第15話眠れなかったのは私のせい

 沢に沿ってまっすぐ下っていけば、間も無くザダクの街である。

 街の建物が小さく小さく見えてきた。不安に膨らんでいた肺から、一気に空気が吐き出される。


 背中の傷が痛むけれど、この分ならなんとか街まで辿り着けるだろう。ほっと胸を撫で下ろした。

 とにかく、街に着いたらすぐさまポーションを調達して、背中の傷を癒やさなければなるまい。


 とはいえ、まだ少し歩くので水筒に水を補給した。清らかで冷たい水の感触が手に心地よい。


(綺麗な水だな)


 ゆらっ、

 土が混ざったような色の水が揺蕩って、水が濁った。


「?」


 ずん、と重たい足音が響く。

 沢の上流の方を見ると、そこにいたのは


「わー、ゴーレムだあ」


 私は魔物の襲来を告げるため、剣を高く掲げた。それだけでズキリ、と鮮烈な痛みが走る。フリック達は戦闘体制に入り、ラピは岩陰に隠れた。

 冒険で何度も倒して来たゴーレムだ。力を合わせればなんなく倒せる。けれど気を抜いてはいけない。なにしろ私は怪我をしているのだ。万全とはいかない身体では、俊敏性と可動域に不安がある。


 フリックが全員の武器に強化魔法をかけた。

 残念だが、ゴーレムには魔法耐性がある。武器を強化する以外倒す方法はない。

 それで、どこかにある核を確実に壊せば良いのだ。


 ディエゴの弓矢が飛ぶ中、レントが槍で足を破壊し、私はゆっくりと前傾姿勢になっていくゴーレムの背中へと跳んだ。


(あった!)


 頭と首の間、僅かに赤く光る核が見える。


「でやああぁぁぁああ!!!」


 その核に剣を突き立てる。


 パキッ、


 まるで鳥の卵を潰すような軽い音と共に、ゴーレムはくぐもった地鳴りのような声を上げて地面に没した。

 私は、くるくると三回転半して着地する。


「ふう…」


 これが、恐らく山で出会う最後の魔物だろうか。そうであってほしい。


 改めてこのパーティメンバーの戦闘中のチームワークは気持ちが良いと感じる。

 いつもなら、みんなと拳を突き合わせるところだが、全員がラピの元に駆け寄ってわちゃわちゃしていた。

 私はただ一人、静かに勝利を噛み締める。力を合わせて勝ち取ったものはなんであれ誇らしい。

 それが例えラピのためであっても。

 どうなろうと、冒険で得た経験値は確実に私の糧となっているのだ。


 清々しささえ覚えながら、ザダクの街へと歩み始めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「部屋が二つしかない!?」

「ええ、すみませんねぇ。どうされますか?」

「他の宿も満室だったし…仕方ない、二部屋で泊まるしかないんじゃないか?」

「ただ、どちらも二人部屋ですので、どなたかは相ベッドになるかと…」


 フリックはため息をついて言った。


「しょうがない。レントは体がでかいから、ディエゴと僕は同じベッドで寝るか…」


 宿代の支払いを済ませたフリックが、私に部屋の鍵を渡してくれた。

 ラピはすかさず横からその鍵を取り去る。


「部屋は、私一人で使わせてもらうから」

「え?だって私……」

「大丈夫、大丈夫。アンタは女として見られてないから。じゃーねー。あー、久しぶりにゆっくり眠れるわ」


 そう言って、さっさと行ってしまった。

 男性陣達も固まっている。

 なんだか急に申し訳なさが込み上げて来た。


「ご、ごめんね?私、床で寝るから!お邪魔…しても…いい…かな」


 なぜ私が謝るんだろう。でも、謝るより他に言葉が見つからない。

 フリック達はお互いの目を見合わせていた。




(夕食に出たシチューとパン…美味しかったな…)


 前回泊まった時も感じたが、ここの宿は食事が抜群に美味しい。ホクホクした気分だった。

 清掃も行き届いているし、その割に値段も手頃で良い宿である。

 なぜか二人部屋に四人という奇妙さを除いては。


「えっと…メイリーちゃん…あのさ、俺たち三人で寝るから、そこのベッド使って?」

「それはさすがに無理があるんじゃない…?ここはもともと男性陣に当てがわれた部屋なんだし…室内で眠れるだけありがたいもの」


 私はタオルを床に敷くと、フリックに腕を掴まれた。


「お前がそんなことをする必要はない」

「でも…」


 ため息をついて奥のベッドに座ったフリックは、目線で自身が座るベッドを指し示した。


「嫌じゃなければここで寝ろ」

「まさか、嫌なわけないでしょう!?ありがたいわ!良いの!?でもフリックが嫌じゃない?無理しないで?」

「っ!別に…僕は嫌じゃない!!」

「え?」

「ち、ちが…そういうんじゃ…!〜〜ッッッ!!良いからここで寝ろッ!良いな!?」

「わーい!!」

「わーいって……」

「あ、私防具の手入れをしてから寝るから、みんな先に休んでて」


 鼻歌混じりに椅子に座って、鎧と剣を磨く。

 なぜかディエゴがフリックの肩に手を乗せて泣き笑いのような表情で見つめていた。フリックが迷惑そうにその手を払いのけている。


 やがて全員寝静まって、レントのいびきが聞こえて始めた。


(そろそろ良いかな…)


