第54話 避難完了

 どれくらい抱き合っていたんだろうか。


 ガクンと振動があった後、エンジンの音が大きくなった。動き出したようだ。


 入ってきた扉の方を見ると、シオンとシオリは座席についていた。


「お兄ちゃん、シートベルトをつけてって言ってたよ?」


「そうだな、は……」


「あ、やっといつも通りの呼び方になった。さっきまではなんだかちょっと違う、なんていうか他人みたいな呼び方だったし。…………お兄ちゃん? それから私はほら――」


 そういえばミクの事を三久と呼び出したのは、父さんと母さんが死んで、ミクが目を覚まさなくなってからだ。


 起きてる俺と、寝たまま起きないミクとの間に透明だけど、どうしても破れない壁ができたように感じてからだと思う。


 でも今はその壁はなくなっている。話しかければ返事をしてくれる。


 触れば反応してくれる。笑えば笑い返してくれるだろう。


 日本人形のような、前髪が真横一文字に揃った顔で。


 少し前、まだ髪の毛が長かった俺とそっくりな顔で。


 じっと見つめるだけで、動こうとしない俺にしびれを切らしたのか、腰まで被っていた布団をどけるミク。


 薄いピンクのパジャマを締めつけるように黒いベルトがあった。シートベルトだ。


 ミクはリクライニングしたベッドにちゃんとベルトで固定されていた。


「だけど……」


 離れたくない、と声を出そうとする前に――


「お兄ちゃん、シートベルトしないと運転手が怒られるってパパが言ってたよ」


 そうだ。父さんと母さんもいつも言ってたよ。


『面倒だけどな、こんなベルト一つで助かる命がたくさんあるんだぞ? だから母さんにも、レイ、ミクにも死んだり怪我して欲しくないから父さんは口を酸っぱくしてだな』


『ほらほら急いでシートベルトしないとスーパーのお菓子売場が逃げちゃうかもしれないよ?』


 逃げるわけないのにな。それを聞いて慌ててシートベルトしてたっけ。


「……そうだな。わかった」


 パパと言ったミクの目には涙が溢れそうになっていた。


 もう一度だけぎゅっと抱きしめ、ベッドを下りた。


 シオンとシオリ、黒スーツのお姉さんが座り、まだ一席空いているところに座るとすぐにベルトで身体を固定させる。


「長門様。ダンジョン前の警察には乗り入れと、ダンジョンへの入場許可が取れております」


 黒スーツのお姉さんが横からそう教えてくれた。


「無事に許可が取れたのですね」


 狙撃の殺人があった現場なのによく許可が取れたなと思うと同時に、高橋さんの元だけどSランクの力は警察にも通用するんだと感心するしかなかった。


「はい。保護したあの場に残されていた探索者も、死亡した一名もすべて現場から離れましたので」


「そ、うですか。……あ、でもまだダンジョンの中にも残っている探索者がいるかもしれませんよね?」


「そちらは現在調査中との事です。探索者ギルドの許可証発行名簿と返還されたものを照合していますので、すぐに結果は出る予定です」


 佐藤先輩の後に犠牲者はいなかったみたいだな。リバティの四人は無事なようだし……。


「それが確認できた後、このコンテナをダンジョンの入口を塞ぐように設置する予定です」


「え? それじゃあダンジョンを封鎖してしまうことになりませんか? そんなことをしたら――」


「いえ、問題ありません。そこまで長くは閉鎖いたしませんし、事件がありましたので、どちらにしても期間を設けて閉鎖にはなりますから」


 そういうことか。ギルドと警察も閉鎖と決めたなら多少の文句は出るだろうけど、期間中は塞いでいても問題は無さそうだ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 動き出して数分、もうダンジョン前に到着したようで、俺たちはダンジョンに向かうことにする。


 向かうのは俺、ミク、シオン、シオリ、高橋さんと奥さん。それと黒スーツのお姉さんが医師免許を持っているから同行。


 後、ミクや俺たちに必要な物資を運んでくれる黒スーツのお兄さんやおじさんたち。


 ダンジョンに入り、車椅子を押しダンジョンを進み、階段は俺のおんぶだ。


 ゾロゾロと大名行列のように進み、すでに攻略されたモンスターハウスに到着した。


「お前たち、ここから先には許可がなければ進むことはできません。ですからモンスターハウス前のこの直線を待機場所にしてください」


「あら、私も駄目なのかしら?」


「ああ、私も許可がもらえるかどうかだからな、当然私も残る側だ」


 持ってきた物資をモンスターハウスに運び込んだ黒スーツの皆さんに高橋さんがそう言う。


 高橋さんは大丈夫だと思うけど、そうか、こんなに大人数がいきなり押し掛けるのは失礼になるかもしれないよな。


 ならリーダーの高橋さんも待つのが良いのかもしれない。


「じゃあ行って聞いてきますね」


「ああ、宜よろしく頼むよ」







「おお! ミクではないか! 久しいのう!」


 おんぶで社務所まで来るとタマちゃんが出迎えてくれた。


「タマちゃん! タマちゃん……本当に変わってない。今のわたしくらいね、ううん、わたしの方がお姉ちゃんみたい」


 いや、ミク、タマちゃんの方がお姉ちゃんだからね。


「なにを言うておるのじゃ。妾の方がずーっとずーーーーっとお姉ちゃんなのじゃ! ……じゃが、ミク。よう来てくれた」


 このやりとり、よくやってたな。あの頃はちょっとだけタマちゃんの方がお姉さんに見えたけど、今は完全に身長も越えちゃったし。




 この後、シオリに高橋さんの事を聞かないとって言われるまで二人のやりとりをニヨニヨしながら見とれていた。


 結局、高橋さんは許可が出たけど、他の人たち、奥さんも駄目だった。理由は――


『この空間も絶妙なバランスで成り立っておるからの、あまりにも増えすぎては崩れると言うものじゃ。まあ、たかぴーはちと修行のやり直しじゃな』


 ――と、笑っていた。


 それを伝えた高橋さんは、ものすごく笑顔がピクピクしていた。


 そのことはみんなには黙っておこうと決めたから安心してね。

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