第50話 終わりと始まり
まえがき
少し、残酷な描写があります。
苦手な方はお気をつけください。
――――――――――――――――――――
ピシッ――
一回にしか聞こえない軽い音をたてる。
もう一発! っ!
殴りかけた拳を無理矢理止め、佐藤先輩からバックステップで距離を取る。
カラン――と、手からこぼれ落ちた剣の音で佐藤先輩はなにかに気づいたようだが、呆けた顔のままその場に崩れ落ちた。
ふぅ、ふぅ、ふぅ、落ち着け。怒りに任せてしまえば取り返しのつかないことになってしまう。
だけど正直、殺してやりたい気持ちに傾きかけていた。
「は? …………なんで剣を落として座ってんだ? 足が変な方向に? あれ?」
「佐藤君! な、なにが起こった!」
リバティも数秒遅れで佐藤先輩の様子に気がついたようだ。
俺はあの瞬間、両二の腕、両太ももに全部で四発の軽いジャブを当て、そこで二人が送り出してくれた笑顔を思い出さなければ……。
現状は、外傷……たぶん赤くなったくらいだと思う。だけどしっかり骨を砕けている。ポッキリではなくバラバラにだ。
当の佐藤先輩は自身の状態がやっと理解できたのか、呆けていた顔が青ざめ、次に痛みが遅れてきたかのように叫び声をあげた。
「いぎぃああぁああああ! いだいぃいいいいぃいい!」
その声で我に返ったリバティたちも、声にならない声を上げ、敷島先輩だけがやっとのことで声を発することができたようだ。
「何が起こった! さ、佐藤君の手足がなんで急に! や、ヤバいぞ! 佐藤君! 動かないで! 変な方に曲がってるから!」
泣き叫び、暴れ始めたが、体を曲げた拍子に――
「ヘブッ!」
――アスファルトに顔面を打ち付けた。
あと立っているのは三人。土佐先輩は魔力切れで尻餅をつくように座り込み、青い顔をしている。
倒れた佐藤先輩に駆け寄る三人に向けて再び地面を蹴り間合いを詰め、当然同罪の三人も同じように四発ずつジャブを当て、座り込んだ土佐先輩は蹴りで四発。
ピシッ――ピシッ――ピシッ――ドッ――
「「「「ガアァアアア!」」」」
リバティの四人が痛みで叫び、地面に倒れたのを見て、佐藤先輩の前にゆっくり戻り、髪の毛をわし掴みにして顔を上げさせた。
「イギギギギ、レ、レイ、キサマ、引っ張る、な」
こんな状況で鼻血まみれの顔だが目はまだ力を持ち睨み付けてくる。
さらに文句を言ってくるとは思わなかった。どこまでも自分が上に立ってると思ってるんだな。
だけどその変わらない態度のお陰か、逆に少し冷静になれた。
今思うと、よく手足を狙えたなと思う。本当に二人の笑顔で送り出してもらったお陰だ
そうじゃなきゃ、顔をおもいっきり殴っていた。今からでもやってしまってもいいかな、と少し思っているくらいだし。
あ、そうだ。この機会に聞いておかなきゃならないことがある。それは――
「佐藤先輩……なぜ俺たちに絡んでくるんですか? なぜ俺を殺そうとしたのですか? なぜシオンとシオリを襲おうとしたのですか」
髪の毛を握り込む手に力が入る。例えばこのまま引きちぎり、その顔を殴り飛ばしてしまいたい。
そんな風に思っている自分がいる。落ち着け俺。
「イギギギギ、き、きゅ、救急車呼べ、早く、急げ、ブフッ!」
そっとアスファルトに顔を押し付け、グリッ、グリッとアスファルトで擦るようにして黙らせる。
あっ、ヤバ……。でも佐藤先輩はBランクだからかこの程度は大丈夫、だよな。手の下でまだ何か叫んでいるし。
「フグゥゥウウウー!」
ブチブチと髪の毛がちぎれるくらい強く握りしめ、もう一度顔を上げさせる。
だがまだまだ目の力は失われていない。だから睨む目を睨み返してやると、やっとここで目をそらした。
