第47話やっと会えた人
この山を越えれば、間も無くザダクの街に着く。
何の収穫も得なかったどころか、神官長が自害したことで、リーリエの言葉の回復はかなり難しくなった。
行きは嫌味ばかり言っていたワカナチも、随分としおらしく歩を進めている。
(トボトボ、と言った方が良いかもしれない)
「…ワカナチ、私一度王都に戻って今回の報告と騎士団の派遣をお願いするわ。私はここから王都まで走るから、ワカナチはザダクに戻って街の人たちを起こして。それが終わったらリーリエちゃんと待っていてくれる?」
「神殿の地下牢に全ての神官達を押し込めたんだ。暫くは大人しくしてるだろ、多分」
「そうだと良いけれど…。調査部隊の犠牲を無駄にはできないわ。急がないと」
ワカナチは深くため息をついて、足を止めた。
「ワカナチ…」
振り向いた私の腕を、ぐん、と引っ張った。
「え?」
木の幹に押し付けられる。なぜか顔が近い。
「お前、ムカつくんだよ」
「なによ、それ…?」
「…王太子妃様なんだろ?なんなんだよ、わざわざそんな鎧なんか着やがって。異国人のいざこざに首突っ込みやがって」
「異国から来た貴方が、この国の民を害したのよ?自覚はあるの?」
ぐっと顎を掴まれる。
痛い。尊厳が踏み躙られるような、心の痛みだ。
「本当に腹が立つ」
「っ…?」
ワカナチは、私の唇を喰んだ。
(心底、私のことが嫌いなんだわ)
「…なら俺なんぞ虫ケラ同然なんだろうが」
「あなた、そうやってずっと拗ねてるわよね。リーリエちゃんの方がよっぽど大人だわ」
「誰が拗ねて…」
その時、尋常じゃない威圧感に空気が振動した。重力が十倍にも感じられる。
おぼつかない足を庇うように、魔法使いの杖を拠り所に必死にこちらへと向かってくる人。
「なにを、している」
「…誰だお前」
「メイリーから離れろ」
(ああ、)
「シオン様…!!!シオン様!!!」
ワカナチを振り切って、駆け寄ったが、シオン様の意識は朦朧としているようだった。
「まさか…回復、しきっていないのですか?どうやってここに…?」
けれど、シオン様は私を制してワカナチと対峙した。
「おい、貴様か。回復師の兄とやらは。ざまあみろ、自力で起きてやったぞ」
「…へえ?おーたいしサマってのは随分と丈夫にできてんですね」
「メイリーに触ったな?土下座しろ」
「そんなに大事なら首輪でもつけとけば良いんじゃないですかね?」
「おい」
「あー、不敬でしたか?どうもすいませんね、野蛮な異国人なもんで」
暫く睨み合いが続いたが、くるり私に向き直る。
「あいつ、一発殴って良いか?」
「〜〜っっっ!!!もう、良い加減にしてください!全然本調子じゃないじゃないですかっ!!!!ワカナチも!早くシオン様を完全に回復してちょうだい!!!」
殆ど絶叫に近い訴えに、二人はたじろぐ。
ワカナチは、「くそ」と悪態をつきつつも、シオン様を座らせて、大人しく回復を始めた。
「…で、回復したらいくら渡せば良いんだ?」
「畏れ多くて貰えませんね」
「どの口が言ってるんだ…?」
「……」
「妹殿から諸般の事情は聞いているぞ。ザダクに戻ったら街の人たちを一人残らず回復させるんだな」
「うるせぇっすね、分かってますよ。それくらい」
「で、神殿で有益な情報は得られたんだろうな?」
この質問には、私もワカナチも黙って俯くしかなかった。
回復を終えたシオン様は、首を回したり、腕を回したりしながら「礼は言わない」と悪態をつき返す。
それから、回復しきった身体でワカナチを思い切りぶん殴った。
「人の妻を連れ回しといてそれか?うん?」
「これはメイリー……様の提案だ!大体俺は貴族女が嫌いなんだよ!」
「ほお?良い度胸をしているな。今そこで、くちづけしているのを見たぞ。僕の妻だということは知っていたんだろう?」
「…そのアンタの妻とやらは随分と隙だらけだ」
そう言って、懐から翡翠の髪飾りを取り出すと、悪ガキのようにシオン様の目の前にチラつかせた。
「お前、それ牽制のつもりか?」
「さァて、どう捉えるかは王太子サマ次第だと思いますけど」
シオン様は何故か杖を放り投げる。二人は間合いを取って、構えあった。
「誰かと拳を交えるのは久しぶりだ」
「…俺が勝っても不敬罪になりませんよね?」
「ああ、それなら大丈夫だ。勝つのは僕だからな」
思い切り意味がわからない、けれど気がついたら叫んでいた。
「ちょっと!!!ふたりともやめて下さい!!!何してるんですか!?シオン様まで…っっ!!!」
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