第40話 目撃

「お主ら待っておったぞ」


 社務所に入ったところでタマちゃんが出迎えてくれた。


「ごめんね中々来れなくて」


「タマちゃんお菓子いっぱい持ってきたのですよ」


「タマさん、お世話になりますわ」


 応接室を出たあと、高橋さんが探索者ギルドまで車で送ってくれたので、予定より早くダンジョンに着くことができた。


 めんどうだったけど、バスや徒歩で来る予定だったことを思うと、肉体的には楽だったな。


 精神的には布団に潜って寝てしまいたい気もするけどな……。


 俺たちは夕方にもかかわらず、やはり再開当日でそこそこ探索者がいるダンジョンに入り、三階層のモンスターハウスをサクサクとクリアしてタマちゃんのところに来た。


「うむ。荷物を下ろし、ここまで来たならば身体は温まっておろう。早速修行と言いたいところじゃが、まずは――」


 あ、前鬼さんと後鬼さんかな。


「――前鬼、後鬼。出て参れ」


 呼び掛けてすぐに社務所の奥の襖が開き、割烹着を着た前鬼さんと、後鬼さんが現れた。


 鬼が着る割烹着……似合ってるから良いけど、料理でも作ってたのかな?


「鬼さんなのです!」


「なっ! タマさんこれは!」


「シオン、シオリも大丈夫だよ。えっと、前鬼さんと後鬼さんと言って、スタンピードのときに一緒に戦ってくれた方なんだ」


「その通りじゃ。今回、元々はレイとシオンを鍛えるために来てもらっていたのじゃが。そこにレイの新しい嫁も加わったが問題ないのじゃ」


 近づいてきて、タマちゃんの横に立つ前鬼さんと後鬼さんは、ペコリと一礼した。


「シオンなのです。前鬼さんと後鬼さんなのです? ……凄く強そうなのですよ! よろしくお願いしますです!」


「レイの新しい嫁……。あ、シ、シオリと言います! 末長くよろしくお願いいたします」


 シオンがまた『ちょろいんなのです』と、顔を赤くしたシオリの肩をぽんぽんと叩いている。


 そして、最初は全員が同じことをするみたいだけど、仕上げは俺と前鬼さん。シオンと後鬼さん。シオリはタマちゃんが専門的な事を教えてくれるそうだ。


 前鬼さんの得意な魔力を纏わせた武器や身体を使った戦い方。

 後鬼さんの得意な魔法と武器を組み合わせた戦い方。

 タマちゃんは魔法だ。


 ……今のところ俺は魔法のスキルを持っていないからなんだけどさ……。


 今度一つくらい使って……駄目だな。シオリの回復薬の支払いを終えてからにしよう。





 ほんの数時間の基礎体力作りと、組手だったけど、もう起きあがるのもしんどい。


「くくっ。初日から飛ばしすぎたかの? ほれ、今日は終いじゃから茶でも飲んで一服したあと帰らねばならんのじゃろ?」


「そうだけど、もうちょっとこのままいさせて」


「レイよ。帰りのバスが無くなるのじゃ。明日も学園に行かねばならんのじゃ、ほれほれ起きんか」


 板の間の道場で大の字になってる俺たちを前鬼さんがシオンを。後鬼さんがシオリを。そしてタマちゃんが俺の手を引き起きあがらせる。


 前鬼さんは、なぜか手にカステラを持ち、シオンの鼻先でぷらぷらさせている……。


 まさかな……あっ。


 ひくひくと鼻の穴が動いてすぐにバチっと目が開き、口を全開にしたシオンは腹筋よろしく起きあがった。


 むぐむぐと口が動くシオン。幸せそうに目を細めている。


 一方で目にも止まらない速さで手を引いた前鬼さんの指先には、ほんの少しだけカステラが残っていた。


 さっきまで汗ひとつかいてなかったのに、タラリと一筋の汗を流す前鬼さん。頬と口の端がピクピクしていたのは見なかったことにしよう。


 ……でも、噛られなくて良かったね前鬼さん。


 シオリの方は優しく背中を支えられ起こされている。


 うん。普通はそうだよな。これは不用意にシオンの前にお菓子をちらつかせた前鬼さんの作戦ミスだ。





 みんなが起きあがり、カステラを食べ、お茶を飲んだあとモンスターハウス前に出口を出してもらった。


 三階層から二階、一階層と上り、あと少しで出口といったところで数時間前に見た四人と、見知らぬ男が先頭で、二階層に行くルートから外れていくのが見えた。


 こっちには気づいてなかったな。こんなところで鉢合わせとか、面倒ごとが起こるイメージしか無い。


 だけど……一階層で横道に行く探索者はスライムを狙う初心者だけだ。リバティはAランク。ということは見知らぬ男が初心者か。


 なにか引っ掛かる。なにかがおかしいってのはわかるんだけど、なにがおかしいのか……。


「怒鳴る人どっか行っちゃったのです」


「あの方たちがEランクダンジョンに来るなんて、何事でしょうか? まさかまたスタンピード?」


「ん~、スタンピードならタマちゃんが気づくだろうし、それは違うと思うんだけど……あ」


 そうだ。見たこと無い男が先頭にいるのがおかしいんだ。


 Eランクダンジョンとはいえ、初心者の育成で来ているならパーティーの並びは真ん中になるはずだ。


 俺でさえそうだった。リバティは違うのか?


 疑問に思いシオリに聞いてみることにした。


「シオリ。リバティは新人の育成するときダンジョン内の移動は先頭に立たせるのか?」


「いえ。何人か学園からの依頼でやりましたが、移動時に先頭に立たせることはありませんでしたわ」


「だよな、普通は。ならあの先頭の男は新人じゃないのか? Eランクダンジョン一階層でルートを外れていくのに?」


「そう、言われますと違和感しか有りませんわね」


 顎に人差し指をあて、こてっと首をかしげるシオリ。五人が消えた通路をじっと見つめている。


 それに先頭の男の足運び、見たことある気がするんだよな。


「悩むくらいならこっそり追いかければいいのです。お姉ちゃんの依頼をこなした凄腕工作員シオンの出番なのですよ!」


 だよな、よし。シオンの凄腕工作員は置いといて、少し様子を見てみよう。ただ単にレベル上げなら帰れば良いだけだしな。

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