第49話筆談


 それからワカナチはレノンさんと共に、村人たちを、もちろん無償で回復しに出かけた。

 もらった10万ゴールドも返して回るらしい。

 私の髪飾りまで盗っておいて、どういう風の吹き回しなのかと思ったけれど…


(そうか…リーリエちゃんの為に神殿に大金を渡す必要がなくなったから)


 ワカナチはいつだって妹軸で動いていたのだ。


(そう思うと良いお兄ちゃんなんだよなあ…血が繋がっていないとは言え。……人としてはどうかと思うけど)


 ワカナチが村人たちを回復している間、私はリーリエちゃんに事情を説明した。

 神官長が自害したことを伝えると少女は酷く動揺して、過呼吸気味になってしまった。


「ご、ごめんなさい。私たちも、まさかこんなことになるとは思わなくて…。神官長がいなくても、貴方の言葉を取り戻せないか色々考えたの。だから……リーリエちゃん?」

「っっっ……」


 何度も背中をさする。幼い少女は震えていた。


「不安にさせるようなことを言って、ごめんなさい」


 けれど、少女は何度も頭を振っている。

 そうか、リーリエちゃんも神官長とはそれなりに交流があったはずだし、知人が亡くなったと聞けば動揺もするだろう。配慮が足りなかった。


「あの、」と言いかけた時、シオン様が「そうじゃない」と私の言葉を遮って続けた。


「どんな扱いを受けようとも、父親は父親だからだろう」


 シオン様はそう言った。

 父親とは、誰の父親なのだろうか。今誰かの父親が死んだ話などしていないだろうに。

 点と点が繋がらない。パズルの最後の1ピースがどうしても合わない。

 そんな困惑は実に自分を宙ぶらりんにさせる。


「なんの…話でしょうか?」


 やっとそれだけを言うことができた。私の言葉が意外だったらしい。シオン様もまた驚いている。


「メイリーは知らなかったのか?リーリエはラピと神官長の娘だ」

「う、うそ…。だってワカナチもそんなこと…ひとことも…」

「…その様子だと、あいつも知らないんだろう」


 リーリエちゃんは誰とも目を合わせまいとして、瞼を伏せた。


「どうしてシオン様がそんなことを知っているんですか…?」

「僕の夢に、この子が潜ってきたんだ。まあ、おかげで僕は目を覚ますことができたと言っても良い。…リーリエ、あれはただの夢じゃあないな?」


 シオン様の言葉を受けて、リーリエちゃんは小さく、けれどしっかりと頷く。

 それから私はシオン様から夢で聞いたと言うリーリエちゃんの話を詳細に教えてくれた。

 これだけ細かく覚えているのなら、やはりただの夢ではないのだろうと思うには十分だった。


 全てを聞き終えた私は愚かにも、どうしようもない質問で彼女を困らせる。


「…ラピに会いたいと…思う?」


 リーリエちゃんは頭を横に振った。答えはノーなのだろう。けれど、何か言いたげだ。必死に何かを訴えるけれど、呼吸が荒くなるばかりだ。


「そうだ!私、試してみたかったのよ。えーっと……これ!書いてみてくれる?」


 紙片とペンを差し出した。筆談ならできるはずだ。

 リーリエちゃんは、さらさらとペンを走らせる。


"会いたくはありません。けれどさまざまなことが心配です"

「…優しいのね。どんなことが心配なのかしら?」

"シオン王太子殿下と夢でお話しして分かったことがあります。ラピは、囚われているのではないですか?"


(…あなたも、ラピが牢にいることを知らなかったのね)


 シオン様を見ると、彼は少女の隣に座り、肩に優しく手を置いて言った。


「君は賢い。きっと、大人の不用意な一言で君は何でも悟ってしまうんだろう。……君の想像通り、ラピは囚えられている」

"王室が、ましてや王国が害される企みを知りながら、何もできなかった私をお許しください"

「…何を言う、君は幼い」

"だから苦しいのです"


 ぐしゃっと紙を握り込んで、涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らした。


「っっっ……」


 リーリエちゃんは、嗚咽すら漏らすことができなくなっている。


(まさかとは思うけれど…出会った時よりも、言葉を失っている?)


 そんな不安をよそに、シオン様は微笑み、まだ細い髪の毛を柔らかく撫でた。


「君は、メイリーに似ているな」


 涙で濡れたまつ毛が輝く瞳で、シオン様を見上げた。それから丸まった紙を広げて何やらサラサラとペンを走らせた。


"私がメイリー様に、ですか?"

「ああ、似ている」

"大人になったら、私もメイリー様のように美しく勇敢な女性になれるでしょうか?"

「それには直向きな努力が必要だが、君ならなれるだろう」


 にへら、と泣き顔だったリーリエちゃんは破顔した。こういう時、年相応の幼さを感じる。


「そういえば、ワカナチとは筆談しなかったの?」

"兄は、大陸の文字があまり読めません"

「なるほど…」


 ワカナチは確か、東の国にある島から来たと言っている。

 あちらとは文字がかなり異なるはずだ。


「あいつがちょっと勉強すればいいだけの話だろう」

「まあまあ…」


 リーリエちゃんもふふ、と微笑んだ時、扉が開かれて光が差し込んだ。

 そこには、少し疲れた顔のワカナチがいた。

 そして、その後ろには、まだ眠そうな顔をしているレントと、顔がパンパンに腫れているディエゴの姿があった。

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