004:ガキ大将の経歴

「なぁ、陣介。俺思うんだけど、あの人はあんまり舐めて掛かっちゃダメだと思う。確かに金持ちの雰囲気あったけど、今までのボンボンとは違う顔してたぞ」


 頭が空っぽな陣介を補うように、午朗は考え無しに突っ走らず、思慮深い性格だった。それ故に、朱日の挙動から性格で何かを察しているようで、陣介に釘を刺していた。

 朱日と対面した後、2人は陣介の部屋でダラダラとくつろいでいた。その中で、午朗は先の忠告を陣介に言い放ったのである。陣介は陣介でベッドの上でゴロゴロしながら、「ふーん」と特に真剣に聞き入れていない様子だった。陣介は先程とは打って変わって、関西弁で言葉を返した。


「ま、別に大丈夫やろ。いくらなんでも、あんなヒョロい男に負けるわけあらへんて」

「いや……その見解が間違いかもしれないって話なんだけど」


 午朗は呆れ気味に続けて、


「あの人からしたら、陣介は相手にすらならないんじゃないか、って思う。あの言動は強いからこその余裕……なのかな。どのみち、下手な事したら普通にやり返されそうだ」

「そん時はそん時や。それに、オレは強いから絶対負けへん」


 そう言いながら陣介が起き上がると、自分の親指で差しながら自信満々の笑みを浮かべて、高らかに言い放った。


「お前もよー知っとるやろ、オレの強さは。大阪でも喧嘩番長やっておったし、孤児になってもそれで乗り切った。せやから、あんな金持ちのボンボンには絶対負けへん」

「そうか……まぁ、陣介がそう言うならそれで良いけど」


 陣介の根拠の無い自信に対して、午朗は苦笑しつつ、ハァと溜息を吐いた。

 陣介は元々、大阪からやってきた戦災孤児の1人で、魔法の素養については孤児をやっている間に急に出てきたものだった。こんなガキ大将が、そんな便利な力を得れば悪用する一択であり、現在進行形でも悪用ばかり重ねている。少なくとも、紡や朱日がそれを知ったら、能力で苦労してきた幼少期の記憶から激怒するしか無いであろう。

 午朗がここにきて出会ってから、ずっとこんな調子なので、今更覆せるものではないことは分かっていつつも、「どうしたものか」と、天井を仰ぐ。


(俺もああいう金持ちのボンボンが嫌いだけど、下手に対立する事になったら、確実に潰してきそうなんだよな。それこそ金でものを言わせるんじゃなくて、実力行使で)


 と、


(仲良くするのは無理でも、うまく距離を取ってやっていかないと、不味い気がするのは多分、当たってる……と思うんだけどなぁ。まぁ、陣介が気にしてないならそれで良いか……)


 陣介の性格的に、午朗から釘を刺されて直ぐにそれを直すわけでもなし。一線を超えてしまったら、それこそ陣介がやり返されるだけな気がして、気が気でないものの、彼がそう言って自信満々なら、もう仕方のない話だ。陣介の意識が変わらなければ意味がない。

 今の午朗に出来るのは、陣介がアホをやらかして朱日に返り討ちにされない事。それのみである。


「お前さん、今日から入ってきた新入りか。ワシは仁志邑にしむら永好ながよしじゃ。ここの寮母の息子じゃ、仲良くしてくれ」

「は、はぁ……わしは不知火朱日じゃ……」

(こりゃまた、変なの絡まれた気がするな)


 そして、朱日は陣介と午朗が去り、再び食堂近辺へ戻ってきたところへ、自称寮母の息子である謎の少年に絡まれていた。見た目が全く日本人な上に、日本語で話しかけてくるため、イギリス人側の人間ではないのは確かだ。

 永好は、どことなくお洒落な雰囲気が漂うイギリスの雰囲気には似つかわしくない田舎臭さがあった。不潔だとかそういう事ではなく、本当に雰囲気が田舎臭いのである。このオーラ、何処となく水無月至を思い起こさせてくる。乱暴に一本にまとめた伸びっぱなしの紅檜皮色の焦茶色の髪の毛と、そんな髪の毛と同じ色をした太い眉。そして、くりっとした砺茶色の瞳。そこへ浅黒い肌とくれば、本当にここだけ日本の田舎だと思ってしまうぐらいなのだ。

