第8話魔窟にて〜バジリスク戦〜

 翌朝、ころころという鈴が転がるような小さな笑い声が耳をくすぐったので目が覚めた。


 昨夜は交代で見張りをしたが、特に魔物が現れなかったのは幸いだった。


 大きなあくびをして目を擦ると、散々おねだりしてフリックの腕枕をゲットしたラピが、何やら寝転がって彼と笑い合っている。


(何?)


 ふと見ると、ラピがフリックの鼻を触ったり、フリックがラピの髪を撫でたりしているではないか。


 どきり、とした。

 見てはいけないと思いつつも、何か見間違いではないかと葛藤する内に目線を逸らせなくなってしまう。けれどそれはどんなに頑張って良いように解釈しようとしても、いちゃついているようにしか見えない。


(何をやっているの、この人たち)


 わざと大きな音を立てて立ち上がると、川へ向かって走った。


「……」

「なあにー?あれー」


 冷たい川の水で、ばしゃばしゃと顔を洗う。

 息が上がって、その度に何度も胸を押さえた。


(どうかしてる、別に二人がどうなろうと私には関係ないじゃない。何を一人で傷ついて…)


「えっ…?」


(私、傷ついているの?何に?)


 暫く呆然と両手のひらを見つめていたが、ハッとして頬を叩いた。


(気を引き締めなければ)


 メンバーの元に戻ると、昨日よりご機嫌なラピと、いつも通りの三人の姿があった。

 これからまたあの魔窟に向かうのだ。いちいち自分の気持ちに耳をすませて聞いてなどいられない。今は、がむしゃらに進むしかないのだ。

 気を取り直して、一路緊張感漂う魔窟へと足を踏み入れた。


 私が先頭を切る。足元が悪いからと、体躯のいいレントがラピを担ぐことになった。

 その後ろをディエゴとフリックが続く。


(あの妖魔が居たところだわ…)


 ディエゴは顔を青くして辺りを警戒している。

 そこにあったはずの妖魔の死骸はない。けれど、地面が紫色に変色していて、そこに死骸があったのだろうことだけは分かる。


(死んで消えたのか、魔物の餌になったのか…)


 それを横目に出口を目指して、足早に進んだ。


(レントには悪いけれど、ラピを担いでくれて助かった。ここで歩みを止めるのは危険すぎる)


「ねー、まだ出口じゃないの!?いつになったら出られるの!?不気味すぎて気がおかしくなりそうよ!」


 ラピの大声が洞窟内に反響した。


「ラピ様、お願いですから、魔物を刺激しないでください。そのように大声を出されては、悪戯に我々の居所を報せることになります」

「このっっ!!!」


 激昂したラピをディエゴが宥める。


「ラピちゃん、ここを抜ければすぐ村があるんだ。ラピちゃんはお酒、飲めるかい?」

「私はぁ、飲めなくないけどぉ、酔うとちょっと面倒くさくなっちゃうの。でもお酒は好きよ」


(ああ、そうですか…今も面倒くさいですけどね…)


「それは良かった。地ビールが有名でね」

「えー、私ビール飲めなーい」


 声を荒げなければ、もうなんでも良い。

 そう思っていると、ポシャッと水滴が腕に落ちた。

 その水滴は蒸気を上げて、みるみるうちに籠手が腐食していった。


「ッッッ!!!!!」


 剣を上げて、みんなに魔物が来たことを知らせる。

 ザザッと後退し、籠手を引き抜いて投げ捨てる。

 シュウシュウと煙が上がって、やがて朽ちてしまった。


「き、きゃあああああ!!!」


 ラピの叫び声に上を向くと、バジリスクが私たちを上から覗き込んでいた。

 レントが退がり、ラピを岩陰に座らせた。


 バジリスクの喉の奥からググッと篭った音が聞こえる。


「みんな!毒だわ!避けて!」


 カッと吐き出された液体を躱わす。

 バシャっと緑色の液体がかかった岩はシュウシュウと蒸気を上げている。


「い、いやああああ!」


 ラピのすぐ側まで液体が跳ねて、岩を溶かした。


「ラピ!」


 フリックがすぐさまラピの元に行き、安全を確認した。


「怖い!!フリック!!!」

「大丈夫だ、ここにいろ」


 ディエゴが放つ矢が、バジリスクの顔を掠めた。続く二発目が左目を射抜く。


『キエエエエッッ!!』


「さすがディエゴ!!次は俺の槍を喰らえぇ!」


 レントの槍は、下顎から上顎へと突き刺さる。

 口が塞がれたバジリスクは、混乱してバタバタともがき始めた。

 レントに親指を突き立てると、彼も拳を突き出した。


(これで暫く毒は出せないかしら)


 私は、地の構えに転じる。

 フリックが詠唱を始めた。


「ブリザードエッジ!」


 凍てつく氷の魔剣となったフェンネルの剣を、バジリスク目掛けて袈裟懸けに振り下ろす。


「やああああ!!!!」


 バジリスクは長い爪がついた左手で私を払いのけたので、岩壁まで飛ばされてしまった。

「ゔっ!!!」背中にものすごい衝撃を感じる。


「くっそー…!」


(あれ?)


 足に力が入らない。見れば、さっき籠手を取り去った腕に傷がついている。


(爪で抉られたのね…)


 突然、腕からブシュッと出血した。どくどくと脈に合わせて血が吹き出す。


「メイリーちゃん?おい、どうした?」

「くっ…」


(まさか!爪にも毒が…!!!)


 ぐらぐらと定まらぬ視界。

 ぐっと足に力を込めて立ち上がった。


「フェンネルの剣よ…私に力を貸して…」


 ふわっと風を感じる。

 誰かが私に乗り移ったみたいに、身体はまるで羽が生えたように軽く、感じたことのないほどのスピードでバジリスクを切り倒した。


「メイリー!」「メイリーちゃん!」


 刀を納めると、ふっと力が抜ける。駆け寄ってくる仲間を振り返り、ニカッと笑ってピースした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る