第19話 聞き覚えのある声
「あなたたち、なにかご用ですか?」
シオンを背中に隠し、いつでも動けるように身構える。
本当になんなんだ? もしかしてカツアゲか? それなら今の俺やシオンに絡むのは狙う相手を間違えたと言える。
レベルも10に上がり、基礎の体力なんかも上がっている上に、俺の身体強化とシオンの身体凶化はスキルを使わない通常時でも一般人とは比べようもないくらい強くなっている。
そんなの狙ったこの人たちは運がないと言えるだろう。だけどわざわざ相手をして傷害事件になったりするのも嫌だな。
それに今は少しでも早く薬を届けたい。逃げる、か……走ればまず追い付けないだろうし。
いや、ここで捕まえる方が良いのか。俺が相手をしているうちに警察へ通報してもらえば良い。
放っておけばまた違う人をこうやって取り囲み、被害が出るだろうからな。
考えがまとまったところで、俺たちの様子をうかがっていた八人のうち、前に出てきた三人。その三人は示し合わせたように黒い棒を取り出した。
ジャキン!
その手に持つ棒を振ると、飛び出すように長さが数倍に伸ばした。
特殊警棒と言われるダンジョンでもサブの武器として持つものも多いし、俺もしっかりと携帯している。
この人たち探索者か……。なら油断はできない。
「……物騒ですね。ダンジョンでもないところでそんな武器を出して、なにをするつもりですか?」
パーカの裾を掴み、シオンが震えている。絶対守る。だけど、この人たち、動きに無駄がない。
……強いな。これはもう間違いなく探索者だ。それも前衛のスキル持ちで、少なくともレベルは俺たちと同じか上と思う。
「……っ!」
問いかけには誰ひとり答えず前と左右の三人が一斉に特殊警棒を振り上げ打ち込んできた。
くそ! 逃げ場が! 避け――駄目だ! シオンに当たる!
咄嗟に駄菓子の入ったエコバッグを頭をめがけて迫る三本の警棒を狙い振り回す。
「がっ!」
右と正面の警棒はギリギリさばけた。が、左から来たヤツの警棒を頭だけはと避け、肩にもらってしまった。
くそっ! やっぱり強い!
骨を伝い耳に届いた音は完全に骨が砕けた音だった。
「レイ!」
「シ、シオン下がって! これくらい大丈夫!」
「でも! 肩がぁ!」
だらんと垂れ下がる左手は力すら入らない。
相手は八人、どうすれば良いんだ!
「なんだ? 弱いぞ? なあ、気をつけろと言われたから人数を集めたんだが、こんなもんなら完全に無駄だじゃねえかよ」
「失敗は許さない。念には念をだ。おい、無駄口叩いてないでさっさと拐ってしまえ」
ひとり腕を組み、攻めて来なかった四人と俺たちを見ている長身の男。たぶんアイツがこのメンバーのリーダーなのだろう。
だがそのリーダーに命令している男。どこかで聞いたような声だが……、いや、今はそんなことより――
「おい! なにが目的だ! こんなことギルドに報告すれば探索者の資格を失うだけじゃ済まないんだぞ!」
そう、探索者は暴行で警察に、とはならない。ダンジョンに入り、レベルが上がっている探索者はまた別の法で裁かれる。
探索者が犯罪を犯した場合、通常のように留置所や拘置所は挟まず、直接探索者専用の刑務所行きだ。
そしてスキルを使えなくするスキル阻害の道具が嵌められ、一般人並みの力しか使えなくなる。
持っているだけで普段から力の強くなる身体凶化や神化、あと、試してはいないがレベルがある俺の身体強化も完全ではないにしても、阻害されるとのこと。
「くくっ。だろうな、犯行が表に出れば、な」
「フヒッ。ま、バレても問題ねえがよ。どうせ雇い主のコイツがそんなの握りつぶしてくれるからな」
こんな犯罪を握り潰せる? 何者なんだよそいつは! くそ! どうする、肩がこれじゃ……なんとかシオンだけでも逃がせれば。
「ヒヒッ。なんだ? 探索者ギルド? 知らねえなぁ、あんな遊びの延長線でふんぞり返ってるヤツラなんかよ」
バカにしたように笑う男たち。片腕を潰し、もう反撃もないだろうと思っているのか、最初の緊張感はすでにない。
……ん? 肩の痛みが、マシになってきている。なぜ? 麻痺してきたか?
……あ、違う! これは身体回復だ!
いいぞ、このまま油断してくれるなら回復した瞬間、いや、握力が戻れば――
余裕をかまし、ヘラヘラと笑っている男たちから一瞬だけ目線を外す。
チラリとシオンを見ると震えながらしっかりと負荷の裾を掴んでいる。
それに……まただ。また頬が濡れ、止めどなくポタポタと顎の先から涙が滴っている。
こんな顔は見たくないしさせたくない。早く、身体回復、もっと早くだ!
意識を手前の三人に残しながら身体回復を強く念じる。すると、ジクジクと痛んでいた肩の痛みがなくなり始めた。
よし、すぐに使えそうだ。が、警棒はバックパックの横に今は無い目潰しと同じように吊り下げてある。
……こうなったら身体強化を使おう。相手が探索者なら使った瞬間は体が光ってしまいバレるだろうが問題ない。
気づかれてもそれ以上の速さで動けるはずだ。
「この程度ならサクっと殺ってしまうか。おい、拉致は無しだ」
リーダーだと思うヤツが目の前の三人に向けてそんな命令をくだした。
「「うい~す」」
「なにを勝手に作戦を変えてるんだよ! おい! どこに行くんだ!」
奥にいた四人が踵を返し、背中を向け離れていく。それを命令していた男が追いかけて行った。
その時俺に集中していた目の前の三人もチラリと背後に意識を向けた。
今だ!
「(身体強化!)」
駄菓子のエコバッグから手を離すと落下を始めた。
フリーになった両手をバックパックに吊るしてある警棒に手を伸ばす。
エコバッグが落ち――ジャキン!
――ガサ――た。
引きちぎるように警棒を引っ張り振り抜き伸ばし、同時に右と正面の二人の肩へ警棒を振り落とした。
「ギャッ!」
「グガッ!」
警棒を伝い嫌な感触が襲うが続けざまに左の、俺の肩に一撃を入れたヤツの腹へ突きを入れ、前屈みになった男の肩に追加でお返しのつもりで警棒を振り落とした。
「グボッ! グガッ!」
ズブリと今にも突き抜けて仕舞いそうな錯覚と、骨が砕けた音を聴いた。
「シオン逃げるよ!」
パーカの裾を握りしめたままのシオンを抱え上げ、研究所の方へ走る。
「っ! クソ! 逃げたぞなにやってんだ! 早く追いかけろ!」
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