第7話女を捨ててる感じ(笑)
ラピはにこにこしながら、フリックに話しかけている。
(あれ…王太子と婚約してるんだよね!?)
きゅるんと体をくねらせて、ガラス玉の潤んだ瞳で見つめてはしつこく絡んでいる。
「ねーえ、フリックってさ、どんな魔法が使えるの?見てみたーい」
「この先魔物が数え切れないくらい出てくるんだから、飽きるほど見れるだろ」
「んー、じゃあー、鳩出してよ!」
「…それは魔法じゃないだろ…」
「ねー!なんでも良いからなんかやってよ!」
「ふざけるな。そんなしょうもないことに魔力を消費してられるか」
「つまんないのー」
ラピは切り株の上に腰掛けて、またワガママが始まった。
もう、今日何度目だろう。
「ねーえー、疲れたんだけど。もう歩けないわ。誰か担いで歩いてよ」
「あの、聖女様…。皆長旅で疲れております。どうか、我慢して歩いていただけませんか…」
仕方なく窘めた私が心底気に食わぬのだろう。
残り少ない水筒の飲み水を、跪く私の頭から思い切りかけた。
自尊心を抉られるようだ。
(こういう時、腹も立たないんだな)
「あーあ、無くなっちゃった。あなたの所為だわ、メイリー。汲んできてちょうだい」
「……わかりました」
水筒を持ち、川に向かって一人歩き出した時だった。
フリックが私の前に立ち、水筒を取り上げた。
「お前は行かなくて良い。…ラピ。お前が行けよ」
「は?はあ?魔物に遭遇したらどうするのよ!?」
「水をわざと溢したのは誰だ?」
「だから?私は聖女なの。あなた達はその護衛。私をみすみす危険に晒したと王太子に告げ口してやるわよ!」
「……わかった、もう良い。おい、レント、ディエゴ。聖女様を見張ってろ」
フリックは私の腕を取ると、水源に向かって大股で歩き出した。
襟足だけが長い黒い髪の毛が、木漏れ日に光っている。
(髪、私よりフリックのほうが長いんだ)
なぜが胸がズキリと痛んだ。
ラピに言われた言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
『短く切っちゃって、女捨ててる感じ』
確かにそうなのかも知れない。剣術ばかりで、女性らしいことなど、何かして来ただろうか。
俯き歩いていると、前を進んでいるフリックが、こちらを振り返ることなく
「気にするな。送り届ければその後関わることもなくなる。それから…もし何かあったとしても、今までの冒険で得た絆を忘れるな」
と言った。
私は、投げかけられた優しさに答えられず俯くしかなかった。
「きゃああああああ!!!」
ラピの悲鳴だ、瞬間的に感じ取る。
フリックと二人、仲間の元に駆け戻った。
「どうした!」
「あっ…」
それは、巨大なグリフォンだった。
レントとディエゴがラピを守りながら、魔物を牽制していた。
見れば、グリフォンの毛が逆立っている。恐らく雷属性だろう。それを見てとったフリックが詠唱を始めた。
「ウォーターインパクト!!!」
巨大な水の渦がグリフォンを飲み込んだ。
耳を劈くような奇声が上がる。
グリフォンは空高く舞い上がり、上空を羽ばたき始めた。
私はラピを後ろに隠しながら、火の構えで迎撃に備えた。
けれど、グリフォンはそれを見て、私に雷魔法を喰らわせる。
ズン、と身体中を衝撃が駆け巡った。
「くっ!!!」
なんとか持ち堪えることができたが、長期戦が難しくなったと悟る。
ディエゴが木々の中に紛れ、そこから矢を三連放った。
右翼に二発、胸に一発命中する。
グリフォンは何度も奇声を上げながら、下降した。
すかさず、レントが重い槍を天に投げる。今度は首を掠めた。
大量の出血が辺りを血に染める。
更に下降したグリフォンに向かって、私は跳躍した。
「あっちょっと!」
誰が自分の盾になるんだと言わんばかりのラピを下に見て、グリフォンの背に着地した。
私は躊躇うことなく、グリフォンの頭に剣を突き刺すと、断末魔もなくグリフォンは地に落ちた。
何回転かして、着陸すると、みんなが肩で息をしている。
思い切り魔法を食らった私は膝をつき、立ち上がることができなくなってしまった。
「メイリーちゃん!!ああ…か、かなりダメージを喰らってる…」
ディエゴが私の肩に手を乗せて、ラピに懇願した。
「ラピちゃん、メイリーちゃんを回復してあげてくれないか」