佐藤先輩の顔は見事に血塗れだ。鼻は潰れ、先は千切れかけている。あと、おでこと頬もザクザクに皮膚が削り取れていた。
「……もう一度聞きますね。なぜ俺たちに絡んでくるんですか? なぜ俺を殺そうとしたのですか? なぜシオンとシオリを襲おうとしたのですか?」
グイとうつ伏せに倒れているのを無理矢理顔を自分の顔の高さまで引っ張り上げた。
「
鼻血だけじゃない、血がボトボトとアスファルトに広がっていく。
まだ効果時間だったダブルを解除しておかなきゃまずいな。今の、後少し力を入れていたら……。
ふうと、熱せられた熱い空気を肺から吐き出し、一度だけ目を閉じ頭の中を整理する。
聞かなきゃ駄目なこと。一番は俺たちに絡んでくる理由だ。二番目に俺を殺そうとした理由。
三番目はシオンとシオリに聞いて大体わかっているから無くてもいい。いや、聞いたら殺ってしまうかもしれないけど。
「俺の質問には答えないんですか? それに救急車? ……呼ばなくてもただの骨折と擦り傷です。我慢して答えてください。答えてくれれば好きに救急車でもなんでも呼んでも良いですよ」
全員両手が折れていてたぶん電話はできないだろうけど。そんなこと今はどうだっていい。
「鼻が潰れて喋りにくいなら――」
削れ、曲がった鼻をグイっと真っ直ぐに直してやる。
「ンガァッ――」
大体真っ直ぐになった。鼻声にはなるだろうけど……。
「……さあこれで話せますよね?」
「レイ……お前こんなことしてただで済むと思うなよ……ふざけやがって、なんてことしてるれてんだ」
「ふざけてないよ。佐藤先輩が言ったじゃないですか。手足くらい潰してもいいと」
「それは俺たちがやる方に決まってるだろ! イギッ――」
叫ぶと激痛が走るようだ。
「クソが。こうなったら俺は終わりだ。もうなにもかもな」
何を言ってるんだ? だけどそう言ったあと、ポツポツと話し始めた。
「初めは金になる。それだけだった。御三家と呼ばれる聖一の成瀬家。凛の山本家。そして佐藤家はレイが産まれ、身体強化にレベルが発見されたところからのな。呆れるだろ? ただの金儲けの計画だったんだよ。――」
握っていた髪の毛が千切れ、佐藤先輩が横方向に転がった。そして少し遅れて――
ダーン――
――という音が聞こえた。
え? なに? 佐藤先輩の左から何か当たった?
「遅かったか! レイくん! 狙撃だ! シオリくんもシオンくんもこっちに!」
狙撃? 転がった佐藤先輩の頭が半分無くなっていた。……死――っ!
「シオン! シオリ! 隠れるぞ! 身体強化! ダブル!」
しゃがんだ状態からはね上がるように後ろへ飛ぶ。
ダンダンッ――
俺が今いたところに何か二発、アスファルトを削ったのが見えた。
今は二人を!
体をひねり二人が見えた。
走り抜けながらかっさらう! ちょっと乱暴なのは後で謝るから許して!
一歩で二人の間に立ち止まり、腰を抱いてから走る。『ぐぇっ』と、くの字の二人を抱え――
「こっちだレイくん!」
最初の声の持ち主、高橋さんが真っ黒な高級車の窓から叫んでる。
「早く乗りなさい!」
「はい!」
前に見たことのある女性、高橋さんの奥さんが後部座席のドアを開けて待っていてくれた。
大きく開かれたドアに左腕のシオリ、次に右腕のシオンを無理矢理押し込み、その後ろから俺も体を押し込んでドアを閉める。
「乗ったね! 乱暴な運転するから掴まっていて!」
高橋さんがそういうと――
ギュルルルル!
と、タイヤが空回りする音のあと、座席に押さえ付けられた。
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