 そんな永好に絡まれた朱日だが、絡まれて早々、例の2人について言及された。


「で、お前、例の悪ガキ2人には会ったんか」

「あー、陣介と午朗って名乗ってた奴か?」

「そうそう、そいつらじゃ」


 永好は頷いた。


「ここに入寮してきてから、まぁ、あんまり良いことはしておらんからなぁ。結構イタズラ好きみたいで、こっちも手を焼いておるわ」

「ああ……やっぱりそういう問題児じゃったけぇか……」

(案の定、って感じじゃのう。想定の範囲内か)


 朱日はその事を教えられて、特に驚く事はなかった。陣介のあの様子だと、悪戯好きなのはほぼ確定みたいなものであるし、魔法も悪用しててもおかしくないからだ。そして年上であろう朱日に対して、初っ端からあの口の利き方なので、関わってきた人々も何かしらで苦労しているに違いはないであろう。

 こちらの想像が想定内であることが分かると同時に、朱日は溜息を吐く。イギリスに留学しに来たというのに、この状況――少なくとも、向こうにとってこれからマイナスに働く事であろう。

 永好はそんな朱日の様子を見て、「ほーん」と、興味深そうに感嘆の喉を鳴らした。


「なんか、その手の連中には慣れてます、と言いたげな様子でもしとんなぁ。日本にいた頃は、そういうのに巻き込まれまくってたんか?」

「そりゃお前、魔法が使える変わったガキなんて虐めの格好のエサじゃけぇの。ああいうバカは基本的に関わらないに尽きるぞ」

「ワハハ、ワシなら締めるがなぁ。一応管理者の立場な以上ほっとくわけにもいかんしな。お前さんも何かされたら、ワシに言えよ」

「まぁ……善処はしておくけぇの」


 朱日は特に深入りするつもりはないようで、そんな感じで軽く受け流した。

 永好と朱日はそんな感じで食堂の中へと入り、それぞれ食べたいものを頼んで、テーブルに座した。日本人向けの寮だけあってか、日本のメニューをしっかり網羅しており、味噌汁や焼き魚が用意されている。本日は焼き鮭のようだ。

 朱日は鮭を食べ、永好はその向かいでカレーとサラダを食べながら朱日に更に話し掛ける。


「で、お前さん、どっから来たんじゃ。方言やイントネーション聞く限り、山陰のどこかっぽいが」

「広島から来とるよ。これ、眼鏡の方に言ったら絶対ピカの毒だ〜とか言われそうじゃけぇ、口外しはしたくないのう」


 5年前の1945年8月6日の8時15分。

 広島県広島市の市街地に投下されたのは、数のある焼夷弾ではなく、たった一つの爆弾だった。何かが空から落ちたかと思えば、その爆弾は空中で大きく炸裂して、大きく光り、街を爆風と炎で包み込んだ。本当にたった一つの爆弾の筈なのに――死屍累々、川は死体だらけ。何かが放出されているのか、後から助けにやってきた憲兵達も次々と倒れていった。そして、この爆弾の影響は、何日何週間過ぎても絶える事はなかった。無事だった人々も、いつしか爆弾の光により体を蝕まれ、息絶えていった。

 朱日は安芸地区にいる為、その爆弾の被害を受ける事はなかった。しかし、山越しに見えるきのこ雲は、幼いながらも鮮明な記憶として残っており、当時は家族内に動揺が走ったものだ。

 その後、爆弾の被害に遭い怪我を負った人々が緊急の救護施設へと舞い込み、市内は暫く落ち着かなかったのである。広島市から安芸まで結構な距離がある筈なのだが、そこを徒歩でやってきた被爆者もいるという。そんな感じで、安芸の病院ですら地獄絵図の様相だったというのに、現場である広島市はどれほどまでの地獄だったか――想像してもしきれない。

 で、肝心なのはここから先の話で、当時はこの爆弾についてよく分かっていなかった事が多い上に、その特異性から「ピカの毒が移る」なんて言われて、被爆者が差別される事があった。そろそろ戦後5年に差し掛かる中、その差別は少しずつ緩和されつつあるものの、よく知らない子供や頭の硬い人間からは、まだまだ色々と言われがちである。特に、広島から来た余所者と言うだけでもピカの毒どうこう言われることもあったりして、朱日はその被害者の1人である。

 朱日は爆弾投下の被爆者でもなければ、病気も何も発症していない健康体そのもので、ケロイドだって無い。なので、ピカの毒どうこう言われれのは見当違い過ぎるのだが、他所の人間からすれば、広島なんて全部一緒なのだろう。自分が広島市じゃなくて安芸の方に住んでいると言っても、向こうにとっては知らんこっちゃないのである。


