか、仲良くする気はあっても、馴れ合ってベタベタする気はないというオーラが朱日の態度からビシバシと伝わってくる。案外、本人自身は一匹狼タイプなのだろう。

 ふと、陣介は朱日の頬に一筋の擦り傷がある事に気が付いた。先程、ロバートとやり合った時に付いた傷だろう。自分みたいなやんちゃな子供の顔に傷がつく分にはどうでも良いが、朱日みたいな美形男子の顔に傷が付くのは、なんだか申し訳ない気持ちがあった。折角の生まれついての綺麗な顔が、台無しになってしまったような気がするからだ。

 朱日は「取り敢えず」と、煙が立ち込める中で、陣介に言った。


「まー、向こうも頑丈そうじゃし、これで死んではおらんじゃろ。仲間もおるみたいじゃけぇ、こっちが気にするようなもんでもないじゃろうな」


 それから、


「って事で、こっからとっとと逃げるでぇ。ほれ、走るぞ!」

「えっ、ぁっ、あぁっ!」


 そして、陣介と朱日はここを後にした。

 その後、想定通り、朱日にやられたロバートの元には仲間がやってきて、そのまま彼を回収。この件はロンドンの中で特に騒ぎにはなっていなかったようである。


「不知火くん……早速揉め事起こしちゃった……?」


 そして、寮に戻った2人を待ち構えていたのは寮母である仁志邑にしむら佐雪さゆきの出迎えと、朱日に関しては傷の手当であった。

 佐雪はぱっと見の見た目だけなら、朱日や陣介とそう変わらない年齢をした美少女であり、乳白色の真っ白な銀髪の癖のないロングヘアーと、紺碧色の青くトロンとした瞳が特徴的であった。2人とそんなに見た目年齢が変わらない、という事で、当然身長の方も150cm未満と結構小柄なのだが、その代わりに胸がやたら大きく、しかも爆乳で、服を着ていても誤魔化せない山がそこにあった。とはいえ、特に異性に興味がない朱日と、それよりも「オレは強い!」と主張したい陣介は、こんな美少女を目の前にしても、尚、そんなに興味は無かった。美少女過ぎて、別世界の人間にしか思えないらしい。

 朱日は医務室で佐雪から手当てを受けながら、「あー、いや」と、困ったように眉を下げて質問に答えた。


「揉め事と言えば揉め事なんじゃが……多分、こう、佐雪さんが思ってるような揉め事の範疇は超えておるような」

「せやせや。寧ろ、朱日は襲われそうになってたオレを助けてくれたさかい、悪ないで」

「そうなんだ……ふふっ」


 佐雪は陣介からその言葉を聞いて、小さく笑みを浮かべた。


「ヨシくんから2人のこと聞いた時、ずっと仲悪いかもって思ってたけど……そんな事なくて良かった。寧ろ、仲良くなれてるみたいで、こっちも嬉しいな……なんて」

「……」


 朱日と陣介は佐雪にそう言われて、思わずお互いを見た。確かに、あの流れがあったからとは言えど、その前よりは色々と話せるようになってきている気がしないでもない。

 陣介がニヤニヤと笑みを浮かべている中、朱日は半目になって彼を睨み付けつつ、言い放った。


「いや……わしとしちゃ、今直ぐにでもぶちまわしたいかのう……。友達というより、なんか纏わりついてくる近所のクソガキにしか思えんでね」

「ついさっきまで優しかったのに、何なんやその変わり様!」

「わりと真面目な本音じゃけぇ、仕方ないじゃろ。お前は友達じゃのうて近所のクソガキじゃ。うん」


 朱日は頷きながら納得した。あまり無碍には扱いとは思えないものの、かと言って、そんなに積極的に関わりたくもないし、でも向こうから勝手に絡んでくる――となれば、近所のクソガキという表現が一番しっくり来るのである。

 陣介は顔をくしゃくしゃにしながら「なんなんやこいつ!」なんて、ぶつくさ文句垂れつつ、すぐにシュンとなって、朱日に言った。


「なぁ、朱日。お前が言ってた通り、オレは他人との関わり方みたいなのは、自分のやり方以外じゃ一切分からへん。大人にもその事は沢山注意されてきた。でも、どないしたらそれが直せるかとか、どないしたらこんな事しなくてもええのかとか……さっぱり教えてもらえへんかった」


 と、陣介は顔を上げて、朱日の顔を見た。


「でも、お前なら教えてくれるし、教えられるんやろ。その……まともな他人との関わり方ってやつを。大人じゃ教えられへん事も、お前なら分かるんやろ」

「お前……」


 朱日は少し驚いた様子で、陣介の顔を見た。陣介にそんな風に言われる事にもかなり驚いたが、自分に対してそこまで信頼を寄せられるようになっていた事にも、心底驚いていた。陣介は戦災孤児で他人から差別を受けたり、大人達から心無い目で見られた経験もあってか、何処となく精神が擦れているように思ったし、やりとりしててもそれは感じ取れたからだ。

