第39話 強者への渇望

 退席すると聞いてお菓子を頬張っていたシオンがこの世の終わりみたいな顔になった。


 ……シオン、そんな目でお菓子と俺を交互に見なくてもいいじゃないか……。


「……ダンジョンの帰り、スーパーで買えるようにシオリに頼んであげるからな」


「むー。仕方ないのです」


「ふむ。そういえば今日からEランクダンジョンが解放されるのでしたね。ええ。今回呼び出させてもらった件はこの事でしたので大丈夫です」


 ……この事だけだったんだ。何か怒られるのかと……。


「時間を取らせてしまったね、退席してください。敷島くんたちのことは私が説明しておきましょう」


「ありがとうございます。高橋さんもまた」


「たかぴーバイバイ。また遊びにくるですよ」


「はは、私も退席しようと思いますので、ご一緒しても大丈夫かな?」


「はい」


「一緒にダンジョンいくですか?」


 高橋さんは苦笑いをしながら横に首を振った。まあそうだろうな。


「高橋様。本日はありがとうございます。シオンくん。そこのお菓子は全部持っていっても大丈夫ですよ。まだたくさんありますからね」


「おお! こーちょ先生太っ腹なのです! 今度駄菓子をあげるので楽しみにしててくださいですよ! ひゃっはー!」


 シオンが鞄にお菓子を詰め込んでいるとき、高橋さんも立ち上がる。


 それから『こーちょ先生』じゃなくてちゃんと『校長先生』と言ってあげようね、ほら、校長先生まで苦笑いだよ。


 校長先生と一言、二言と、言葉を交わしているときだ。


 敷島先輩が絶対なにか言ってくるだろうと思っていたが、他の先輩も立ちあがり出口を塞ぐように立ちふさがっていた。


 はぁ、シオンの脱退を阻止するためにここまでやるか?


 ん? でも待てよ……俺のパーティーからシオンやシオリが脱退するとしたら……ああ、全力で引き留めようとするか。


 でもこの敷島先輩のように威圧したり大声で止めるかと言われれば答えはNoだ。


 きちんと話して納得できないかもだけど、最後は二人の希望通りにしてしまうだろうな。


 そのときのことを、ただの想像だとしても考えるだけで胸が痛い。そんなことが起こらないように仲良く過ごしていきたい。


 あ、シオン? そっちは先輩たちのお菓子だからね? たぶん残しておいても食べないだろうけどね?


 ……でもどうするか。Aランク探索者が四人。簡単には通させてもらえないよな……。


 校長先生も見て見ぬふりをしているのか、高橋さんと笑顔で話をしている。


 応接室の中で一番オロオロいているのは敷島先輩たちを連れてきた先生だ。


 なんとか扉前で――


『こらおまえたち、そんなことをしてもどうにもならないとわかるだろ、大人しくしてろ、な?』


 ――と……。頑張って欲しい。それに柊先生も頑張ろうよ、スマホなんかいじってないでさ。


 視線を戻すとシオンがテーブルの上にあったお菓子をすべて鞄と、どこからか出したエコバッグに詰め込み終わっていた。ホクホク顔だ。


 よく入ったな……。高橋さんも話が終わったようだし……、さて、まだ退きそうもないし、どうやって出ていこうか。


「では校長。今日のところはお暇させてもらいますね」


「はい。高橋様、本日はどうもありがとうございます」


 にこやかに高橋さんと話し終えた校長先生は、敷島先輩たちの方を見て、顔を引き締め眉間にシワが刻まれていく。


「敷島くん。いい加減わがままを言わず、そこを退きなさい」


「今は黙っていてください校長!」


 この人たち本当になに考えてるんだよ……。


「長門とか言ったな! なにを勝手に大和を連れていこうとしている! 俺のパーティーメンバーだぞ!」


「敷島くんも君たちも落ち着きなさい! シオリくんはすでに君たちのリバティを脱退して長門くんのパーティーに入っていると何度も言ってるでしょう! 君たちもそこから退いてソファーに座りなさい!」


「こ、校長、そんなに声を荒げ無くても――」


 何が声を荒げないでだ。体温が少し上がった気がする。


「何を言ってるんですか敷島先輩! 校長先生が今やったことは、先輩がシオリに向けてやったことですよ!」


「なっ、いや、それは」


「確かに脱退申請を出す前に、一言あれば良かったかなと今は思います。そこは申し訳ありませんでした」


 頭は下げない。本当に申し訳ないと思っているけど、ここは下げるべきじゃないと思ったからだ。


「あ、ああ、そうだ、事前に言ってもらえれば――」


「でも! 事前に言っても、今の話を聞いている限り、どう考えても一緒ですよね!」


「っ! だ、黙れ!」


「黙るのは君だ敷島くん!」


「くっ――」


 高橋さんの威圧……凄いな。先輩たちの顔色が青くなっている。怒りで真っ赤になっていた敷島先輩もだ。


「……先ほどから聞かせてもらいましたが、本当に話を聞かないですね……。良いですか、一度しか言いませんからよく聞いてください。校長先生や、そちらの先生がおっしゃった通りそこを退いて、ソファーに座りなさい」


 声を荒げず、静かに。それでいて有無を言わせない迫力だ。


 敷島先輩たちは、蛇に睨まれた蛙じゃないけど、扉前から離れ、ソファーに戻って大人しく座っていく。


 助けられちゃったな……。さすが大人、か。はぁ、俺じゃこうはいかなかった。


 情けないな俺。こんなことがあってもしっかり大切な人を守れるようにならないと駄目だ。


 たぶん確実に敷島先輩たちは何か仕掛けてくると思う。そのときに今みたいな不甲斐ない事にならないようにしなきゃな。


 ……よし、今日からはダンジョンも再開だ。修行も始められるし強くなってやるぞ。





 そのとき柊先生が、どこかにメッセージを送っていたことに誰も気づかなかった。

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