思考と空

唇が荒れる時と、顎に現れる吹き出物は、同じ理由でそこにあるのかもしれないけれど、考えてみれば正反対のものだ。


吹き出物なんて呼び方は全然かわいくないから、たまに現れる大きな腫れ物を、私は『フキ子』と呼んでいる。

 

唇は脱皮したがっているし、フキ子は私の顎に居座りたがっている。

世の中にありがちな『去る』と『来る』が、私の顔面上で行われているのだ。興味深い。

 

唇の脱皮を急ぎすぎると、当たり前だが血が出てきてしまう。

けれども早る私の心は抑えられなかった。

 

捲ると、鉄の味がした。鉄なんて食べたことはないけれど、多分鉄の味。

 

もったいないな、と思った。

 

もしも今ここに蚊がいたなら、『どうぞ召し上がれ』と笑顔で分けてあげられたのに。

 


私はキッチンの椅子に腰掛け、意味のない思考を繰り広げた。バックグラウンドでコーヒーを味わう。


フキ子専用の軟膏と、脱皮防止用のリップクリームは、生憎手の届く範囲には置かれていなかった。かと言って、あえて取りに行こうとは思わない。

そのうち塗ればいいやと、なんとなく窓の外を眺めた。

 

梅雨は明けたのだろうか。

晴れの日の空は、絵に描いたように美しかった。


深い青の中に、綿菓子みたいな白い雲が浮かんでいる。

 

もっと何か、この空が美しいと伝えられるピカイチな表現はないものかと自分にお題を出してみるが、良い表現が少しも浮かんではこなかった。

 

浮かばないなら写真を撮れば解決だと閃いて、やっと椅子から立ち上がった。


窓を開け放つと、熱風が容赦なく私を包み込んできた。

外はこんなにも暑いのかと思いつつ、灼熱のベランダへと降り立つ。


見上げた空はガラス越しに見るよりも、青が強く感じられた。

綿菓子みたいな雲は、溶けるかのように形が変わっていく。今見ている空は、もう二度と見られることは無いのだ。

そんなのは当たり前すぎる事なのに、なぜだか新鮮で面白い。

私はスマホを天にかざした。



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