第43話神殿戦②
ガッ!!!!!
突然響いた銃声に、頬が焼け付くような熱さを感じる。顔を掠めたのだ。運が悪ければ死んでいた、と瞬間的に肝を冷やす。
同時に後ろでパリン、と何かが割れた音がした。
「っっっ!!!酒瓶が…くそ!!!」
どうやらワカナチの酒瓶が弾丸によって割れたらしい。漏れた酒が辺りを濡らしていた。
「そこにいるのは誰!?」
私は剣を構え直す。緊張の糸が思い切り張り詰めて、汗が額を落ちた。
勿体ぶったように、ゆったりとした速度で足音が近づいてくる。
ワカナチの生命線とも言える酒瓶を正確に打ち抜くところを見れば、それはきっと彼との少なからぬ縁のある者なのだろう。
(そして、相当腕が立つ)
「お前ら、こやつらを囲め」
有無を言わさぬ、低く威厳のある声。その言葉に、おずおずと若い神官達が私とワカナチを取り囲んだ。
「まったく、今のモンは腑抜けばかりじゃな。勇者といえど女一人相手に逃げ腰か。みっともない。その中でお前は一等マシだったんじゃがな、ワカナチ」
「神官長…っっ!!!」
「久しいの。元気そうじゃ。少し痩せたか?」
「ジジイ…。アンタは相変わらずの狸だな。腹の中が真っ黒だ」
「ふぉふぉふぉ、そういう口の悪いところは変わらぬの。いや、結構結構」
ぷるぷると小刻みに震える老人は、以前来た時と変わらず好好爺然としている。
「さて、ワカナチ。勇者殿も。ここに何をしに来た?返答次第では、死んでもらうことになりそうじゃ」
「端的に言おう。…リーリエの、言葉を戻したい」
老人の瞳孔が一気に小さくなる。
私は剣を構えて、周りを囲む神官達の警戒を怠らない。
ワカナチは、そんな私を横目に見てやれやれという表情になった。
「ほお?これはすごい、10億ゴールドが貯まったんかの?」
「そんなもんあるわけねえだろ」
「ふはははははは!!!!」
神官長は天を仰いで爆笑した。
異様な光景にびっくりして、顔が引き攣る。
(…リーリエちゃんの言葉を取り戻すために10億ゴールドを要求されていたというの!?何のために…)
「おかしなことを言う。いいか、遍く信仰というものは、献金こそが全てだ」
「本気でそう思っているわけじゃねぇことくらい分かってんだよ。10億ゴールドなんてそうそう貯まるもんじゃねぇ。俺が、ましてやアンタが生きているうちにそんな大金が稼げるとは到底思えない。本当はリーリエの存在が不都合なんだろ?」
私は思わず「え、」と言いかけて口を噤んだ。
ワカナチは恐れもせず、銃を携えた神官長の元へ歩んだ。
「相変わらず禍々しい模様じゃのぉ。顔のそれは」
「…答えろ、ジジイ」
「さァて」
怒りに任せて神官長の胸ぐらを掴んだワカナチの額に、銃口が突きつけられる。
「…このまま引き金を引いても良いんじゃぞ。ほれ、儂はこの通り手の震えが治らんのでな。つい撃ってしまうかもしれんぞ」
「っ!!!」
「離せ、餓鬼が」
「くそ!」
興奮して息が上がっている。明らかに冷静さを欠いている。
「この地を去れ、ワカナチ」
「それは、リーリエの言葉を取り戻した時だ」
ため息をついた老人は、懐からスキットルを取り出して放り投げた。
ワカナチの足元を転がる。
「何のつもりだ」
「お前の腕が鈍っていなければ、儂を殺してみろ」
「!?」
「ラピが王太子の籠絡に失敗したもんでな。…まさか勇者殿の方を気にいるとは誰も思わんじゃろ」
「……っ…え…?」
なぜだか、ワカナチの戸惑いの目線が私に刺さる。当然といえば当然かもしれない。さっきまで野宿を共にした女が、実は王太子の結婚相手だなどと思いもよらないだろう。
神官長は大袈裟なまでに畏まると、目を細めて言った。
「ああ、そうそう、ご結婚誠におめでとう御座います。これからは勇者殿ではなく、王太子妃様とお呼びせねばなりますまい」
私は神官長を睨んで、嫌悪感を隠さなかった。切先は老人の眉間に向けたまま「勇者で結構よ」と答えた。
「お陰様で、ラピが王室を内部から操作して、神殿がこの国を牛耳る夢は潰えたわいの。一度でもラピを抱けば、王太子殿下は傀儡も同然だったんじゃがのー」
「っ!彼女は…ラピは…一体…」
ワカナチはスキットルの蓋を開けて、中のウィスキーの香りを嗅いだ。
「安心しろ。毒など入っておらん」
「ふん」
それを一気に仰ぐと、空のスキットルをぶん投げた。
「…ラピには、癒しの加護ともう一つ、関係を持った男を意のままに操ることができる能力を持つ」
「何ですって…?」
「ラピと結婚していたら、今頃王太子様は寄生虫に寄生されたカマキリのよう。ラピに死ねと言われれば水場に飛び込むような、本能さえもコントロールされた傀儡と化していただろう」
「そんなことをしてまで…国を牛耳って、何がしたいのよ…」
ガン!!!!
急に発せられた弾丸を、間一髪剣で叩き割った。
「…貴族様には分からんだろうなあ」
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