第50話植物に愛された少女
「うー……おはよ、ございます…」
「…どうやら、随分とご迷惑をおかけしたようです」
「起きたらほっぺがヒリヒリするんですけど、なんすかこれ…え?」
私とシオン様は思わず二人に抱きついた。
「良かった…レント、ディエゴ…ああっっ!!」
「もう、酔っ払った時に何かを買うのはよせ」
二人はびっくりして、互いの顔を見合わせると頭を掻いた。
困惑している彼らに、ワカナチは珍しく頭を下げた。
「迷惑をかけて悪かったな。君たちが買った花は…毒花だ」
まだ起きたばかりの二人だったが、ことの次第を知ると、救援依頼をするために、すぐに王城へと駆け戻った。
「私も一緒に」と懇願したが、「ザダクの街をこのまま去るわけには参りませんでしょう。どうかここでシオン様とお待ちください」と固辞されてしまった。
(神官たちの捕縛と、偵察部隊の…遺体の回収)
ぎゅうを手を握り込む。
きっと彼らなりの気遣いだ。夥しい数の、仲間たちの亡骸を目の当たりにして、参っていないと言えば嘘になる。
けれど、それはレントもディエゴも同じこと。いや、彼らの方が辛いはずなのだ。中にはきっと懇意にしていた者もいるだろう。
最期は自分たちの手で、という彼らなりの弔いなのかもしれなかった。
シオン様が私の顔を覗き込んだ。はっとして、顔を背ける。
今はまだ悲しんでいる時ではない。解決すべきことが残っているじゃないか。
険しい顔を見られたのではないか、と思うと自分が許せなくなる。
「メイリー…」
「大丈夫です。私、自分の感情に捕らわれるところでした」
ふー、と息を整える。
ばちんと頬を叩いてから、ワカナチとリーリエちゃんに向き合った。
「ワカナチ、街の人は全員回復したのね?」
「ああ、レノンの奥さんを起こしてから、最後にアンタの仲間を二人叩き起こした。もうすぐあのクソジジイもこっちに来るんじゃないか?」
「コノリーの…7歳くらいの男の子のお母さんは?」
「レオンがうるさく言うんで、そいつの母ちゃんを一番最初に起こしたはずだぞ」
ほっと胸を撫で下ろす。
「…みんな、十万ゴールドを渡そうとしてくるんだよ…。いらねぇって、もう必要ねぇんだって断るとさ、「ありがとう、ありがとう」って言われて……俺、何も言えなくて。…情けねぇ」
「ワカナチ…」
シオン様が静かにワカナチの前に立つと、思い切りぶん殴った。
「…いい加減にしろ。いつまで被害者ヅラしてやがる」
「このっ…!!!」
「なんだ、殴りたければ殴ればいい。本当に自分自身に恥じぬ行いだと思うのならな」
「……っっっ!!!くそっ!!!」
口端に滲んだ血を親指で飛ばした。
シオン様の薄い皮膚から血管が隆起している。だいぶお怒りなのだ。
「…そうね、ワカナチ。全てが終わったらきちんと真実を伝えて謝罪しなければならないわ。どんな事情があったとしても」
「わーってるよ!けど神官長は死んじまったんだ。今更どうやってリーリエの言葉を取り戻すって言うんだよ!」
「言ったでしょう?試してみたいことがあるって」
ワカナチもリーリエちゃんも、それからシオン様も目をぱちくりさせた。
「リーリエちゃん、植物からあらゆる毒を作り出せるわね?それは貴方が自然を操る聖女だから」
少女は控えめにこくりと頷いた。
「なら、薬だって作り出せるはずだわ。具体的にどうやって神官長から言葉を奪われたかリーリエちゃんは分かる?」
慌てて紙を広げて書き出した。そこには、"まさか自分が飲むものとは知らずに、言葉を奪う薬を作らされました。それを飲まされたのです"と書かれていた。
「なんて…人なの…」
「くそ!!!!ふざけやがって…」
ワカナチは部屋の壁を殴ってから、力なくずるずると座り込んだ。
「でも、予想通りだわ。神官長は魔法は使えないはずだもの。だったら、毒か精神的なことのどちらかだと思ったの」
"仰る通りです"
「だったら、ねえ、植物に頼んで言葉を取り戻す薬を作れない?」
リーリエちゃんは、はっとした。まだ幼い故に、自分の力の可能性に気が付かなかったのだろう。
「リーリエちゃんは心で植物と会話ができるのだから、お願いできるはずよね」
ワカナチは「なるほど、その手が!」と言って立ち上がり、リーリエちゃんの肩を揺さぶった。
「で、できるか!?リーリエ!」
"やってみる"
それから少女と共に外へ出ると、きょろきょろと辺りを見回して、一本の月桂樹の木に駆け寄った。
リーリエちゃんは月桂樹を見上げると、そっと幹に手を当てる。
その場にいた全員が、どきどきしてその様子を見守った。
わさわさ、
葉が大きく揺れる。
がさがさ、
周りの木々も、まるで台風が訪れたように葉を揺らせて、少女の心の声に呼応しているようだった。
(植物や自然はリーリエちゃんの願いを聞き届けてくれるはずだわ)
けれど、そんな思いとは裏腹に、リーリエちゃんは幹から手を離して、ふるふると頭を振った。
それからゆるりと私たちを見た。その顔は真っ青だった。
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