第42話神殿戦①(ワカナチ視点)

(本当に大丈夫なのか…?)


 メイリーは神殿のために作られた街を、ずんずん進んでいく。

 いくら蛇が捕まえられる、うさぎを捌けると言ったって、大きな騒動となればすぐに拘束されてしまうだろう。


(神殿は…やるときは、やる…)


 俺はそれを知っている。だからことを荒立てず、ただ手立てだけを探りに来たつもりだったが…。

 王国の偵察部隊とやらが神殿側と面倒を起こしていたとしたら、リーリエの言葉を取り戻すという話どころではなくなる。


「あら?やけに静かだわ。以前来た時はこんな…」

「っ!おい待て…」


 思わずメイリーの腕を掴んで引き寄せた。

 抱き寄せた肩には筋肉こそついているものの、華奢だ。


(鍛えているというのは本当らしい…しかし…)


「妙だ」

「え?ちょっと…」


 あまりにも静かすぎる。こんなことは初めてだ。人一人見当たらない。


「…こちらを、見てるわ…」

「分かるのか?」

「ええ。何人、何十人もの気配がする」


 メイリーが再びゆっくり歩み出そうとした時だった。

 一人でに神殿の扉が開く。聖なる祈りの場である神殿は、まるで地獄の口で死神が手招きしているようだった。入ったら二度と戻れない、本能が身体を硬直させる。


「…入るしかなさそうね」

「おい!まじかよ!」

「ワカナチはここで待っていてもいいわ」

「おいおい、すげえ自信だな」

「自信?そんなものじゃないの。ここには偵察部隊が来ているはず。あなたが言うように、この異様な静けさが嫌なことを意味している気がする」

「だったら!」

「だったら、なに?私は進むだけよ。怖いならそこにいて」

「興味本位で入るなよ!貴族の戯れがすぎる!!おいって!!!ああっ!!…くそっ!」


 構わず進むメイリーに続いた。


 かつ、かつ、


 ホールはやたらと足音が響く。ああ、こんな感じだったなという懐かしさを覚えたのと、異様さに気がついたのはほぼ同時だった。


「っ!!!!」

「な、に…これは…一体…」


 王国の偵察部隊とやらなのだろう。一目ですでに息のない者たちだとわかる。それが無数に伏していた。


「あっ!おい!」


 メイリーは俺の制止も聞かず、調査員なのか騎士なのか分からぬけれども、倒れている一人の男へと駆け寄った。


「っっっ!!!!!」


(なんでお前がそんな顔してるんだよ…)


 お前はお飾りの勇者で、魔物や死竜を退治したのは護衛騎士とやらだろうに。

 そういう奴らを踏みつけるようにして、名声をあげたはずの女勇者。


「貴族なんて、そんなもんなはずだろうが…」


 なぜ床を殴るんだ。なんでお前が辛そうなんだよ。


(気にいらねぇ)


 メイリーは何かに気がついたらしい。ゆっくり立ち上がると、まるではやぶさが飛び立つようなスピードで俺の眼前にまで迫る。どこにそんな筋肉があったのか分からぬけれど俺の腕を掴んで、ぶんと投げた。


 その直後だった。


 ガガガガガガガ!!!!!!


「メイリー!!!!!」


 煙が上がる、粉塵が立つ。

 メイリーは床を転がりながらそれを避けた、らしい。音だけが響き、何がどうなっているのか視認できない。


(なんなんだ、これは…何が起きたんだ!)


 リボンが解けた髪は、粉塵で真っ白になっている。

 貴族令嬢ならば、発狂ものだろう。けれど、メイリーはフェンネルの剣を抜き去ると、煙が収まるのを待った。


 もうもうと湯気のように上がるそれが落ち着いて、徐々に視界が明瞭になった。


「へえ。一体どんな魔法かと思ったら、随分と面白い武器をお持ちなのね」


 神官たちは、まさか生きていると思っていなかったらしい。ギョッとして、ざわついた。


「…なんだか大砲みたいな大袈裟な武器だわ。ねえ、後でゆっくり見せてくれない?」

「女勇者…っっっ!!!!く、くそがああああ!!!」


 ガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!


 再び上がる粉塵、煙。

 メイリーは時に踊るように、時に剣で切り裂きながら、発射される何かを避け続けた。


(あいつ、あれを避けてんのか!?本当に!?)


 肉眼では全く見えないほどの速さで繰り出される攻撃を、メイリーは狼のような目で見極め躱している。


 ガガッッ!!!ガッ!!!!!


 カチャカチャ…カチャン……


「さすがにもう死んだだろ…」「くそっ!しぶとい…」「王国から来た奴らは、これで大半殺したんだぞ。手こずらせやがって」


 神職に就いているはずの人間のセリフとは思えないような言葉が飛び交う。


 もわもわとあがる煙が再び落ち着いた時だった。


 かつ、かつ、


 ホールは足音がよく響く。誰よりも軽やかな、靴の音。


「ふうん、装填に時間がかかるのかしら、それ。それとも弾詰まりかしらね?」


 いつの間にか砲撃手の間近に近づいていたメイリーは、瞬きの速度で束のような銃口をバラバラに切り裂いた。


「ッッッ!!!!」「なっ!!!」「げぇっ!!!!」


 ちゃきっ、


 再び剣を構え直したメイリーを前に、数十人の男達は後退りした。

 相手は剣を持っているとはいえ一人の女だ。それを、何十人もの男が、ある者は尻餅をつき、ある者は震え、ある者は逃げ去っていくのだ。


(嘘だろ…こんな、こんなことが…)


 目の前で繰り広げられた出来事を、一番信じられないのは俺自信だった。

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