第13話最後のポーション
必要以上に彼らと関わるのを止めよう。
この冒険を、誰も死ぬことなく終わらせることが私に課せられた使命だ。
談笑している彼らの横で、焚き火に枝を突っ込んだ。
「メイリー、見回りに行くぞ」
「え、私?」
「……早くしろ」
フリックに腕を掴まれ、ぐいぐいと引っ張られる。
動揺と苛立ちで、その腕を振り解いた。
「自分で歩けるから」
「…お前、残りのポーションはいくつだ?」
「多めに買ったけれど、あと四つしかないわね」
「そうか…」
「まあ、足手纏いにならないよう、頑張る……」
言い切る前に、フリックが私をきつく抱きしめた。
突然のことに体が強張る。指先までも硬直して動かせない。
「や、やめて!離して!離してよ!」
けれど、フリックは腕の力を強くする。
私は何とかフリックを突き飛ばした。
「何のつもり!?随分と見境がなくなったわね!?ああ、それともラピと間違えた?」
再度腕を掴まれて、胸に引き寄せられる。
「良い加減に…!」
「気が…触れてしまいそうだ…」
「え…?」
騒音のような虫の騒めきが、急に止んだ。
海の底に沈み切ったような静寂に耐えきれなくなる。
なぜ何も言わないのだろう。
「…なにが、あったの…?」
けれど、フリックはそれ以降口を噤んで、私のことをしっかり抱いたまま離さなかった。
私の髪を撫で、言葉にならないくぐもった声がしたかと思うと、ぎゅっと拳を握っていた。
翌朝は、随分と早くに目が覚めた。まだみんなは夢の中らしい。これはチャンスだ。寝ぼけ眼を覚まそうと、池で水浴びをした。
至る所に傷がある。ポーションに限りがある今、少々の傷は目を瞑るしかない。
水浴びは眠気覚ましに丁度いい。加えて、早朝から動き出す魔物はそう多くないのだ。
(さて、そろそろ出ようかな)
とそう思った時、ガサっと音がした。慌てて剣を持ち、身構える。
「誰!?」
そこには、顔を洗いに来たらしいフリックの姿があった。彼は時間魔法でもかけられたかのように止まっている。
「なんだ、フリックか…びっくりした…」
「お、お前……」
「ん?あっ!!!!」
私は自分が裸だったことをすっかり忘れていた。慌てて水に体を沈める。
呆れられただろうか。
(どうか早く去って!)
「…悪い…後ろを向いているから、早く着替えてくれ」
「あ、う、うん」
なるべく手短に着替えて、フリックに声をかけた。
「ごめんごめん、お待たせ!その…お目汚しを失礼しました…」
「髪が…」
「?」
「髪が濡れている」
フワッとタオルに包まれて、わしわしと頭を拭き上げられた。
「っ!わっわっ!!」
「ほら、もう行って良い」
「サンキュ…」
「おう」
戻りつつ何度か振り返ると、フリックは顔に手を当てて、暫く動かなかった。
(なぜ、距離を取ろうとすると、近寄ってくるの。思い切り意味がわからない…)
そんな思いに少々イライラしていると、なぜ自分がイライラしなければならないのかと思い至る。
あれはきっと偶々、偶然。気まぐれ。意味なんかないんだ。
そう言い聞かせて山道を進んだ。
(ひとつ山を越えた。あともうひとつこの山を越えれば、ザダクの街に着く)
そこではポーションが買える。いよいよ故郷まで残りわずかとなれば、多少気持ちも違うだろう。
(この山を越えればザダク、この山を越えればザダク…)
勇気づけるように、何度も心の中でそう唱えた。
「グルルル」
(この山を越えればザダク…この山を越えれば…ん?)
