007:優しさの裏に隠していた強さ
「お、お前……アレと戦うんか? 大丈夫なんか?」
陣介は不安に満ち溢れた表情で、朱日にそう問いた。その手は朱日のシャツの袖をギュッと引っ張り、本当に心配そうにしていた。陣介の目からしたら、朱日は女子と見紛う程の容姿を持った男子で、ロバートと碌にやり合える気はしなかった。
しかし、朱日は再び拳を握り締め、ここでは自分の魔力を隠さなくても良い事を確信すると、ニッと笑みを浮かべて、陣介の頭をワシャワシャと撫でた。
「そんな心配すんな。さっきのパンチ見たじゃろ。少なくともお前の100倍は強いし、長年燻ってた魔力をやっと解放出来るんじゃ。絶対大丈夫じゃよ」
「って言っても、向こうは剣持ってるし……あと、錬金術どうとか言ってたぞ」
「!」
(錬金術か……)
朱日は顔を上げて、ロバートの方を改めて見た。
錬金術。何となく聞いたことがある単語ではあるが、朱日の認識としては「魔法よりも科学的な部分があり、そこには現実的な根拠がある」という認識でしかない。ただ、朱日としてはこれだけは分かる――ロバートは魔法使いの命を狙って、ここにやってきている、と。
何故、錬金術師がこちらの命を狙って来ているのかは朱日にも全く分からないものの、想定できる範囲としては、向こうにとっては、こちらの存在が何かしらの不都合に引っかかるのだろう。ただ、それだけで自分以外の魔法使いが巻き込まれるのは、朱日としては納得がいかない。
朱日はロバートの方を睨み付けると、そのまま聞いた。
「お前、名前は?」
「私はロバート。しがない魔法使い兼錬金術師でございます」
ロバートはそう告げ、言葉を続けた。
「しかししかし……これは噂通りの魔力と顔立ちだ。ここまでの実力と顔であれば、女を誑かすぐらいは余裕だろうね」
「アホか。わしには女を誑かす趣味はないぞ。というか、そんな事に魔法使ったところで虚しいだけじゃろ」
「おやおや」
ロバートは朱日のその言葉を聞くなり、ケラケラと笑う。
「如何せん、私の周りの魔法使いは、そういう方面でもなかなか悪さをする輩が多くてね。同じ魔法使いには通用はしないが、一般の女はそれで誑かせるものさ。君だって男なんだから、そういう欲はあるだろうに」
「生憎、他所の女を引っ掛ける程、飢えてる訳では無いからのう。欲にだって個人差はある。たまたま、お前の周りだけそういう欲が強い奴ばっかっていう話じゃろ、馬鹿たれが」
「おっと、口先は顔に似合わず少々キツいみたいだ。あんまり刺激したら、とんでもない罵倒を浴びせられそうだ」
と、ロバートはクスクス笑いながらそんな事を言っている間にも、空中で円を描いたかと思えば、より詳細な陣をそこに浮かせる。その円からは光の物質がズッと出て来て、ロバートがそれを手にした瞬間、光が弾けた。
彼の手の中にあるのは――長剣だった。
ロバートは長剣を手にすると、それを大きく振り、銀色の部分を光らせた。そして、持ち掛ける。
「もし、貴方がこちらの仲間になってくれるのなら、命は助けて差し上げよう。それほどの魔力と実力があれば、将来は歴史に名を残せるぐらいの魔法使いになるだろう、こちらとしても惜しいのでね」
「お、おい……」
「……っ」
朱日はロバートからその事を持ち掛けられ、若干困惑した。確かに、彼の実力ならば、ロバート側に引き抜かれていても何ら違和感はないだろう。何なら味方側に引き込むことが出来れば、朱日に好き勝手にさせられないだろうし、監視も捗るであろう。しかし、朱日からしたら、自分にとって都合が悪いからという理由だけで、魔法使いの命を躊躇い無く奪いに来る人間の存在を許すことは絶対に出来ない。それ故に、答えはとっくに決まっているようなものだった。
朱日は陣介が向こうの方へと寄らないように、そこにいるように視線を送ってから、ロバートの所まで歩み寄った。
そして、距離が一定まで近付き、対峙するところまで来ると、朱日はロバートに言い放った。
「そっちの事は知らんが、この子に危害を加えようとした時点で碌な連中ではないのは確かじゃ」
と、朱日の拳が再び炎に包まれる。
「わしはお前らとは手は組まん。こちとら正義の魔法使いを目指してるんじゃ。魔法で人を殺めようとする奴らなんて、お断りじゃ」
「……!」
(正義の魔法、使い……!?)
陣介はそのワードを聞くなり、思わず反応して、朱日の背中姿を見た。
そんなものになりたいなんて思っている人間、自分の知っている魔法使いには居なかった。先の大戦で正義なんてものは何処にもない、と、わかってる人間が大半だった故に、正義なんて綺麗事を話す事がどれだけ残酷なことか分かっていたからだろう。
しかし、朱日はそれでも正義の魔法使いになる、と、立ち上がった。どんな無茶な理想論でも、その目的の為に実行出来る気力が、今の朱日にはある。
一方で、そのワードを聞いたロバートと言えば、思わず吹き出して笑ってしまっていた。
「くっ、くくっ……ははっ! 正義の魔法使い……想像以上に下らない理想だ。その魔力があれば何でも手に入るだろう。地位も名誉も、そして、この世界も。なのに、そんなチンケな夢なんかで大丈夫なのかい?」
「――要らんよ、そんなもの」
朱日は右拳の内側を、左手のひらにパンッと叩きつけた。そして、両手を離した中から、炎に包まれた何かが伸び始め、炎は次第に姿を変えていく。鋭い両刃の剣身に、幅広さがある刃――ブロードソードだ。
その全身が露わになると、周りを覆っていた炎を振り払って、その先をロバートへと向けた。
「わしは地位も名誉も……なんなら、自分の存在だってどうでも良い。魔法を使える以外何もなかったわしが、唯一目指したいと思ったものが――正義の魔法使いなんじゃ!」
「自己犠牲の元に成り立つ正義など、下らないッ!」
ロバートはそう言うと、朱日の頭のてっぺんを狙って、大きく剣を振り落とした。しかし、朱日は直ぐに己のブロードソードで自分の頭を庇い、防ぐ。ガキン、と、固いものがぶつかる音が一帯に響いた。
刀身がカタカタと震えてぶつかり合う中、朱日は足に魔力を集中させたかと思えば、そこからロバートの足に向けて炎を勢いよく放った。
「ッ!」
だが、ロバートも簡単に攻撃を受けるようなタマではない。足元に魔法陣を敷いたかと思えば、間髪入れずにバリアーを張り、朱日の攻撃から身を守る。
その束の間、朱日の刀身からゆらゆらと赤いものが揺れ始めた。
――炎である。
朱日はロバートが足元に気を取られている間に、刀身から放たれている炎をロバートの手元に流し込んだ。
「ぐっ!」
バリアーを張ろうにも間に合うことが出来ず、ロバートはその熱さに耐えかねて、思わず長剣をその場で離してしまった。長剣はカンカンと鋭い音を立てながら、時点へと落ちる。
朱日は炎を身に纏っている刀身はそのままに、ロバートにその先端を向けた。
陣介はそんな一連の流れを見ると、思わず冷や汗を流してしまった。
(つ、強……っていうか、魔法であんな武器出せるものなんか……。見事に一蹴しよる……)
自分の知らない世界を、朱日とロバートは見せつけてきた――陣介はそんな風に思った。
そして、この朱日、どう考えても戦闘慣れし過ぎている。陣介は数ある子供達と喧嘩してきたし、それこそ自分よりガタイの良い男にも勝ってきた。しかし、朱日の俊敏性といい、判断力といい、喧嘩慣れを通り越している。
(すげェ……オレ、こんな人に喧嘩売ってたのか……)
どうやら、午朗の見立ては正しかったようだ。強いからこその余裕であり、あの態度。気に食わなきゃ直ぐに自分を潰せただろうに、それをしなかったのはある意味、朱日からの情けだった。
朱日は陣介から羨望の視線を浴びる中、剣を下ろすと、ロバートに言った。
「お前――実魔力の方は大したことないな。錬金術で実力の底上げを行なっているようじゃが、ハリボテの魔力じゃ、わしには到底勝てんぞ。そこにいるクソガキみたいな新人には効くじゃろうが」
「ハリボテ、ね……」
ロバートはそう言うと、空中に魔法陣を再び浮かせたかと思えば、そこから朱日に向かって、魔力の塊である魔法弾を幾多にも重なって撃ち始めた。
「ッ!」
朱日は自分に向かって次々とやってくる魔法弾を只管避けながら、あちらこちらへと軽々と飛ぶ。まるで、サーカスの団員みたいな動きだ。
とはいえ、流石に完全に避け切る事は難しいようで、少し肌を掠めたり、服を掠めたり、所々浅い傷を作っている。しかし、それでも、朱日を戦闘不能にするには程遠く、凄まじい身軽さで避けられてばかりだった。