 永好は「なるほどのう」、なんて呟きながら、カレーを貪る。


「今でもその辺の差別はまだ消えておらんのか〜。日本の方は何十年も戻っとらんから、状況分からんのよな」

「何十年……?」


 永好のその言葉に、朱日の食事の手が止まる。

 永好はそんな朱日の様子を知ってか知らずか、質問された事に対して、そのまま続けた。


「いや〜、実は関東大震災の頃にこっちに移ってきてのう。空襲や原爆の話は頻繁に聞いておったが、色々と見る限り相当酷い有様だったんじゃろ」

「う……まぁ、そうじゃの」

(あんまり深入りすると長そうじゃ……次の機会にするか)


 流石に今の朱日には、永好の事について根掘り葉掘り聞けるようなリソースはない。とりあえず相槌を打ち、話題を繋げる事にした。


「確か、あの2人も戦災孤児だったんじゃろ。何か情報無いんか」

「あ〜、そういえばそうじゃな」


 そう言って、永好は続けて、


「陣介の方は大阪で、午朗の方は本人から直接聞いておらんが、多分、東京っぽい雰囲気があるのう。まぁ、2人とも孤児やってる時に魔法が使えるようになったとかで、何とか生き延びてたらしいな」

「と、なると、やっぱ悪事というか、盗みとかそういう事に使っておったか」

「まぁ、それしかないじゃろ。魔法に目覚めたばかりはモノを生成する能力にも欠けておるし、出来る事と言えば物を移動させたり、壊したり、そんなもんじゃ。あんまりよくない使い方じゃが、子供が生き延びる為にはそれしか無かったんじゃろうな」


 と、永好は今度は朱日に聞いてみる。


「お前さんはいつから魔法が使えるんじゃ? 最近目覚めたばかり……だったら、流石にここには連れてこられておらんか」

「ああ、普通に生まれつきじゃよ。わしの家は魔法家系じゃ。皆、当たり前のように魔法が使えるぞ」

「へー! そりゃまたとんでもない人材が来たのう。だとしたら、あの2人よりは全然強そうじゃの」

「まぁ、あのクソガキ共には負けんよ。わしは何もないところから炎やら水やらを生み出せるぐらいじゃ、その気になれば人1人だって殺める事も出来るぞ」


 と、言いながら、朱日は水が少なくなったコップの中に、己の人差し指から水をチョロチョロと出して継ぎ足し、魔法を実演してみせる。

 永好はそれを見ながら、「おおう」と、驚きつつ、それからゲラゲラと笑った。


「こりゃ、絶対敵に回しちゃいけないタイプの魔法使いじゃ。確かに、生まれつき魔法が使える人間は存在しておるが、お前さんクラスの魔法使いはそうおらんじゃろ」

「それは茶井丈さんからも言われたのう。わしは魔法使いの中でも取り分け特異な方らしい」


 そう言って、コップに一通りの水が入ると、魔法を切って、そのまま飲み始めた。

 一方で永好は疑問を口にした。


「そんで、お前さんは何でイギリス留学を承諾したんじゃ。あの2人みたく戦災孤児で行き場が無いわけでもなし、理由あるんじゃろ」

「……」


 朱日はコップの底をコトンとテーブルの上に置いて、頷いてから、返した。


「わしは――正義の魔法使いってものになってみたくてな。悪者から人々を守る、なんて、スーパーマンみたいな理想像はさて置いて、わしの能力で研究が進んで、これから生まれる魔法使いが苦労しなくなるのなら、それが一番いいと思ってのう」

「正義の魔法使いか……そりゃまた、デカい夢じゃの。でも、正義の魔法使いを目指すなら、まずは目の前の事を解決するのが良いぞ」

「目の前の事?」


 朱日はキョトンと目を丸くして、首を傾げながら永好を見た。

 永好は続けて、


「あの2人の件――お前なら何とかなると思う。今はいけ好かない奴だとお互いに思っているじゃろうが、お前さんはわりと冷静にあの2人のことを見ていると思う。ガキっていうのは、そういう人間について行くもんじゃよ」

「ふむ、なるほど。まぁ、わしとしては別にそんなに仲良くなりたいわけでもないし、どうでもいいがのう」

「まぁ、幼過ぎるか」


 朱日の本当にどうでも良さそうな意見を聞いて、永好は苦笑した。とはいえ、朱日の方は口にしているほどどうでもいい、という訳でもなく、彼なりに少し気になってはいた。


(戦災孤児、か……)

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WIZARD of JUSTICE〜『正義の魔法使い』になるために必要な決まりごと〜 発屋ハジメ @ptyhjm

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