名も知らない花

実家に帰った時、辺りは暗く、庭の様子なんて見られなかった。見ようとする心の余裕がなかったのかもしれない。

母が、「玄関の花見た?」と嬉しそうに聞いてきたが、私は目に入らなかったと応えた。


帰る時、気にして見てみると、玄関の棚には赤い薔薇の花が置いてあり、外のプランターには、名も知らない可憐な花が咲いていた。


そういえば去年の夏あたり、庭にマムシが現れてから、母は趣味の家庭菜園も放置し、プランターの花の世話も出来なくなるほどに恐怖に支配されていた。


私は蛇撃退のスプレーと予防の粉を母に送り、趣味の家庭菜園と花が生き生きとする庭作りを継続して欲しいと願ったのだ。

結局、去年は庭は荒れ放題で手付かずに終わったが、寒いシーズンのマムシがいなくなった頃、母は趣味の家庭菜園と花を始めたのだ。


私はそれに気づかず、実家へと行ったり来たりを繰り返していた。


そうだ。

私は母が花を育てて心豊かになる日常があって欲しいと願っていた。

その願いを叶えられた今も、言われるまで気づくことなくいたのだ。


「玄関の花見た?」


私に心の余裕がない時、母はそんなふうに問いかけてくれるように思う。

母の育てる花に気付かされた時、私は私を振り返るきっかけとして考えさせられ、癒されるのだ。


思えば今までに何度も、「玄関の花見た?」と聞かれてきた。


「すごい綺麗に咲いてるね!」


帰り際、私はそう応えて、しばらくその花を見ていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る