 詰め物で誤魔化していた背中に空いた鎧の修繕を試みた。


(…だめだ。やっぱり素人仕事じゃ、うまいこといかないや)


 ラピの服を買わなければならないし、引き続き、詰め物で誤魔化すしかなさそうである。今までメンバーの誰にも気が付かれなかっただけ良しとしよう。


 衣服を脱ぎ去り、タオルをもって浴室へと向かった。

 私はこの時を待っていたのだ。何せ脱衣所がないのだから。断れば気を遣ってくれるだろうが、みんなにこれ以上迷惑はかけられないだろう。別に寝静まってから入れば良いのだし。


 こっそり抜け出して購入したポーションの小瓶を見つめた。やっと背中の傷を癒すことができる。

 血で張り付いたサラシを取り去って、ポーションを振りかけた。みるみる傷が癒えていくのがわかる。


(そこまで深い傷じゃなくて良かった)


 これでようやくお風呂を堪能することができると気持ちが弾む。


(私だって、ゆっくりお風呂に入りたかったもんね)


 この宿は各部屋に温泉を引いているのだ。

 贅沢すぎる時間にうっとりする。


(長湯しすぎたかしら…)


 傷が治ったので、調子に乗ってしまった。少しのぼせている。

 流石にそろそろ出ようかなと思って湯船から出ると、ガチャリと扉が開いた。


「え?」

「ん?」

「っっっ!!!!」


 フリックがドアを開けたのだ。私は動揺してその場にしゃがみ込んだ。


(どうしよう!どうしよう!)


「ばーか、お前の裸なんか見ていちいち欲情するかよ!早く服着ろ!」

「えっと…えっと…」


(どうすれば良い?あれ?まず身体を拭いて…)


 ぐるぐると思考が定まらない。ほとんど泣きそうになりながら、身体を硬くする。

 ため息が聞こえて来たので、更に身体を硬くした。

 けれど、フリックは冷静にタオルを渡してくれた。それから、


「悪い、お前がいるとは思わなくて」


 と言った。

 無言で身体を拭いて、ドキドキしている鼓動を静める。


「…おい、なんだ、それ…」

「え?あっ…」


 フリックは、血だらけのサラシと空になったポーションの小瓶を指差して、それから私を見た。


「これは……」

「怪我してたのか。なぜ黙っていた」

「だ、って…ポーションがなくて…怪我をした、ポーションがないなんて言ったら、みんなをいたずらに不快な気持ちにさせてしまうでしょう?」


 突然フリックが浴室の扉を殴った。ドカッ!とすごい音がする。

 レントから「フガッ!」と声が聞こえてきた。一瞬だけ止まったいびきは、しばらくすると再開された。


「……ばかやろうが」

「ご、ごめんなさい」


 俯いたまま、顔を上げることができない。

 フリックの表情を伺うことができない。


「怪我したのはどこだ」

「背中、です…」

「見せてみろ」


 躊躇ったけれど、フリックに他意などあるわけがないので、ゆっくり背中を向けた。タオルで隠しているものの、抵抗感は否めない。

 ラピの言う通り、私は女に見られていない。これはケガの確認をするだけの…

 す、と指が背中を滑る。


「…綺麗に治っている。痕に残らなくて良かった」

「私の身体に痕が残っても何も問題ない、わ」

「馬鹿を言うな、お前は女性で…公爵令嬢だ」

「今の私は聖女様をお守りする、勇者で…」

「ん?肩の傷は痕が残ってしまったのか」


 それは神殿に着いたらラピに治してもらおうと思った怪我。結局痕になってしまった。


「やだ、フリック。気にしないで」


 彼は無言のまま、部屋に戻ってしまった。

 宿の部屋着に着替えて戻ると、フリックは既に布団の中で眠っていた。

 何度も逡巡してから、フリックが眠る隣に寝転がる。なんだか悪いことをしているみたいに、やましい気持ちが押し寄せる。


 なるべく端に寄るけれど、それでも体の一部が触れる。

 フリックは眠れているみたいだけれど(※全然眠れていません)私が起きてたら、どうしてもモゾモゾ動いて起こしてしまかもしれない。


(羊でも数えようかな…)


「羊が一匹…羊がにひ…き…ぐう…」


 この時、あまりの就寝の早さに、フリックが内心ずっこけたのを知ったのは、随分後になってからである。







 翌朝、目覚めると既にフリックは食堂に降りていたらしい。ベッドの隣は空だった。私も顔を洗ってから、すぐに食堂へ降りる。


「聞いてくれよ!レントのやつ、デカいくせに寝相も悪いもんだから、何度もベッドから落とされたんだよ!」

「そうみたいだな。その度に何度も文句を言っていたのを聞いた」


 私は、パンとミルクの乗ったお盆を持って、ディエゴの隣に座った。


「災難だったわね…あれ?フリック、なんだかクマがすごいわよ?」

「ほっといてくれ」

「ごめん、私のいびきうるさかった?」

「〜〜〜っっ!!!」

「ちょっと、フリック!?」


 グビグビとオレンジジュースを飲み干すと、袖で拭ってさっさと部屋へ戻っていってしまった。


「可哀想に、フリック…」

「え?なにが?何か悪いことした?」

「大丈夫だよ、メイリーちゃんのせいじゃないから」


 うんうん、とディエゴは独りごちていた。

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