第20話 襲撃者の正体

「は、は、早、い、です、よよ、よよよ!」


「喋らないで、舌噛むよ!」


 後ろの気配は――くそ、引き離しきれない。だけど次の角を曲がり、シャッターだらけの商店街を抜ければ人通りがある大通りに出れる。


 人目があれば襲撃者も手は出してこない、と思う。


「うし、ろ、ちょ、っと、ひき、はな、して、ます、にょわぁぁぁ!」


 速度をゆるめず屋根のある、五十メートルほどの商店街に向けて進路を変えた。


 勢いがありすぎたのか、お姫様抱っこ状態のシオンは首に腕を巻きつけ、ギュッとしがみついてきた。


 ダンジョンから帰って来たからか、少し汗の匂いがする。良い匂いだと感じた。これ、なにか……懐かしい――


 ――っと、そんなこと考えている場合じゃない。


 商店街の角を過ぎる寸前、後ろを見ると、なんとか二十メートルほど引き離している。


 正面に目線を戻し、見たところ商店街はひとつの店を除き通行人も少ない、このまま全力で駆け抜けられそうだ。


 シャッターの閉まった店舗が目立つ中、店の前まで商品を出し、小さな子供たちが賑わう店がある


 そこからひょっこりと出てきたのは岡間室長さんだ。また駄菓子を買いに来ていたらしい。


 それに店先でなにを買おうか悩む子供たちになにかお菓子を配ってる。


 駄菓子の布教活動でもしているのだろうか。


 駄菓子屋の前を少しスピードを落として、真ん中あたりまで広がる子供たちを避けて通りすぎ、後少しで商店街を抜ける。そんな時だ。


「あー! と、止まって下さい!」


「でも今は――」


「子供たちがさっきの人たちに!」


 ダンとアスファルトを踏み抜く勢いで急ブレーキをかけ、通りすぎた駄菓子屋を見た。


 子供を守るように数人を抱え込み覆い被さり男たちに背を向ける岡間室長さん。


「邪魔だ退け!」


 警棒が室長さんの背中を強打。俺は――


「身体強化! ダブル!」


 ドン!


 数十メートルを一秒かからず引き返す。抱き抱えていたシオンを片手で支え、手前の男二人を殴り飛ばす。


「止めろ!」


 間を置かず、二発目を殴ろうとしていた男を蹴り飛ばした。


「岡間室長さん! 大丈夫ですか!」


「め、目が回るぅ。あう、はっ! レイさん! 岡間室長さんは私が見ます! 残りの人をやっつけちゃってください!」


「わかった! 後警察とギルドにも連絡頼む!」


 目が回ったのか、ふらつくシオンをそっと下ろし、ウエストポーチから出したスマホを手渡す。


「任せてくださいです!」


 そこへゆっくりと近づいて来るリーダーと命令をしていた男。


「なんなんですか! こんなの完全に犯罪です! やりすぎでしょ!」


「ほう。この三人を一撃とはな。コイツらは三人でAランク程度は相手取れる力があるはずなんだが……オマエ、無能じゃなかったのか?」


「な、なぜだ! なんでお前がコイツらを倒せる! ギルド非公認とはいえ、Aランクパーティー相当だぞ!」


 先に倒した後ろの二人と、足元に転がる一人。そこまで強いとは思えなかった。


「倒させてもらいます!」


 先にリーダーだ! ダブルが切れる前に勝負を決める!


 身構えてもいなかったリーダーの懐に飛び込み、みぞおちを下から上へ打ち上げる。


「なっ! グボッ!」


 くの字に体を折り曲げ地面から足が離れるほどの強打。拳が半分以上めり込み嫌な感触が拳を伝ってくるがそのまま伸び上がるように振り切り、最後の一人に迫る。


「なっ、や、止め――」


「そこまで!」


 リーダーと同じようにみぞおちを殴り上げるが避けられた。


 ブオンと風を切る音。男のマスクからサングラス、帽子を掠め取り、空振りしてしまった。


「誰だ! って佐藤先輩!」


 殴ろうとしたのは佐藤先輩だった。そして佐藤先輩の襟首を掴んで引っ張ったスーツの男。さっきまでいなかったのに、いつの間に……。


「すまないね。この恐怖で失禁して気絶した男はもらっていくよ」


 佐藤先輩は白目をむき、黒いズボンの股間の湿りが広がっている。


「なぜです! ソイツは犯罪を犯したヤツラの仲間です! それも俺を襲うように依頼したんですよ! きっちり罪を償わせますからこちらに渡してください!」


 フッと体から力が抜ける。ダブルが切れたようだ。


 もしこのスーツの人と戦うことになれば確実に負ける。ダブルのスピードで殴るより速く動いて佐藤先輩を拳の軌道から外していたからな。


 だが、このままつれていかれるわけにはいかない。ダブルが切れたことを悟られないように身構え直す。


 あと数センチで佐藤先輩のお腹に拳がめり込むところだったのに、そこから引っ張り俺を空振りさせるほどだ。


 倒した男たちとはレベルが全然違う。


「ふむ。確かにな。わかった、罪は償わせると約束する。それでどうかな少年」


「それは警察とギルドにと言うことですか?」


「……善処しよう」


「……」


「警察とギルドに連絡しました! すぐに来てくれます! ……ん? 誰、です?」


「痛たたた、んも~、まいったわね。子供は無事よ、ありがとうレイ」


「ふむ。レイ、か。そういえばあいつと似ているな。覚醒して色がついたか。君は……長門 零君だね」


 はっとして、岡間室長さんは女性のような仕草で両手を口にあてている。


 その隣でシオンも同じ格好だ。


 確信したように見てくるスーツの男は俺が頷くと『はぁ』と、長いため息。


「ダンジョンで死んだと言うのはコイツの誤報、嘘の証言だったと言うことか。そちらの白衣は研究所の物。だとすれば総理は長門君が生きていると認知しており、さらに動いていると。……これは持ち帰って……いや、いくら佐藤家でも庇いきれんだろうな」


 気絶した佐藤先輩の襟首を持っていた手を離す。


 操り糸が切れたようにその場で崩れ、漏らした水溜まりの上にベチャと倒れ込んだ。


 少し思うところもあるけど自業自得だな。


「すまなかった。一般人の君たちを守るために介入して預かると言ったが、その必要は無さそうですね。警察だろうとギルドだろうと引き渡して大丈夫だ。好きにしなさい。なんなら今からでも殴ると良いぞ」


「いえ、気絶してる人を殴るのはちょっと。でもわかりました警察に引き渡します。……ところであなたはどなたですか? えっと、俺のことも、この佐藤先輩のことも知っていたようですが」


「ああ、すまないね。私は高橋と言うもので、先日その男の仲間に殴られた者だよ。そのことは、まあまた違う機会にしよう」


「あっ」


 この人も被害者の一人だったようです。


 ……そうか、佐藤先輩もだけど、たぶん高橋さんを殴ったのは聖一だ。……知らないところでいろんな人に迷惑をかけてるんだな。


「それと、向こうで君が倒した三人も私が確保していたが、こちらに連れてこさせよう」


 ……そっちのことは完全に忘れてました。






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