第19話あなたが、なぜそこにいるの
「勇者様一行、御帰還です!!!!!!」
耳を劈くような銅鑼と高らかなトランペットの音が鳴り響く。
ずらっと左右に並んだ音楽隊は皆白い演奏服をピシッと着こなしているのに対し、迎えられる側の私たちはよれよれのボロボロである。
(出迎えが大袈裟すぎる……)
けれど、人々はみな、私たちを声援と拍手で無事に終えた冒険を讃えてくれた。
「見ろ!あれが聖女様だ!!」「なんて美しいのかしら!」「勇者・メイリー!万歳!」
死竜の戦いは城からも良く見えたのだろう。街や城を守ろうとした形跡が、至る所で確認できた。加えて装備を整えた衛兵の数が桁違いである。
(ならば、父やミュークレイ騎士団も!?)
と周囲を見回した時、父や母、兄妹たちが私の元に駆け寄ってきた。
私の家族の貴族然としたその装いに、ラピは「え!?誰の家族!?フリック!?ディエゴ!?まさか、レント!?」と息巻いた。
ラピはスカートの裾を広げて一礼している。
「お初にお目にかかります。聖女・ラピ…」
けれど、私の家族はその横を過ぎ去って、私に抱きついた。
「無事だったのか!メイリー…!!まさか、お前が死ぬことなどないとは思っていたが、心配したんだ…良かった…良かった!」
「お、お父様…苦しい…!!」
そんな様子をラピは硬直して見つめ「お父様…?え?メイリー?」と言って目を瞬かせている。
「メイリー…!!ああ、こんなにボロボロになって…!!」
「さっきポーションで回復したから大丈夫なのよ、お母様」
母と私の様子を見て、よろよろと後退した。
「お母様…?ですって?ボロボロで女らしさのかけらもないメイリーが…貴族?」
何度も何度も目を瞬かせたラピは、ごほんと咳払いした。
「ど、どうせ貧乏貴族でしょう!?」などと言って、一人で勝手に興奮している。
堪りかねたディエゴが、コソッとラピに耳打ちする。
ラピの美しい顔がどんどん歪んだ。
「え?……こ、公爵…令嬢…?メイリーが…?」
ラピから鼻水がたらっと落ちる。
普段穏やかな母の顔色が、どんどんと曇っていく。
「ポーション…?メイリー、あなた今ポーションで回復したと言ったわ?そこにいる聖女様が回復してくれたのじゃあないの?だって癒しの加護を持つのよね?そうよね、あなた…。だからメイリーは回復師の帰城を待たずに出発したのよ…」
父はうんうんと頷き、母はゆっくりラピの方を見て首を傾げた。
「お、おほほほほ…!メイリーさんのお父様、お母様。はじめましてぇ…。メイリーさんのおかげで無事に城へ辿り着くことができました!では、王太子殿下がお待ちしているので私たちはこれで…。ちょっと、早く行くわよ!!」
せっかく家族に会えたのに、背中を押されて、城まで走ることになってしまった。
(急に慌ててどうしたんだろ。変なの。まあ、良いか。ラピを送り届けたら、後でゆっくり家族に会えるのだし)
✳︎ ✳︎ ✳︎
登城して通された応接間で、ラピと二人声がかかるまでしばらく待つように言われた。
「男性の方はこちらへ」
促されるまま、フリック達は別室に連れて行かれてしまった。
交代するように、侍女が数名入室してくる。
「よろしければ、お召し替えをされますか?」
「勿論だわ!一番上等なものを用意してちょうだい」
「かしこまりました。…メイリー・ミュークレイ公爵令嬢様はいかがされますか?」
「ご厚意はありがたいのですが、このような短髪に泥だらけの身体では…着られるドレスの方が可哀想でございます。失礼でなければ、このままでも宜しいでしょうか」
「仰せのままに。…勇者様は、この国の英雄。失礼なことなど何もございません」
ペコリと一礼すると、ラピを連れて去って行った。
(わざわざ男女別室にしたのはこう言うわけか…なんだか恐縮しちゃうな…)
美しい意匠の姿見が、ボロボロの私を映し出した。
(流石にひどすぎ?もしかしてフリック達も着替えてるのかな…)
でも、やっぱりラピから言われたあの言葉が消えないのだ。
『髪を短く切って』『女捨ててる感じ』
良いのよ、私はこの格好が落ち着くのだから。長く伸ばした髪を切った時だって、なんの抵抗感もなかったのだから。
(なかった…本当に?)
ううん、確かに断髪式の時は希望の方が大きかった。一体いつからそう言い切れなくなったのだろう…、と思案する。
ぼわんとフリックの顔が思い浮かんだので、思い切り頭を振った。
(なぜ今フリックの顔が出てくるのよ!!)
私は勇者なのだ。髪の毛を切る切らないで悩むなんて、どうかしている。
(…でも、国王陛下に謁見するのに、こんなボロボロじゃ失礼だよね!?やっぱり…)
やがて、眩いばかりのドレスに身を包んだラピがやって来た。
「素敵でしょう!?…あらアンタ、本当にその格好で行くの?信じられない」
「…私には…その様なドレスは似合いませんから…」
「ふっ…そうよね。この城の全てが、私にこそ相応しいものだもの」
(うう…早く屋敷に帰って、猫と一緒にベッドで眠りたい…)
重たい雰囲気を打ち破るように扉が開かれ、侍女が頭を下げた。
「メイリー・ミュークレイ公爵令嬢様。聖女・ラピ様。準備が整いましたので、謁見の間へお進みください」
「は、はい!」
シャラシャラと装飾品が擦れる音を発しながら、煌びやかな姿で隣を歩くラピとは対照的な姿で、国王陛下と王太子殿下が座す間に進み、頭を下げて膝をついた。
(あれ?そういえば、フリック達はどこに?)
動揺しつつも、平静を繕った。
「面をあげよ、勇者・メイリー」
「はっ」
顔を上げて、発しようとした言葉が詰まる。
「よく死竜を倒したな、メイリー。共に冒険をした僕が、一番驚いている」
「え…」
フリックが、なぜ国王の隣に座しているのだ。ふざけているのだろうか。だとすればやり過ぎだ。
けれど、フリックがそんなふざけた真似をするはずかない。だが、どう見てもフリックが国王陛下の隣に座っている。とにかく、仲間の非礼を詫びなければ…と頭でぐるぐると考えてやっと絞り出した言葉が
「えっ…あの…」
だった。
両手を広げたフリックの両脇には、王族騎士の格好をしているディエゴとレントがいた。
「全く、殿下。キツかったですよ…砕けた言葉を殿下に使うのは…」
「あっはっは!」
「全く…毎回心臓が縮む思いでした」
「それはすまなかったなぁ」
何が起こっているのかさっぱり分からない。やはり、何かのジョークだろうか。
冗談にしたっていき過ぎている。
国王陛下も、なぜ無礼だと窘めないのだ。
フリックは解除の呪文を唱えると、黒髪は金髪に、長かった襟足は短く、青い目は琥珀色になった。
「嘘…」
ぽつりと溢した言葉を打ち消すようにラピが大声を上げた。
「まさか、フリックがシオン王太子殿下だったの!?王太子殿下が、わざわざお迎えに来てくれたなんて…それほどに私を愛してくれているのですね!?なんと一途な方でしょう!!」
フリック、と言って良いのかシオン王太子殿下と言って良いのかもはや分からぬけれど、彼はふっと微笑んだ。
「一途…うん、そうだな」
ぎゅっと拳を握り込む。何を見せられているのだろうか、と。動揺して、ただ床を見つめた。
シオン王太子殿下は、玉座から降り、こちらに歩んでやがて私の前で跪いた。綺麗なブーツが視界に入る。
そこにいると知りながら、顔を上げることができなかった。
俯く私に、予想外の言葉が落ちてきた。
「僕は、メイリーを妻に望む」
「…え?」
「メイリーが断髪した時、君が払う犠牲の大きさに、僕は自分自身を殴りたくなった。けれど、ただ決意に燃える瞳を見て、一瞬で心奪われてしまったんだ」
「まさか、そんなこと…。もしそれが真実ならば、ラピ様を城に送り届けるために共に冒険をしたのは…何のために…!」
「まあ、そうは言っても、僕は一国の王太子だからな。自分のわがままで結婚相手を変えようなんてこと、思わないさ。いくら君に心惹かれ、君を想う度この身が引き裂かれるほど辛かったとしてもだ。だから君への恋心を殺して生きていく覚悟はできていた。…神殿にたどり着くまでは」
「それって…」
「そう、ラピの行動は王太子妃として、いいや人として目に余るものだった…。加えて聖職者としての責務も怠っていた。この婚約を持ちかけた神殿そのものが堕落していたと知った」
「で、でも、私たちは冒険を共にする仲間で…フリックは…いえ、シオン王太子殿下はラピ様を愛していたのでは…。少なくとも私の目にはそう映っていました」
「…ああ、そのように振る舞っていたからな」
「振る舞って?あの、それは、どういう…」
ディエゴとレントの顔が苦虫を噛み潰したように、一気に曇る。
「あの二人にも酷なお願いをした。メイリーの為に、ラピの機嫌を取ってくれ、とな。だから敢えてお前を避け、傷つけるような真似をした。嫌われて当然だ。気が済むまで引っ叩いてくれて構わない」
「そんな…滅相も…。でも、なぜ?」
シオン王太子殿下は盛大にため息をついてから、目にかかる前髪を右手でくしゃっと握り込んだ。眉間の皺が、言いようのない怒りを表している。
「…ラピが、お前を絶対に回復しないと言うことだけはわかった。おまけに、所持できるポーションの数だって限られている。なら、僕たちがいたずらにポーションを消費することはメイリーの死に直結する。それだけはなんとしても避けたかったからだ。例えメイリーに心の底から嫌悪されたとしても」
「だから…シオン王太子殿下はポーションを隠し持っていたのですか」
「まあ…そういうことだ」
ラピは冷や汗をかいて、目線が泳いでいる。
それまで黙して成り行きを見守っていた国王陛下が、空気を振動させるような声色で言った。
「シオン…お前がその目で見た真実を報告しなさい。儂の反対を押し切ってまで冒険に踏み切ったのだ。この国の未来を左右する覚悟を持って発言せよ」
シオン王太子殿下は国王陛下へ向き直ると、目を瞑った。
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