第25話 とんだ勘違い野郎

「お姉ちゃん? 裸? ………………っ! んきゃあぁぁぁああ! 私も裸だったのです! 忘れてましたぁぁぁあ!」


「あ! ごめん! すぐ出ていく!」


 素早く立ち上がり部屋を出た俺。なんてことをしてしまったんだ……。


 同い年の女の子の裸を見てしまった。それも二人の。


 女性の裸と言うなら三久の入浴介助の補助を小学生の頃やっていたからまだ免疫はある。と思う。


 兄として妹の裸はギリセーフだ。そうあの時看護師さんは言っていた。だけど家族でもない女性の裸は見ちゃ駄目だってことは俺にもわかる。


 なにも知らなかった小学生の頃、三久の入浴介助をやってくれていた女性の看護師さんを手伝っていて――


『女の子の裸を見たら責任を取ってお嫁さんにしなきゃ駄目なんだよ~』


 ――と。


 その時は――


『まかせて、三久はぼくがお嫁さんにもらうから』


 ――って言ったら看護師さんは困った顔をしてたっけ。今ならわかるけど、あの頃は兄妹が結婚できないとか知らなかったしな。


 だけど今は法改正がどうとかで、条件はあるようだけど、近親婚も重婚も許可されていて、探索者の多くは複数のお嫁さん持ちだ。


 なるべくしてなったことだけど、探索者の男性と女性の割合が8:2だ。


 当然ダンジョンの探索中に亡くなる者も少なくなく、問題になった頃、日本人口の七割が女性となり、子供の出生数が著しく下がったため、法律を変えたそうだ。


 もちろん近親婚で起こり得る弊害については医療技術の進歩で問題はなくなっているとニュースで言ってた。


「……って、なに難しいことを並べ立てて現実逃避してるんだよ俺。てかスポーツドリンク持って行かなきゃ」


 冷蔵庫から、スポーツドリンクのペットボトルを取り出し、部屋の前に置き――


「ドア開けたところに飲み物置いてあるから頼めるか? 俺は今から少し外に出てくるから」


 ――そう部屋の中に呼び掛けた。中からは、『ひゃいです!』と返事が聞こえたからその場を離れることにした。


 ……よし。ひとまずはこれでいいか。


 その場を離れ、少し考えてしまう。どうしたらいいか……。見ちゃったことを二人に誤って、お嫁さんにもらわないと駄目だから次はプロポーズするのか?


 なら今まで以上に稼がなきゃだめだろうけど、三人のためだと思えば……、ん? それって家族になるってことだよな?


 ……家族のために、か。そう考えたら余裕で頑張れるだろ! スゲー! めちゃくちゃやる気出てきたぞ!


 そう決めたからには早い方がいい。まずは誰かに相談……管理人さんに聞いてみるか。


 それと一応書き置きはしておこうだけど、なんて書いたらいいんだ?



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シオンとお姉さんへ


 この度は二人の裸を見て、恥ずかしい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。


 俺のお嫁さんになってください。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 突然すぎか? それにこれは後で直接言った方が良いのだろうか? それとも先に書いておいた方がビックリしないし、良いのか? …………いや、消して後で直接言おう。


 失敗した手紙を消ゴムで消したが、微妙に文字が読める。


 失敗作は見られると恥ずかしいため、丸めてゴミ箱に捨て、新しい手紙を書く。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シオンとお姉さんへ


 この度は二人の裸を見て、恥ずかしい思いをさせてしまい申し訳ありませんでした。


 のぼせただけかもわかりませんが、もしなにか別のことかも知れないので、少し管理人さんに相談してきます。


 すぐ戻りますので待っていてください。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 いい、感じに書けたよな? 国語は……国語も苦手だけど、通じる文になっている。はず。


 ペットボトルが無くなった部屋前に行き、手紙を扉と床の隙間に入れてノックをしておく。するとすぐに手紙が引き込まれた。


 それを見て玄関に向かい、鍵を開けて外に出た時、後ろで――




『レイ――! ――大丈――ですょ!』




 ――なにか聞こえた気がしたけど、ドアの鍵を閉め、管理人室へ急いだ。







「――だからなにが必要なのかなって」


「……はぁ。とりあえず風呂でのぼせたならその処置で大丈夫よ。だけど日本の教育はどうなってるんだ? とんだ勘違い野郎ができ上がってるじゃないか」


 なにか変なことを言ったか?


 管理人のお婆さんは長いため息を吐き――


「いいかいレイ。女性の裸を見たくらいで嫁にもらわなきゃならない決まりなんてものはない!」


「え? でも看護師さんが――」


「それはレイが小さい子供だったからだよ! まったく。研究所にレイの教育も要請しなきゃ駄目なのかもしれないね……」


 その後数分かけて説明をされたんだが、まだ納得はできてない。納得してしまえば看護師さんが嘘を教えたってことにも繋がる。


 いや、家族ができそうだと思っていたのに、そのことを否定されるのが不満なのかもしれない。


 こうなったらどうせこの後言うつもりだったし、二人に直接聞いてからだなと考えている間も説明と説教は続いていた。





 その後、『もういい、コレ持って帰りな!』と、なぜか片面が銀色の小袋を持たされ部屋を追い出された。


 なんなんだろコレ……。ひとつ出してみると、すごく薄いゴムの風船のようだ。


 ……膨らませて遊べってことか? そこまで子供じゃないぞまったく。


 開けたひとつを摘まんで伸ばしたりするが、なにかヌルヌルしてるし、こんなので遊べるのか?


 残りの五個が繋がったソレをプラプラさせながら部屋に戻る。


「た、だいま? シャワーの音がしているな」


 シオンがお風呂に入っているようだ。今のうちに途中だった片付けを済ませて、すき焼きの準備をしておくか。


 お姉さん、食べられるだろうか。熱っぽかったし、駄目なら明日かな。


 もらった風船を買ってきた日用品を置いたソファーの上にポイっと投げて、キッチンへ向かう。




 片付けも終わり、白菜なども切り終わったところで脱衣所の扉が開いた。


「……レイ」


「シオン。さっきはごめん。緊急時だったといえ、俺はとんでもないことをしてしまった」


「う、うん」


「二人の裸を見ちゃったんだ。もう責任を取るしかないって知ってる。それに、事故だったとしても、出会って間もないシオンと、今日会ったばかりのお姉さんとはいえ、将来に関わることをしでかしたんだから当然だろ」


「ん? 裸を見たから? なんなのです?」


 髪をまだ乾かしてないからか、タオルをターバンのように頭に巻いているシオン。


 湯上がりでほんのり赤く染まった顔が見えていた。


「シオンやお姉さんならぜひ家族になって欲しいと思ってる」


「家族にですか? 裸を見たからなのです?」


「うん。わからないことなんかはたくさんあると思うんだ。だけどそれはこれから知っていけば良いことだろ?」


「ん~、意味がわからないのですよ」


「え? だって男性が女性の裸を見たらお嫁さんにしなきゃ駄目なんだろ?」


「は? あ、あれなのです。これはまさにレイは無自覚勘違い野郎主人公なのですよ」


「え? どういうこと? ねえ――」





 その後、お姉さんを見に行くと俺の部屋に消えたため、どういう意味かシオンは教えてくれなかったが、体調が戻ったお姉さんも交えて、退院祝いパーティーを始め、さっそくすき焼きを食べ始めた。


 倒れたのが嘘のような賑やかなパーティーは続く。が、なぜか時々、二人は思い出したように、俺を見て『はぁ』とため息を吐くのだった。


 俺……、なにかやっちゃったか?

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