第9話勇者・フェンネル
なんとか魔窟を抜け、ヴェーダの村が見えて来た。みんなが安堵の表情を浮かべる。
「地ビール!地ビール!」
ディエゴとラピがはしゃいでいるけれど、私はといえば、さっきから冷や汗が止まらない。
(これは…危ないかも…どんどん前が見えなくなる)
幸い、バジリスク以降魔物の遭遇はさほどなく、みんなはラピが、私はポーションで回復した。
まだポーションに余裕がある状態で村に着いたのは、神様に感謝である。
「お!もうすぐ村だ!チーズ!ソーセージ!」
張り切ってスキップするディエゴが私の横を通り過ぎた。
グラッ…
視界が歪む。世界が右回りに回転している。
「おい、メイリー、どうしたんだ」
「…ご、め…ん。…立てな…」
「!!っこれは…毒だ!」
フリックの声だろうか。篭っていてよく分からない。
「まさか、バジリスクの時の!?」
「腕だ!!」
「うわっ!!」
「…これは酷ぇ…」
(みんな、色々言わないで…。何が起こっているのか分からなくて…怖いわ)
「ラピ、解毒してやってくれないか?頼む」
「嫌よ。放っておけば良いんじゃない?」
「そんな…このままじゃ死…」
「おい!」
「あっ…モゴモゴ…」
「頼む、お願いだ、ラピ…!!」
「絶対嫌。勇者なんでしょ?死ぬ覚悟で来てるんでしょ?死んじゃえば良いのよ。そうしたら、ねえ、私たちだけで旅を……」
意識が、何かに引っ張られるようにどっぷりと深く深く深淵に引き摺られていった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
温かい。
足元には様々な花が咲いている。空は黄昏色だ。
いつからここにいるのだったか。
フリック達はどこだろう。はぐれてしまったのだろうか。
早く戻らなければと思うけれど、ずっとここにいたいとも思う。
「素敵な場所…」
ふわっと風が頬を撫でた。
風が来る方向に目線を向けると、誰かが花々に囲まれて座っているのが見えたので駆け寄った。
「あのう…ここはどこでしょうか?迷ってしまったみたいで…」
その人はこちらを見もせずに、やけにはっきりとした口調で言った。
「メイリー・ミュークレイ」
「えっ…どうして私の名前を?」
「どうして?愚問だな。俺様がお前を選んだんだぞ」
「私を?選んだ?」
あっ。
「…まさか…勇者・フェンネル」
「おおともさ」
「なんてこと…お会いできて光栄です」
「俺は1ミリも光栄じゃないね」
「え?あの、私…」
勇者を名乗るのが恥ずかしい程弱いのだろうか、それとも私の心が貧しいのだろうか。
俯いて、己を恥じた。
「お前が俺に会いに来るなんて、千年早い。まだ道半ばなんだろう?冒険の途中で会いに来るんじゃねえ!」
「冒険の、途中…?」
「メイリー、お前には期待してやってるんだぜ?俺たちの仲間もよ、とっくにこちらの世界に来ているはずだからずっと探してるんだけどよ、これまた全然会えねぇ。あいつらに会えたら真っ先に報告するんだ。すげえ勇者が生まれたぞって。しかも公爵令嬢なんだぜって」
「…そうだ、私、聖女様を王城に送り届けなきゃ…」
「最後まで見せてくれよ、お前の冒険を」
フェンネルが突き出した拳に、拳を合わせた。
それだけで分かる、なんて計り知れない強さを持った人なのだろう。
「本当に辛いと、もう前に進むことができないと挫けそうになったら、その剣の柄を……」
何か言っているけれど、聞き取れない。
「フェンネル様!!!」
霧がかかったようにぼんやりとして、それから何も見えなくなった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ぼやけた景色がやがて明瞭になり、目の前にいたのがフリックだと分かる。
(夢…だったのかな…)
「っ!…メイリー、目が覚めたか」
「こ…こは…?」
大袈裟なほどその身体をのけ反らせて私から離れた。
ホッとしてくれているのか、ため息なのか分からぬけれど、フリックが肩を上下させた。
「…よ、四時間おきに解毒剤を飲んでくれ。そこに置いておく。これからは自分で飲めるだろう?次は四時間後だからな。僕もまだ少し休む。…じゃあな」
「あ、ありがとう…あの…」
「…今後は解毒剤も持ち合わせておけ。…それから、自分のことすら満足に管理できないなんて、甚だ迷惑だ」
フリックは振り向かぬままそう言って出て行ってしまった。
「ごめん、なさい…」
しかし、誰が聞くでもないその謝罪は、宛もなく彷徨うだけだった。
(ここは多分、ヴェーダの村よね)
解毒剤…。ということは、本当にラピは解毒してくれなかったのだ。
調合師を探してくれたのか、それともショップにたまたま置いてあったのか。
(迷惑をかけてしまったな)
「ん?」
フリックが言った『これからは自分で飲めるだろう』とは…じゃあ誰かが私に飲ませてくれたのだろうか。どうやって?
うーん、と首を傾げてみるけれど、全然分からなかった。
サイドボードに置いてあった解毒剤の小瓶を手に取る。
『四時間おきに飲む解毒剤』それが『次は四時間後』なら、今飲んだばかりということになる。
なるほど、確かに唇が湿っていた。
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