第51話 目覚め
「遅くなってすまない。三人とも怪我はないかい?」
高橋さんの運転する車はダンジョン前の広場を出て、走り続ける。
奥さんが走る車の中、器用に助手席に移ると、俺たちはシートベルトをつけるよう言われ席に落ち着いた。
「はい。俺はないです。シオン、シオリ、二人は大丈夫?」
「え、ええ。私はどこも怪我などしておりませんわ」
震えているのがわかる。目の前で人が死んだんだ、俺も震えが止まらないのだから。
「わたしも大丈夫なのです」
シオンはシオリと俺の腕を抱え込み、この中では一番怯えていると思う。
ほんの少しでも離れるのが嫌なのか、腕をシートベルトに通すのにも手こずったくらいだ。
「それはなによりだ。そして何度も言うがすまなかった。御三家の動きを察知してすぐに動いたのだがな」
「いえ。こうしてあの現場から連れ出してくれただけでも感謝しかありません」
「いや、本当なら佐藤君も助ける予定だったのだがな……Eランクダンジョンに来るまでも、今思えば妨害だったように思える。例えば――」
高橋さんが御三家の動きを知って動き出そうとする前、立て続けに高橋さんが管理する国宝や、それに準ずる土地、建物などの文化遺産で、急を要する仕事が舞い込んだそうだ。
それの対応をしている最中に佐藤先輩の殺害計画が進行しているとわかったそうだ。
「――どれも最悪失われる危急な案件でな、私は管理する仕事を優先して佐藤君を後回しにしてしまった」
「あなた。仕方ありませんわ。佐藤君のことは残念ではありますが、やっていたこと、やろうとしていたことは許されるものではありません」
「目にあまる犯罪や犯罪まがい。前回のスタンピードはまさにテロだ。未遂だったため、総理も発表を見送ったが、今回は命が奪われた」
「ですね……若い命を。剥奪されたとはいえ、元佐藤家の嫡男。それをこうも簡単に奪う行為をなさるほど御三家は……」
「先日、現当主と合う機会があったのだが、そんな様子はなかったように思うのだがね。このような短絡的な行動に移すとはな。御三家は揺れるぞ」
大人の話。なんだけど、佐藤先輩が言い残した話が頭の中で何度も繰り返される。
『初めは金になる』
そういって痛みに耐えながらも呆れた顔をした佐藤先輩。
『それだけだった。御三家と呼ばれる聖一の成瀬家。凛の山本家。そして佐藤家はレイが産まれ、身体強化にレベルが発見されたところからのな。呆れるだろ?』
呆れた顔が、少しずつ声を震わせながら青ざめていくのが見て取れた。たぶん佐藤先輩はわかっていたんだ。
『ただの金儲けの計画だったんだよ』
その時点で佐藤先輩は泣いていた。そして最後に残した言葉は――
『助けて』
――だった。とても小さく、目の前にいた俺にしか聴こえないような小さな声で。
佐藤先輩はおそらく殺されるとわかっていた。それはあの場面じゃなく、救急車で運ばれた後か、保護監察官に引き渡された後か。
そうでないと、『助けて』と対立していた俺に言うはずがない。
強大な権力を持つ御三家。政界にもしり込みさせられるほどの権力だ。
そんな人たちが表だって身内に手を下すまでやってのけたってことは、身を切ってでもやろうとしていることがあるってことだろう。
その激流に俺たちは足をつっこんでる。いや、その源流に俺がいてシオンとシオリを巻き込んでしまったのかもしれない。
シオリの左腕と、俺の右腕を抱え込むシオン。そこで指を絡めるように手を繋ぐ俺とシオリ。
二人の熱が伝わり、なんとしても守る。だけど俺の横にいれば今日のようなことが起こらないとは言いきれない。
どこか安全な場所で匿ってもらえれば……そんなところあるのか?
学園は駄目なことはわかった。たぶんまだいろんな人が御三家の息がリバティようにかかっていると思う。
研究所は立ち上げの資金も御三家からの提供があり、今もまだ受けているはずだ。
管理人さんは大丈夫だ。父さんたちの仲間だった人だし、岡間室長さんも大丈夫だと思う。だけど、他の職員たちはそこまで深く話したこともない。
あ、校長も微妙だけど高橋さんが信頼しているようだから大丈夫なはずだ。
後は前回のスタンピードに続き、今回も助けに来てくれた高橋さん。高橋さんも父さんたちのパーティーメンバーだった。そしてその奥さん。
だけど今、一番信用できるのはシオンとシオリ。タマちゃんに、忘れちゃいけない三久もだな。
疑い出せばキリがないけど、今はほとんどの人が味方なのか敵なのか見極めないと駄目だ。
ヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴ
ん? 電話? こんなときにというかほとんどかかってきたことのないスマホが震えている。
ヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴ ヴヴヴヴヴ
五回目で、でなきゃとウエストポーチからスマホを取り出すと、三久病院とディスプレイに表示されていた。
「高橋さん、すいません。病院からの電話なので出ても良いですか?」
「ああ。大丈夫だよ」
「ありがとうございます」
通話のボタンをタップして耳につけると――
『長門さんの携帯でよろしかったでしょうか?』
「はい。そちらでお世話になっている長門三久の兄のレイです」
『良かった! その三久さんが目を覚ましました! 今どちらですか! ご予定がなければぜひ会いに来て上げてください!』
「え! ほ、ほ、ホントに! 三久が! 三久が目をさましたんですか! 行きます! すぐ行きます!」
佐藤先輩の死を目の当たりにして、恐怖、さらには命まで狙われるかもしれない不安で一杯だった思考が。
深く立ち込めた一寸先も見えない霧が纏わり付き、身動きさえ自由にできなくなりそうだった身体が。
不謹慎だと言われるかもしれない。こんなときに喜ぶとか信じられないと軽蔑されるかもしれない。
だけど……目を開けた三久の顔が見えた気がして――――
「三久ちゃんのところに行くです」
「ええ。そうしましょう。高橋さん。申し訳ありませんが」
「当然だ! パーティー仲間の愛娘が目を覚ましたんだぞ! 元々三久ちゃんが目を覚まさなくても病院から移す予定も立てていたからね。少し順番が変わっただけさ」
「ありがとうございます」
そういってスマホの向こうに――
『では、お待ちしておりますね』
――『すぐ行きます』と言う前にそう言われた。
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