第6話聖女・ラピ

 光の神殿は魔物を寄せ付けない。周囲は花々で囲まれ、一つの街が形成されている。

 行き交う人々は皆、神に使えし神職の者たちだ。


 私たちが足を踏み入れると、人々は立ち止まり、無言で手を前に組み合わせ深く深く頭を下げた。


 清浄な空気と豊かな環境。王都から遥か離れた山の向こうにあるとは思えないほどに、全てが整備されているように感じる。


(まるで、一つの国だ)


 遥か古の時代では、今のように魔物が凶暴ではなく穏やかだったという。人間と魔物が共生できたその黄金の時代は、王都と神殿の間に今では考えられないほど多くの往来があり、その分人々の心も生活も豊かだったと聞く。


 たくさんの木々に囲まれた巨大な神殿の扉の前に立つと、まるで意思があるかのようにその扉がひとりでに開いた。


 恐る恐る、一歩、足を踏みれる。


『勇者様御一行、ご苦労様でございました。どうぞ中までそのままお進みください』


 どこから響いているものか、建物全体から声が聞こえる。それは何度も反響を繰り返し、やがて止んだ。

 みんなキョロキョロと落ち着きなく見回しながら進んでいる。

 建物の外からは、白い外壁のように見えたのに、内部からは全てが玻璃のように透き通っていて、草木で覆われた美しい自然の中にいるみたいに感じられる。


 チラッとディエゴを見ると、普通に歩いているので、私はやっと心配の糸を緩めることができた。怪我は大丈夫そうである。


 神殿の最深部に辿り着くと、一筋の光が美しいベールを纏った女性を照らしていた。

 はっと息を飲む。何という美しさだろう。

 瞼を閉じたその人の横顔は、天使の祝福と誉めそやされた聖女の噂を違えなかった。

 ディエゴは、「うっわ、超美人…」などと言っている。私は失礼な仲間を肘で小突いた。


「…よくいらっしゃいました。道中、さぞ大変でしたでしょう」


 ゆっくりと瞼を開けた聖女は、ガラス玉のような大きな瞳で私たちをしっかり見た。

 音もなく立ち上がり、羽のようにこちらに向かってくる。白い独特な衣装は、空気をよく孕む。


 それから、しっかりとフリックの手を握って言った。


「私は聖女・ラピ。あなたが勇者様ですね。なんと英俊な出たちでしょう」

「えっ…」


 フリックは戸惑い

「すまないが、僕は勇者じゃない」

と言って魔法使い特有の杖を聖女の眼前に示した。


「えーっと…じゃあ……」

明らかに肩を落として、今度はディエゴの手を握った。


「あなたが、勇者様?まあまあ、なんと…朗らかそうなお方…」

「いや…俺は弓使いです…」


 ディエゴは、背に負った弓矢を親指で示した。

 聖女は「えっ」と言って、レントを見た。


「じゃあ、あなたが勇者なのね、随分勇猛そうで…」

「……俺はランサーだ」


 レントが槍を差し出すと、明らかに困惑している。というか、狼狽している。


「……あのねぇ…っ!なんなの?勇者じゃないなら、アンタ達何しに来た訳ぇ!?」


 突然沸点に達した聖女・ラピは、その美しい顔を歪めた。激昂は尚も続く。


「それとも、あ!神殿だ!無料で回復してもらお⭐︎ラッキー!とか思って来ちゃったの!?迷惑なのよねぇ、そういうの!ちゃんとポーション買ってちょうだい!すぐそこの店で売ってるから!全く!」


 ふん!とそっぽを向くと、チラッとこちらを再度振り向いて、じろじろと品定めするようにフリックを見た。


「あなた、魔法使いの。あなたは回復してあげてもいいわよ。カッコいいから」

「はあ…それなら、コイツを回復してやってくれ。肩に傷を負っている」


 ぐい、と私を聖女の前に差し出した。


(フリック、気付いてたの)


 私に対して、聖女・ラピはなぜか嫌悪感を隠さなかった。


「は?女?うーわ、髪も短くしちゃって。女を捨ててる感じねぇ、惨めねぇ、可哀想に。同情するわぁ。でも回復するのは嫌よ。私は女を回復してあげる趣味はないの。残念だったわね」


(またとんでもない人が聖女に選ばれたな…)


 とはいえ、この人を城まで無事に送り届けなければならないのだ。


「なによ、その目。気に入らないわね。良い?私は王太子殿下の婚約者なのよぉ?ゆくゆくはこの国の王妃になるのよ!?アンタ、名前なんて言うの!?覚えててあげるわ!それで私が王太子妃になったら、真っ先に処刑するように殿下に頼んであげる!」


 会話すらしていないというのに、とんでもなく嫌われてしまった。

 ラピは更に声を荒げる。


「早く名乗りなさいよ!!」

「勇者・メイリーです…」

「ふん、しょうもない名前…。……は?…アンタ、今なんて言った?」


 私はぺこりと頭を下げた。こんな時、公爵令嬢としての私はカーテシーで挨拶するのだけれど、今の私は鎧に身を包んだ、勇者だ。


「申し遅れました、聖女・ラピ様。勇者・メイリーでございます」

「う、うそよ…うそだわ!私は…かっこいい勇者様にお城まで守ってもらって…」

「嘘などではございません。これがその証、勇者・フェンネルの剣でございます」


 へたり、と尻餅をついたラピは溢れんばかりに大きく開いた目で私を見上げている。


「ッッッ冗談じゃないわ!!!こんなの認めない!!!お城にも行かない!!!戻って勇者を選び直してって伝えてよ!!!」


 すごい剣幕に耳を塞ぐと、どこからか現れた老人が、ラピを窘めた。


「これ、ラピ。滅多なことを言うもんではないわい」

「神官長様!だって酷いのよ!」


 ラピは、ギャーギャーと食ってかかっているが、神官長は慣れているのかただ笑っている。


「皆さん、せっかく来て頂いたのに、すみませんの。なにせ、この美しさでしょう?みーんなに、やれなんだかんだと甘やかされておるのですわ。全く困ったものです。ほっほっほ」


(全然笑い事じゃないんだけど…)


 神官長は、なんとかラピの機嫌を直そうとしている。もしくは、さっさと出て行って欲しいのかもしれなかった。


「ほれ、王太子殿下との結婚が遅くなったらお前も嫌じゃろう?」

「それは…そうだけど…」

「今までのようなわがままは城では通じんぞ?いよいよ改めんと、そのうち王太子殿下に嫌われてしまうかもしらん」

「そんなことないわ!殿下の前でこんな姿を見せるほど馬鹿じゃないもの」

「しかし、勇者を選び直せというなら、それはお前の品格を疑われるじゃろうに」

「それは…そうかもしれないけれど…」


 そんなわけで、渋々同行することとなった聖女を連れて、元来た道を引き返した。


「そうだ、出立の前に皆さんを回復して差し上げなさい」


 神官長にそう言われて、仏頂面で三人を回復したけれど、遂に私を回復してくれることはなかった。

 先々の不安を抱えて、フリックは眉を顰めているが、しかしやはりディエゴやレントは聖女の同行にちょっとだけ浮き足立っている。


 そんな訳で、私だけはポーションを購入して回復することとなった。

 神殿のショップでは、ポーションの値段が定められていない。払う金額はあくまで購入者側のお気持ちなのである。でもなんとなく気が引けて、結局は街や村で売っている金額と同じ金額を支払った。

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