第5話魔窟にて〜妖魔戦〜

 魔窟の出口まで間も無くだ。

 ごつごつとした岩に足をとられる。

 なるべくポーションを使わない様に歩いてきたが、それでも残りはあと一つとなった。


(大丈夫、神殿に辿り着けば聖女様がいる…!!)


 その気持ちだけが疲れた足を動かした。

 みんなが閉口し、ただずっと先にある光を目指して突き進んでいく。


 この魔窟の魔物は強さが桁違いだ。冒険で何度も倒してきたオーガでさえ、すんなり倒すのが難しくなってきている。


(今なら、あの時のフリックの気持ちがわかる)


 さっき戦った魔物に肩を切られてしまったけれど、言い出すことができない。

 多分みんなもそうなのだろう。きっとどこかしら怪我をしている。それでも口を噤んでただただ前に進んでいた。


 強い光が差し込む。眩しくて手を翳した。

 ようやく出口が…


(?)


 ディエゴが一目散に駆け出した。


「さあ、出口だ!」

「っっ!!危ない!」

「え?」


 何が起こったのか分からない。けれど、なにかがディエゴの足を貫いている。


「きゃああああ!ディエゴ!!」


 ディエゴは、思い切り顔を歪ませて、出血を抑えながら倒れ込んだ。


「くっそ!」


 希望だったはずの光がゆっくり動く。


『あああ、躱されちゃったかぁ』


 なんだ、この魔物は。光は徐々に消えていく。

 よく見ればそれはヒト型の妖魔だった。魔窟の出口かと見紛うばかりの閃光は、私たちのような冒険者を幾度となく陥れてきたのだろう。

 レントが片腕でディエゴを抱き抱えると、すぐに後ろに後退した。


「この妖魔はフリックと私に任せて!レントは刺されたところを圧迫して止血して!!!お願いよ!!!」

『お前、うるさいな…』


 信じられないくらいに腕が伸びて、私の頬を掠めた。

 たら、と血が垂れる。


(腕が鎌の様になっているのね…厄介だわ)


 正眼の構えから、じりじりと間合いを詰める。

 一方フリックは、私に集中している妖魔から可能な限り隠れたところに移動した。


(そう、それで良いわ…)


 今までの魔物のように、無闇に攻撃してこない。この魔物が理性で動いていることが分かる。

 私はわざと大声を出した。


「レント!!ポーションを!!ディエゴにポーションを使って!!!」

「…け、けどよ…こんな魔物がウヨウヨいるんだぞ!!それこそこの先どうなるか…」

「ポーションを大事にし過ぎて命を落としたら、どうするのよ!」

「くそっ!わかったよ!!!」


 そんなやりとりを見て、魔物は体を震わせた。


『お前、さっきからうるさいんだよ!』


 右手の一刀を確実に躱して、左手の二刀目を剣でいなし、全身のバネを使って半回転、妖魔の懐に潜り込んだ。

 一気に剣を突き上げる。


 キイイィィィン!!!


(硬い!!!)


 全く歯が立たない。

 上から私を覗き込んだ妖魔が、カッと口を開けた。

(まずい!)瞬間的に思って、顎に向けて拳を突き上げた。

 ゴン、と鈍い音がする。

 妖魔がよろめいた隙をついて、再び間合いを取った。


 チラッとフリックを見ると、頷いているのが見えた。

 私は正眼の構えから脇構えに転じる。


『クックック…戦いを放棄したか?ガラ空きだ!!』


 フリックがポソポソと詠唱を始め、私の剣に光の力が宿った。

 脇に隠した剣は仄かに光を帯びる。


「うあああああっっ!!!」


 私は妖魔に向かって駆け出した。

 左手の鎌が払うように目の前を横切る。ステップするように半歩後退し、ギリギリでそれを避けた。

 今度は、右手の鎌が突き刺すように襲いかかってくる。それを引き寄せて引き寄せて、眼前に切先が振り下ろされたその瞬間、私は妖魔の両腕を関節から切り落とした。


『ッッッ!!ギャアアアア!!!』


 妖魔は身体を再び硬化させる。一瞬、闇の紋章が浮かび上がった。


(やはり!)


 躊躇うことなく、妖魔を真横に真っ二つに切り裂いた。


『な、ぜ…』


 ずるっと上半身がズレたかと思うと、そのまま地面に落ち、瘴気が噴き出した。

 堪らず口元を押さえて叫ぶ。


「レント!ディエゴを抱えて走って!!」


 なんとか出口まで走り抜けて、命からがら魔窟から脱出した。

 ディエゴを木の根本に降ろす。


「みんな、すまない。俺のせいで…」

「気にすることじゃない、誰がそうなってもおかしくない状況だったんだ」


 フリックの言葉に、ディエゴは俯いている。

 レントはため息をついて、傷ついた仲間の隣に座った。


「もう走れそうか?」

「助かった。もう大丈夫だよ。それからメイリーちゃん、凄かった…君のおかげだよ」


 みんなの視線が私に集中した。


「すごいのは、フリックだわ。一瞬であの妖魔の弱点を見抜いて、私の剣に光の魔法の効果を付与して魔剣にしてくれたのだから」

「…君が臆することなく挑まなければ全員死んでいたんだ。感謝する」


 フリックが頭を下げたので、ビックリしてしまう。


「それはお互い様だわ!みんな本当にお疲れ様!」

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