第21話 お姉ちゃんのカウンターは痛いのです

「ぶー。遅くなっちゃいました」


 口をタコみたいにしてほっぺたを膨らませているシオン。


 こういうのって、つつきたくなるよな……。あっ――


 口の端にカレーがついていたのでハンカチで拭いてあげた。


「ぬぐっ」


 ふしゅ。と少し空気が漏れてへっこんだが、それでもまたほっぺたに空気を補充してふくらませた。少し赤く色づきながら。


 くくっ、かわいい。だけど膨らませたくなる気持ちはわかる。早くお姉さんの怪我を治してあげたくて切り上げて来たのにだ。


「もうお昼を完全に過ぎてしまったからなぁ」


 そんなことを言いながら佐藤先輩の凶行に走ったのはなぜかと頭がいっぱいになる。


「そうですよ。今頃はお姉ちゃんとカレーを食べて、退院祝いしていたはずなのに……。退院初日から前途多難なのです」


 くそ、考えがまとまらないまま横を見ると、シオンが隣で腕を組み、ほっぺたを膨らませている。


 襲撃してきた佐藤先輩たちを警察とギルドの所長に引き渡して終わり。とは当然済まなかった。


 警察の事情聴取や現場検証が終わり、やっとシオンのお姉さんへ回復薬を届けられると思っていたんだが、次は探索者ギルドが待っていた。


 襲撃者の探索者たちを取り押さえるために来てくれたと思っていたんだけど、やっぱり話は聞きたかったようだ。


 警察でのことが終わった頃にはお昼を少し回っていたので、もうひとつのやりたかったこと。


『C○C○壱番屋でカレーを食べる』


 は、ギルドの所長がおごってくれたので達成することができた。


 だけどさ、ここまで時間がとられることになるとは思いもしなかったし、危なく俺が長門零で、生きていることがバレるところだった。


 何度かシオンが『レイ』と呼びそうになったからだ……。ギリギリだけど、なんとかごまかせた。


「それさ、俺の部屋でやらないか?」


 歩くのを止め、パーカの袖を掴み、くいっくいっと引っ張り首はブンブン縦に振っている。


 ギルドから病院へ向かう途中。通行人の視線を集めてしまうくらいに。


 聞き耳たてている人はいないだろうけど、人がいないわけじゃないから『レイ』と、また呼びかけたところを途中で気付き、『イレ』に変えてくれた。


「良いのか? まだ住むところをお姉さんに聞く前だけど」


 ダンジョンの帰りに三久の顔を見に病院へ行ったあと、帰りついたひとりの部屋はシーンと静かで、物悲しくなる空間だ。


 三久の意識が戻り、一緒に暮らす夢は何度も見ている。起きた時の喪失感は慣れるものじゃない。


 それが住むところの無いシオンとお姉さんを引き込むことで代用ではないけど、ひとりじゃなくなることに、内心すごく期待していた。


「あと、もしかするとまた今回のような襲撃があるかもしれない。それでもいいか?」


「ん? わたしも次はびしばしやっつけてやるので問題ないのです! それにそれに、その……提案はわたしは賛成に一票なのですよ。だってあのアパートならお姉ちゃんもすぐに復学すると思うし、前のアパートより学校も近くになるですよ」


「そっか。ならこの後退院した管理人さんに報告しなきゃな。あ、生活用品の買い出しも必要だし、」


「それがありました。それと、退院祝い本当にやってもいいのです?」


「うん。やろう。何か好きな食べ物とかあるのかな?」


「お姉ちゃんの好きなもの? ……そういえばお肉が好きなんですけど、今は流動食しか食べれないので、よく『お肉食べたい』って言ってました」


「肉ね。じゃあ今晩は贅沢しちゃおうか、明日からタマちゃんのところで修行になるし」


「しましょう! お肉パーティーなのです! お姉ちゃんの説得頑張るのです!」





 病院に到着し、俺は三久のところ。シオンは今も『ふんす』と鼻息も荒く、お姉さんのところに別れて向かうことになる。


 三久の病室をシオンに教え、退院の手続きが終わったあとに呼びに来てもらうことにした。




 ☆sideシオン


「お姉ちゃん! お薬持ってきたよ! ほら! 飲んで飲んで! すぐ飲むのです!」


「シオンちゃん。そんなに大声で騒ぎますとまわりの皆さんにご迷惑なりますわよ――むぐぅっ!」


 お姉ちゃんがいつものお説教を始めたのでお口に回復薬を突っ込んで上げました。


 身体凶化のお陰でレベルの高い暴れるお姉ちゃんでも取り押さえるのは問題なしです。


 でも同室のお婆ちゃんたちには謝っておきます


「あ、お婆ちゃんたちうるさくしてごめんなさいです」


 同じ病室の三人いるお婆ちゃんたちにペコペコと謝りました。


「にぎやかでいいねぇ。みかん食べるかい?」

「元気がいちばんだわねぇ。そうだ、そこの冷蔵庫にみかんゼリーがあるの、お姉ちゃんの分もあわせて持っていきなさい」

「うちの孫にも見習わせたいよ。ほら、饅頭おあがり」


「おお! いつもいっぱいありがとうなのです!」


 病室をカレーの匂いで充満させた時はさすがに嫌な顔をされたのですが、もちろんお姉ちゃんにも……。


 でもここのお婆ちゃんたちはいいお婆ちゃんたちなのです。今日もいっぱいもらっちゃいました。


 まだじたばたしているお姉ちゃんの対応に戻ると、ベッドの電動リクライニングを起こし、包帯だらけの手で何か本を読んでたみたい。


 あの分厚い背表紙はラノベじゃないのです。お姉ちゃんはわたしと違って難しい本ばかり読んでる。


 何度か覗いてみたけど何がおもしろいのかわからなかったのです。


「ぷはっ! シオン! 前回に続きなぜ今回もいきなり飲ませるのですか! 思わず吹き出してしまうところでしたわ! シオン! あなたやりたいことに集中してまわりの迷惑を考えないクセを、いい加減治しなさいとあれほど言ってるでしょう!」


「あわわわ! ご、ごめんなさいです! お姉ちゃんに早く治って欲しかったから忘れてたのです! 許して欲しいのです! だからその分厚い本は下ろして欲しいのですぅぅう!」


 ゴン――


「ひにゃ!」


 メイジさんのふぁいあーぼーる以来のダメージを受けてしまいました……。





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