「嫌よ。だってあれ、すっごく疲れるのよ?ポーション持ってるんでしょ?自分でなんとかしなさいよ」
「そんな…くっそ!なにが聖女…」
掴みかかる勢いのディエゴを抑えて、首を振った。
「ありがとう、ポーションを使わせて…」
「あ、ああ、勿論だ」
ディエゴが私にポーションを振りかけてくれる。
(ヴェーダの村でポーションが買えないと分かった時、ザダクの街に戻れば良かった…)
今更後悔しても遅過ぎる。けれど、何度も慎重になるに越したことはなかったのにと自分を責めた。
なにしろ、次に立ち寄るヴェーダの村では、ポーションの調達が望めないのだ。
しかも、この様子だと、ラピがチェックポイント作戦に協力してくれるとは思えない。
(嘘でしょう、これから魔窟に入るというのに…このペースでポーションを消費していたら…本当に誰か死んでしまう…)
太陽が、もう随分と西に傾いている。間も無く日暮れ。このまま魔窟に入れば、本当に命を取られかねないだろう。夜の魔物は一層危険であるからだ。
フリックがため息をついて「仕方ない、今日はここで野宿だ」と言うと、ラピはほとんど半狂乱になって抗議した。
「えええっ!絶対嫌よ!お風呂は?ご飯は?ベッドは?」
「風呂に入りたければ、川で水でも浴びればいい。安心しろ、護衛はつけてやる。飯は干し肉、ベッドが欲しけりゃ葉っぱでも集めてこい」
全員が慣れたように荷物を置いて、火を起こし始めたのを見て、ラピは元来た道を歩き出した。
私はギョッとして引き止める。
「どこへ行くと言うの!?危ないわ!」
「神殿に戻って眠るから、翌朝また迎えに来てちょうだい」
「けれど、これから野宿は珍しいことではなくなります!」
「ふざけないでよ!ならアンタがなんとかしなさいよ!」
「な、なんとかって…言われても…城に辿り着かなければ…」
「じゃあなぜさっさと進まないわけ!!?」
(貴方のわがままで、進まなかったんでしょうに!)
本当なら、今日中に魔窟を抜けて、ヴェーダの村で一泊する予定だったのだ。
疲れた、休みたい、フリックおんぶして…その繰り返し。聞き飽きた。
「ラピ、今日のところは…」
「無礼よ!アンタは私のことをラピ様と呼びなさい!私は聖女なのよ!?敬いなさいよ!」
敬ったって回復なんてしてくれないくせに、何のために敬うというのかという気持ちをぐっと殺した。
「ラピ、様…そのお願いですから」
「……じゃあ、フリックが腕枕してくれるなら野宿してあげる」
ご指名を受けたフリックはギョッとしていたが、みんなが頼むという視線を送ったので、仕方なく了承することとなった。
それからすぐに夜は更け、それぞれが干し肉をつまんだ。満腹とは言えないけれど、食べられるだけありがたい。
すぐに食べ終わった男性陣が立ち上がった。
「僕たちは三人で辺りを見回ってくる。二人は火から離れるなよ」
「分かったわ、お願いね」
ラピがげんなりしながら、干し肉を手で弄んでいる。
整った顔が炎で明るく照らされていた。
「…ねえ、アンタ。あの三人の誰かと早速恋に落ちたりしたの?」
「そ、そんなんじゃありません…!私たちは冒険を共にする仲間で…」
なぜフリックの顔が浮かぶのだろう。思い切り思考を振り払った。
ラピは、くすっと笑って言った。
「それはそうよね!なんだっけアンタの名前…メイリーだっけ?全然女の子らしくないもの。男の中に女一人で旅なんて、普通何かあっても不思議はないと思うけれど、メイリーには該当しないわよね!ふふふ、可笑しい」
私は、私たちは、聖女を護衛するために冒険に出たパーティメンバーだ。
私だけならまだしも、仲間達まで侮辱するなんて許せなかった。
「ラピ様、お言葉ですが…」
言いかけたところで、男性陣達が戻って来た。
レントがやれやれという様子で、どっかりと腰を下ろした。
「特に変わった様子はなかったぞ。ん?なんかあったのか?」
「別に…なんでもないわ」
「ったく、お前は相変わらず可愛げがねぇな」
(え!?)
急にどうしてしまったのだろうか。自分の耳を疑った。
「レント?」
言いかけたが、聖女の声が反芻される。
『短く切っちゃって、女捨ててる感じ』
(私は、この任務を全うするだけ、それだけよ。今は私の身なりや見た目など、どうでも良いことだわ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます