第14話フェンネルの想い

 ラピは、ユニコーンが自分に懐かず、私に懐いたことが相当気に食わなかったらしい。


 加えて、ポーションで傷が癒えたにせよ、魔物に傷つけられたことは王太子殿下に報告してやるなどと息巻いていた。

 何のための護衛なのだ、と。

 アンタの命をかけてでも、自分の体に擦り傷ひとつつけられるようなことはあってはならないのだ、と。


「ポーション使ったって服が破れたのは戻らないじゃない!どうしてくれるのよ!アンタがちゃんと守らなかったせいよ!!何が勇者よ!!やっぱり女じゃダメじゃない!」


 バッチーンと頬を引っ叩かれた。すごい音がした。じんじんと灼けるような痛みが暫く消えない。


(…そもそもユニコーンを刺激したのはラピじゃない)


 なんて言ったら火に油を注ぐのだろうな、と思ったので、ただ黙っていた。


「良い!?私の血のひと雫は、アンタの命よりも重いのよ!!」

「ラ、ラピちゃん、でもさ…メイリーちゃんは…」

「おい」


 ディエゴの腕をフリックが掴んだ。ディエゴはぽりぽりと頬を掻いている。

 ラピは彼らを覗き込んだ。


「何よ」

「ラ…ラピちゃんの服はさ、ザダクの街に着いたらすぐに新調しようよ、好きなものを買って良いからさ」

「そんなもの、当然でしょう!?」


 「ふん!」とそっぽを向くと、ラピは初めて誰にも促されずにスタスタと歩き出した。

 ディエゴは困ったような顔で私を見つめていた。いくら美しい美しい聖女様とはいえ、ご機嫌をなんとか直したいのだろう。

 とはいえ、私は彼女のご機嫌を正す術をもたない。余計なことをして神殿に帰るなどと言われたら、目も当てられない。

 むしろ、ディエゴのお陰でラピが歩く気になったのだから、彼に拍手を送りたいくらいだ。



 腰から下げたポシェットの中をちらっと覗く。


(それにしても困った。もう、ポーションはない)


 まだ最後の山を越えていないのだ。無傷で辿り着く自信がない。ユニコーンに背中を抉られた傷は止血したものの、時折襲う鮮烈な痛みは耐えるしかなさそうだ。

 加えて今日も野宿。良い風に転換すればおそらく最後の野宿だ。

 けれど、もう耐えられそうにない。

 私の心はほとんど折れかけていた。


 ズキリ


(…痛い)


 この痛みは、背中の傷だろうか、それとも心だろうか。


 レントはといえば、すっかり回復したらしく、蛇や野鳥を狩って来てくれた。

 香草を敷き詰めて、蒸し焼きにする。みんな手慣れたものだ。


 正直、胸が詰まって喉を通っていかないけれど、食べなければ体力がもたない。なんとか詰め込んで、水で流し込んだ。

 他のメンバーは、干し肉以外の料理にホクホクした様子で頬張っている。


「蛇なんて食べれないわよ!!私は聖女なのよ!?」


 初めはそう言っていたラピだったが、それを食べるしかないのだ。

 なんだかんだ言って、結局おかわりしているし。もはや苦笑いするしかない。


 食事が終わると、焚き火を囲んで談笑が始まった。

 私はそんなメンバーを横目に寝支度をはじめる。背中の傷が癒えない以上、多めに睡眠をとって回復に努めるしかない。

 けれど、「ちょっと!水浴びに行くんだからちゃんと着いて来てよ!」などと言われてしまった。


 致し方なく着いていくと、前回同様雑に脱ぎ捨てられた衣服を畳むよう命ぜられる。

 破れた服は少しだけ畳みにくい。

 それでまた、畳んだ服の横に座って星空を眺めた。


(身を挺して聖女を守る、それが私の使命だ。けれど、彼女を心から守りたいとは思えない)


「アンタ、もう一人で帰ったら?旅の邪魔なのよ」

「ラピ様…急に何をおっしゃるのですか…」


(旅の邪魔というか、男漁りの邪魔の間違いじゃない…)


「だって私、結婚する前に、かっこいい勇者様と密かな恋心が芽生えることを期待したんだもの。はっきり言って邪魔なのよね。アンタがいると、とってもイライラするの」

「…私がいなくなったら、聖女様を安全にお届けすることが難しくなります」

「あら!すごい自信ね!私に怪我を負わせておいて!」

「…護衛の人数は、多いに越したことはないでしょう」

「ふんっ」


(私は、何をしているのだろう、こんな人を命にかえても守らなくちゃいけないなんて…)


 私はこの冒険に意味を見いだせなくなっている。

 旅の始まり、あの日胸を躍らせたのは何のためだったか。


 ぎゅっとフェンネルの剣を握りしめる。

 そういえば、夢でフェンネルに言われた「剣の柄」に何があるのだろう。

 見たところ、変わったところはなさそうだ。やはり夢は夢。とうに生を全うされた人と逢えるはずもない。

 剣にぽそりと問うてみる。


「あれはやはりただの夢だったのでしょうか。フェンネルの相棒、貴方だけが遙か悠久の想いを私に教えてくれる縁なのです」


 いよいよ剣にまで喋りかけて、どうかしている。この旅の孤独感は、私を少々おかしくしているらしい。

 そう重く自覚して剣を置こうとした時、留め具に白い糸のようなものが挟まっているのが見えた。

 コンコンと拳に柄を打ち付けると、僅かに留め具が緩んだので、糸を引っ張った。

 するり、と抜けたそれは、紙を依って糸状にしたものらしい。

 紙を伸ばしてみると、何やら文字が書いてある。

 掠れてよく見えないが、懸命に目を凝らした。


『冒険は目的を達する旅ではない。冒険の目的とは、即ち冒険である。フェ。』


 達筆といえば達筆なのか、味のある字でそう書いてある。

 なんだこれは、と思うと同時に、ふっと笑みが溢れる。


(フェンネルは本当に冒険が好きだったんだな…。私もそんなフェンネルのようになりたいと思っていたのに)


 私はすっくと立ち上がる。ラピがどんなに酷い聖女だろうが関係ない。私は国のために、そして私のために冒険するだけだ。


(それにしても、フェンネルってちょっと…いや随分と変わった人だったんだな…)


 こんなものをわざわざ剣に仕込むなんて。

 私はフェンネルが書いた紙を、同じように依って再び柄にしまった。

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