第48話言い合い

「まったく。シオン様まで、子どもじゃあるまいし!!それにワカナチ、この方は王太子殿下なのよ!?信じられないわ!!本当に信じられない!!!」

「ったくずっと説教じゃねぇか。うるせぇ女だな」

「ちょっと、反省しているの!?」

「そうですね、そうですね、反省しますぅ〜」

「なっっ!!!」


 ザダクまであと少し。大きく街が見えてきた。


「おい、もうよせ。うるさくてかなわん」

「ちょっと、シオン様まで!」

「言っておくが反省なんかしないぞ」

「え…」

「……ほら、さっさと歩くぞ」


 翡翠の髪飾りがやっと戻ってきた。シオン様が私の髪の毛に付けてくれてからというものの、ワカナチは悪態ばかりついている。


(そんなにこの髪飾りを気に入ったのかしら…でもワカナチは結うほどの長さはないのに)


 イラついた目線が私を射抜いたので、思い切り舌を出す。

 シオン様が珍しく舌打ちをした。どうやらシオン様も大分イライラしているらしい。


「あの、シオン様……」


 差し伸べた手をすり抜けて、辿り着いた街へと入って行ってしまった。


「…ほら、街に着いたぞ。ワカナチ、妹君がお前を待っている。まずは行ってやったら良い」


 その提案も虚しく、わらわらと街の人々がワカナチを囲んだ。


「ああ!回復師様!」「お金の用意ができました!」「ウチのから目覚めさせてやってくれ!」「なに!?ウチの子からだ!」


 ワカナチを初めて見た時の、街の人たちを陥れるようなあの企みの笑顔や冷え切った視線というのはすっかり消えている。ただ苦虫を噛み潰したような顔で一人一人を見回している。


「すまないが、今街に着いたばかりだ。妹を待たせているので、少し待っていただけないだろうか?」

「そんな!」「アタシ達はずっと待ってたんだよ!?」「良いから早くしてくれ!」


 人々から浴びせられるその言葉を受け、ワカナチは一歩退がって頭を垂れた。


「妹に会ったら、すぐに回復に取り掛かる。だから頼む、この通りだ」


 街の人たちは、それ以上何も言えなくなって、立ちすくむしかなかった。


「行こう、ワカナチ」

「シオン様…」


 あれほどいがみ合っていたのに、シオン様は人々の輪の中からワカナチを引き抜いた。


「さっさと済ませるぞ。一刻も早くお前からメイリーを離したい」

「…こっちから願い下げですけどね」

「ほう?貴様は言葉と行動がどうも乖離しているな。回復した方が良いのは貴様の頭じゃないのか?」

「王太子様ってのはどうも口が悪いらしいですね。品性の無さが俺と変わんねぇですよ」


 仲がいいのか悪いのか、早足で歩く二人は、悪態を付き合いながら揃って角を曲がった。


(案外いいコンビネーションなんじゃあ…)


 きゃんきゃんと言い合う二人が突然振り返った。


「「おい、メイリー」」

「え、な、なに…?」

「俺の方が」「僕の方が」「「勝ってるよな!!?」」

「……ごめんなさい、何に?…えっと……まさか、今の口喧嘩…?」


 二人はすごい怒気を孕んだ瞳で私を見つめている。

 あまりにもしょうもないので、私は思わず半目になって答えた。


「…どっちも、負けてるんじゃないですか?幼さという意味で」

「「!!!!!!!」」

「ほら、早く行きますよ。街の人たちを起こさなければならないのですから」


 私は落ち込んでいる二人を尻目に、角を曲がった突き当たりの空き家をノックした。


「リーリエちゃん、いるかしら?メイリーです。ワカナチも一緒よ。開けてくれる?」


 暫くの間があって、控えめに扉が開いた。

 少しだけやつれた少女が私を見上げて、それからワカナチの方を見た。


「…さま……っっっ!!!!」

「リーリエ!!!」


 ぎゅうと抱き合う二人を見て、本物の兄弟愛を感じた。


「待たせて悪かったな、レオンとかいうオッサンが世話してくれたのか?」


 リーリエちゃんはこくこくとうなづいた。

 開かれた扉の向こう、テーブルの上を見ると昼食の途中であったことが分かる。

 果物や、瓶に入ったミルク、見るからに焼きたてのパンや魚料理に加えて、子どもが好みそうなお菓子まで置いてある。

 見れば、清掃も行き届いているし、リーリエちゃんが着ているものも清潔そうだ。


「やあ!メイリーさん、戻ってきたか!」

「レオンさん!」


 水汲みから戻ってきたらしいレオンさんは、桶を小脇に置いて、わんわん泣きあう二人を見て、皺の寄った目尻を下げている。


「あの子はよく頑張っていた。なんでもよく手伝ってな。俺がやることと言えば飯を作ったり買ったもの届けることくらいさ」

「そうですか」


(あれ?)


「レオンさんってもしかして、ものすごく料理が得意なんですか?あそこ、パンまで焼いてありますよね?」

「ああ、まあな。それくらいはできる」

「ほえぇ…すごい…」

「食ってくれる人がいるってのはありがたいもんだな」


 シオン様が歩み寄って、頭を下げた。


「メイリーが世話になったようだ」

「え、いやいや、世話になっているのはこちらの方で…。街がこんなことになって動揺している中、メイリーさんは冷静に行動してくれたんだ」

「そうですか」


 シオン様はなぜか寂しげな瞳で私を見た。

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