そんな朱日の様子に、当のロバートは気に食わない様子で、小さく舌打ちしていた。それから、声を漏らして、別の魔法の準備をした。
「なかなか、ちょこまかと小賢しい……ならば」
ロバートは朱日の足元に自分の魔法陣を置いた。そして、そこからタイル状の地面を貫いて、何かがニョキニョキと勢いよく朱日の体に向かって伸びてきた。
――植物の蔦である。
「!」
朱日が直ぐにそこから動こうと、走り始めたところだった。コンマ未満の秒数でその足に向かって蔦が絡まり始め、彼は完全に動きを封じられてしまった。
(いや、草木はよく燃えるはずじゃ)
この足から炎を放てば、この蔦も直ぐに燃え尽きる。そう思った朱日は、それを実行する為に足に魔力を集中させると、足を伝って蔦に炎が行き渡るように燃やし始めた。
そうして、かなりの火力を蔦に向けた筈なのだが――朱日の足に絡まっている蔦は、一向に燃え尽きる気配もなければ、燃えているような気配すらない。これは流石の朱日も動揺して、緋色の目を丸くした。
「燃え、ない……?」
「想定内だよ、すぐ燃やされる事ぐらいは」
ロバートはククッと小さく笑いながら、朱日にそう言った。
「その蔦は錬金術で、どんな攻撃にも耐えられる強靭的な防御力を持つように改良してあってね。どんなに強い魔力を持った君が何をしても、効かないよ」
「……なるほど」
(強靭、か……)
朱日はジッと蔦を見た。
確かに、この蔦はロバートの言う通り、強靭で固い防御壁を誇っているのだろう。朱日の炎さえも通じなかった以上、この強靭さは本物である。
しかし――これを扱っている本人は魔法使いとしては強靭ではない。
錬金術で見かけは底上げしているとはいえ、本来の実力は朱日未満だ。その時点でこの蔦の突破口は見えたも同然であろう。
(向こうがバリアーを貼れば、こちらへの意識も薄まる、し……貼らなくてもそのままならやられる、し……向こうにとってはどのみち不利じゃ)
ロバートは完全に運が悪かった。日頃から魔力の鍛錬を重ねている朱日をまともに相手にしようとしてしまえば、それに翻弄されるのも当たり前であろうに、そこまでは読めなかったのであろう。
一方で、ロバートは次の攻撃準備に取り掛かっていた。今度は朱日に協力な1ダメージを食らわせるつもりなようだ。魔力と錬金術の力を、自分の目の前でひたすら敷き詰めて、見るからに強力な大きな魔法陣を描いている。
朱日が顔を上げた瞬間、そんなロバートの大きな魔法陣が目に飛び込んできた為、思わず目を丸くしてそれを見てしまった。
「まぁ、幾ら強い魔法使いと言えども、これをまともに受けたら一溜りもないでしょうね」
「……!」
蔦に捉えられた足、それにより動けない体、そして、目の前にある大きな魔法陣は、朱日に向かって何かを発射しようとしている。この状況で、命を危機を覚えるな、と言う方が難しいぐらいに朱日に危機が訪れている。しかし、朱日は特に焦る事なく、ロバートからの技の発射を待っているようだった。確かに、最初は驚いてしまったものの、直ぐに作戦を思いついたのか落ち着いているようだ。
抵抗も何も見せようとしない朱日に対し、ロバートは鼻で笑った。
「良いのかい、そんな呑気にしていて。今から君に大きくぶっ放すつもりなんだが」
「構わんよ。どうせ死なんからのう」
そう言って、朱日はロバートを煽る。
ロバートはとうとう準備が出来たようで、魔法陣の前に大きな魔力の球体を作ると、腕を伸ばして、朱日にその指先を向けた。
「だったら――一発死んでもらおうか、不知火朱日!」
瞬間、朱日に向かって大きな球体がぶつけられた。
陣介はそれを見て、酷く動揺して、思わず身を乗り出した。そして、朱日に呼びかけるように叫ぶ。
「朱日ィッ! 避けろ! まともに受けたら死ぬぞッ! オレなら死ぬッ!」
「……ッ!」
そして、大きな球体はとうとう朱日の体へとぶつけられた。
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