 そこまで自分を信頼してくれてるのなら、と、朱日は小さく笑みを浮かべて、続けた。


「わしだって、まだ子供じゃけぇ。未熟な部分もある。でも、他人との関わり方は同年代同士でしか分からない事も多いし、それがお前の助けになるって話なら、それに越したこたぁないじゃろな」


 と、


「ま、わしはわしの思うようにやってるだけじゃ、あんまり期待はするんじゃないぞ。あくまでも、これは、お前自身の問題じゃからのう」

「ああ、よう分かっとるわい。オレが変わろうと思わんと、変えられへんからな」


 陣介は朱日の言葉に頷き、強くその事を了承した。この先は朱日や周りの大人どうこうよりも、陣介自身の問題だ。陣介がちゃんと周りを見て、学ぶ姿勢を見せなければ、全てが無駄になる。

 そうして2人が話している間にも、医務室の扉が開いた。


「おっ、いたいた。おーい、ママー」

「あっ……ヨシくん……」


 永好が母親の佐雪を求めて、医務室にやってきたようだ。

 永好は佐雪の方へと駆け寄る。佐雪も朱日の手当てが終わるなり、永好が来るのに合わせて救護セットを仕舞い、腰掛けていた椅子から立ち上がった。


「ママ〜。そろそろ昼飯じゃろ。今日はどうするんじゃ、食堂か?」

「あ……うん、じゃあ、お外に食べに行こっか。お外に出る準備しなきゃだし、少し待ってて」

「おう、分かった」


 永好は佐雪の了承を得ると、今度は朱日と陣介に目を向けた。そして、何となくで2人に誘いをかけてみたりする。


「お前らも付いてくるか〜? 食費は自費にはなるが」

「いや、わしは食堂で良い。陣介も午朗引き連れて食堂一択じゃろ」

「せやな。それに親子水入らずの仲に割り込む気はないで」

「そうかそうか。じゃ、ママとデートじゃな!」

「で、デートなんてそんな……わたし、別にそんなつもりは……」


 佐雪は顔をほんのり赤くしながら、永好と共に医務室から出て行った。部屋を出て、扉を閉めても、何かを話しているのをぼんやりと聞こえてきたので、朱日と陣介はお互い溜息を吐いて、お互い半目になっていた。

 朱日は永好と佐雪のやりとりで、かなり突っ込みを入れたい部分があったものの、焦点を絞って、陣介に疑問をぶつけてみた。


「なぁ……あの2人、親子じゃろ。永好の方から佐雪さんの息子だ、って言ってきておったけど」

「ああ、血縁関係はあるって言ってたで。イギリスに来てからその辺含めて検査してもらったけど、親子関係は存在してるって」

「本当に血縁関係あるんか? 義理とかじゃないよな? 佐雪さんの見た目も若いし、永好は佐雪さんよりちょっと年上っぽく見えるし」

「本人達がそう言っておったし、信じるしかないやろな〜。オレも親子にしては距離は近いとは思うけど」


 陣介は続けて、


「少なくとも見た目年齢がオレらと変わらん段階でママ呼びは……まぁ、うん。流石に思うところはあるで。常識ないオレでも、普通なら恥ずかしい呼び方な事ぐらいは分かるさかい」

「陣介からも言われるって相当じゃのう」


 陣介の感覚ですら、あの2人の関係性については違和感しかない、と言及が入る辺り、やはり仁志邑親子に関しては誰が見てもおかしい部分しかないのだろうと、朱日は思う。

 それに、朱日としてはもう一つ気になったところがある。


(関東大震災……と言えば、20年、30年ぐらい前の震災じゃが、その時にこっちにきたとなると、少なくとも大正時代から生きてるって事よなぁ……)


 そう、見た目年齢と実年齢に於ける計算が合わないのである。親子ぐらいの年齢で、そこまでの時間が経てば、佐雪はすっかりお婆さんで、永好はおじさんの括りになる年齢の筈。それにも関わらず、2人の見た目はこちらと殆ど変わらない年代の為、余計に疑問が残るのである。

 陣介は考え込んでいる朱日に対して、声を掛けた。


「ま、あの2人については色々考えたってしゃーないやろ。不思議な部分はあるさかい、でも、2人の事は見守るしかないやろ」

「まぁ……そうか」


 とは言え、気になるものは気になる、と、朱日は溜息を吐いた。どうやら、魔法使いについての事情も知っているともなれば、謎も深まるばかりである。一体2人の正体は何なのか。

 一方、陣介は朱日より一足先に、医務室の扉の前まで歩いた。


「じゃ、オレは午朗呼んでくるから、朱日は先に食堂行っとってくれや」

「ああ、分かった」

(とりあえず、行くか。食堂)


 時刻はすっかり昼時。朱日も自分の腹が空いている事に気が付いて、陣介が医務室を出ていくのを見守ってから、自分も部屋を出て、食堂へ向かった。

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