「グルルルって?」
そこには、なんとも美しいユニコーンが私たちの前に立ちはだかっていた。
「ブルブルブル」
「いけない、興奮しているみたいだわ!」
ユニコーンは何度も蹄を踏みつけるような仕草をした。
その時、なぜか急にラピが走り出した。
「すごーい!ユニコーンよ!!私背中に乗ってみたいわ!!」
「おい!やめろラピ!!退がれ!!」
「やあね。私、乗馬は得意なのよ!聖女とユニコーンなんて、素敵じゃない?」
ラピは臆することなくユニコーンに近づいて、驚くことにその頭をポンポンと撫でた。それからぎゅうと抱きしめたのだ。
ユニコーンは、前足で空中を掻くと、大きな声で嘶いた。
「きゃあああああ!!!」
ラピは振り払われて、地面に転がった。見るからに、完全に怒り狂っている。
「ラピ様!!」
そのまま、角でラピを貫こうとした。私は考えるより先に駆け出し、ラピを抱えた。
「ぐっ!!!」
背中を掠めた角は、甲冑もろとも背中を抉った。
「何するのよ!痛いじゃない!!」
「…危ないですから、木の後ろにでも隠れていて…ください…うっ!!」
ラピが私の様子に気がついて、言葉に詰まると、大人しく木の後ろに隠れた。
「ヒイイイィィン!!!!」
ユニコーンの悲鳴が聞こえる。見れば、ディエゴの矢がユニコーンの右足に命中していた。
それでもなおユニコーンはラピ目掛けて突進した。
木の影で「何とかしなさいよ!!」と、わあわあ喚く。
何度も何度も突進を繰り返した角は、木を抉り、致命傷ではないにせよ、ラピの身体を確実に傷つけていった。
「ひっ!!!痛いよお!!!助けて!!!」
「くっそおおおぉぉ!!!」
レントが勢いよく飛び出し、ユニコーンに槍を突き刺そうとした時、後ろ足で蹴られ、ものすごい勢いで飛ばされてしまった。
岩に頭をぶつけたレントは昏倒した。
「レント!!!!」
「きゃあああああ!!!!」
見れば、ユニコーンは数歩退がって、何度も頭を振っている。
それから勢い任せにラピが隠れる木へと猛突進した。
(私の身を盾にするしか方法がない!!)
そう思った私は、木の前で剣を構えた。
(来る!!)
「メイリー!!!くっ!!サンダーストーム!!!」
魔法の雷はユニコーンに命中したが、大きな翼で防がれて、その衝撃は霧散した。
「そんな…嘘だろ…」
フリックが駆け出した時、私の眼前まで来たユニコーンは、なぜか歩みを止める。
それから、ゆっくりと頭を下げた。
「え?なに?」
「ブルルルル…」
私の小脇に顔を埋めると、ゴシゴシと擦るような仕草をした。
恐る恐る、鼻先を撫でてみる。
すると、驚くべきことに、ユニコーンは前足を折ってゆっくりと座った。
フリックとディエゴが駆け寄ろうとしたのを、片手で制する。
「あなた、もしかして攻撃するつもりはなかったの?ごめんなさいね、怒らせるようなことをして」
うっとりとしたユニコーンは、私の膝を枕にして、やがてそのまま静かに眠った。
「おい、まさかとは思うけど…」
「いや、そうなんだろう…」
そんな様子を見ていたフリックとディエゴは、固唾を飲んで静かに、けれど攻撃の姿勢を崩さず見守っていた。
私はそっとユニコーンのそばを離れると、後ろに隠れていたラピを確認する。
(気を失っている…)
見たところ、命に別状はなさそうだ。となると、レントが心配だが…。
「おい!レント!」
「頭を打っているぞ」
レントは打ちどころが悪かったのか、頭から出血していた。
「ラピちゃんは!?」
「気絶しているわ…」
「じ、じゃあ…」
「出血の量が多い。ラピの回復を待ってはいられないわね。すぐにレントにポーションを使いましょう」
「で、でも…それじゃあメイリーちゃんが…」
「?私が?…ごめん、ディエゴ、その体制のままレントを抱えていてくれる?彼、重いと思うけど」
「あ、ああ…分かったよ」
「フリック、このポーションをラピに使ってあげて」
後ろ手に、フリックへ手渡した。
けれど、なかなか受け取ってくれないので、振り向き急かした。
「フリック、早く…」
「っ……」
「使ってあげて、お願い」
「分かった…」
フリックは気を失っている聖女の元へ駆け寄った。
「ラピ!!ラピ、早く起きてくれ!!早く!!!」
ポーションで傷の癒えた聖女の頬を叩いているのを見て、私は口元に人差し指を立てる。
「静かにしてっユニコーン、起きちゃう!」
と窘めると、彼は何とも言えない表情でこちらを見ている。
私は最後のポーションをレントに振りかけた。
うっすらと目を開けたレントは、僅かに呻く。
焦点の定まらぬ目で私をみると「メイリー、」とだけ言った。
「大丈夫?あなた、頭に大怪我を負ったのよ。傷は塞がったけれど、少し休んだ方がいいわ」
ラピが気を失っているのを見ると、ほとんど泣きそうな顔で小鼻を膨らませた。
「…っ…すまねぇ」
レントは両手で目を覆った。
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