第51話木々の声


「リーリエ!!おい、どうした…」


 少女は兄の元に駆け寄って、ぎゅうと顔を埋めた。


 葉が大きく揺れる音。

 感じられるのは、不穏。

 ざっと冷たい風が吹きつけた。


「…一体、どうしたのかしら」


 少女は落ちていた枝で地面にガリガリと文字を書いた。


"木々が怒ってる"

「怒る?なぜ?なにに?」

"渡さないって言ってる"


(渡さない?何を…)


 そこで、一つ思い至る。


「まさかとは思うけれど…。リーリエちゃんの失語が進行している気がしたの。あなた、どんどん喋れなくなっているんじゃない?」


 こくり、

 恐怖に震えながら、何度も頷いている。

 私はその姿を見て、月桂樹に向かって剣を構えた。

 シオン様も険しい表情になり、私を守るように立った。


「おい、一体どういうことだよ!!メイリー!!」

「…もしかして、失語が進行しているのは、植物の意志なのではないかしら。変だと思わない?リーリエちゃんは自然に愛された聖女なのよ?彼女が飲んだ時点で、毒が無効になってもいいはずだわ。それどころか、どんどん進行しているなんて…」

「じゃ、じゃあ…」

「神官長と植物の意見は概ね一致なのでしょう」

「それは…どういう…」

「来るわよ…!ワカナチ、リーリエちゃんを家の中へ!!」


 月桂樹の枝がぐるぐると編み上がり、私たちを突き刺そうと向かってきた。


「ファイヤーレイ!!!」


 シオン様の炎が、枝を這い上がり、葉を燃やした。

 それでも向かってくる枝を剣で切り落としていく。


 わさわさ、

 周りの木々が一斉に揺れた。

 その時、地面が大きく波うち、立つことすら困難になる。


「っっっ!!!!」

「なんだ、これは!」


 ゴゴゴゴゴ、

 地鳴りと共に、地面が膨れ上がったかと思うと、木々の根がまるで意志を持った竜の様にうねうねと迫り上がる。


「くそ!いくら枝葉を攻撃しても無駄だ!!それどころか、周りの木々も…厄介だな」


 私とシオン様は、根と根を跳躍しながら進んでいき、リーリエちゃん達がいる家を目指した。


 ゴゴゴゴ、メキメキメキ…

 木の根が家を持ち上げて、あっという間に張り巡らせた根で包み込んでしまった。


「っ!!!嘘でしょう!?」

「くそ!!!ファイヤーボム!!!」


 巨大な炎の塊が、木々を焼き尽くしていく。

 家を包む根を、剣で何度も薙ぎ払った。

 けれどいくら払っても、どんどん他から湧いてきてキリが無い。

 遂には、私もシオン様も、足や腕を根に掴まれて、身体を拘束されてしまった。


「くっ!!離せ!!」

「リーリエちゃん!!!!ワカナチ!!!!返事して!!!」


 しん、一瞬地鳴りが止んだ。

 次の瞬間、根が家を突き抜けて、自然に愛された聖女を持ち上げた。

 どうやらリーリエちゃんは気を失っているらしい。

 どこからか、声が聞こえてくる。


『人間には、渡さない。この娘は私たちの物』


 それは、どうやら木々の声だ。

 非常に聞き取りにくいけれど、風に乗って低音の笛の様な声が聞こえてくる。


『人間の言葉なんかいらない。人間なんかと生きる必要もない。やっと現れた、私たちの心が分かる娘。永遠に生きよう、我らと共に』


 血だらけのワカナチが、必死に根をよじ登っていくが、ぎゅうぎゅうと縛り付けられて遂に動けなくなった。


「ワカナチ……リーリエちゃん!!!」

「…ごめんね」

「え?」


 言葉を失ったはずの少女の口から、微かな声が滑り落ちた。

 リーリエちゃんは天に高く持ち上げられたかと思うと、根がその小さな身体を貫いた。


「リーリエ…!!!うわあああ!!!」

「に、い…さま…」


 兄妹はお互いに必死に手を伸ばして、指先が触れ合った。

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