第8話 騙され搾取されていた君

 結局、復帰初日はモンスターハウス前で、見つかること無く三周するのを見届けて帰ることになった。


 よく考えたら、やってることはストーカーと一緒じゃないのかと悩み、離れようとしたけど帰り道も見守った方がいいと考え、ダンジョンから出るまで見届けることに決めた。


 最後まで物理的な攻撃は無かったけれど、大和さんに対する数々の暴言で分かったことがある。


 どこかで聞いたことある名字だと思っていたんだけど、学園のトップ探索者パーティーに所属していた同級生、それもその人の双子の妹さんらしい。


 怪我か何かで大和さんのお姉さんは大怪我して入院しているとのこと。


 怪我は一本あった上級の回復薬で、なんとか死なない程度までは治療できたそうだけど、完全に回復するには後数本必要だと言う。


 学園トップパーティーは上級、億はする高額な回復薬が複数買えるんだと思ったけど、そうでもなかったらしい。


 数年前から両親は仕事を辞めて、お姉さんの稼ぎで遊び暮らしていたそうだ。


 AやSランクの子供がいる場合、そう言った親は実際に多い。


 でもお姉さんが大怪我をした。そこで大和さんは上級回復薬が必要だと、お姉さんの通帳を両親に渡し、貯金を下ろして欲しいと頼んだ。


 一本は余裕で買えるくらいは貯金があったのに、全て下ろして持ったまま消えたそうだ。


 なんて親だと思った。自分たちの子供が大怪我しているのに、その怪我をしてる子供のお金を持って行くとか考えられない……。


 もし俺に子供ができたとしても、そんな親にはならない。なりたくないと心の底から思った。


 だとすれば上級回復薬はどこから出てきたのか。それはお姉さんが元々ダンジョンで発見して持っていたものだった。


 その一本がなければ確実に亡くなっていたそうだ。


 そして入院しているのは三久と同じ病院だったってことで、朝に出会ったのはそういうことらしい。


 そんな言いふらすことでもない話を休憩のたびにして、休ませずに雑用をさせる。


 本当に口を開けばしつこく大和さんに言葉の暴力を浴びせていた。


 それなのに、あんなのよく我慢……。あっ、言葉の暴力こそ無かったけど、よく考えたら扱いは俺と一緒なんだ。


 そう思うと今のままあのパーティーに雇われていたら絶対に駄目だ。確実に同じ目に遭うと想像できる。


 そして今、言われていたように無報酬になり、帰りのバスでは置いて行かれて丸めた背中を向けて俺の前にいる。


 酷いものだった。


『お願いです! 報酬だけはもらわないと駄目なんです!』


『もらわないと病院にいられなくなるんです! だからお願いします! 半額でも良いのでお願いします!』


 土下座までして、足元に何度もすがり付き、頼んでも無報酬は覆らなかった。


 本当になんなんだよお前ら。こんな奴らだとは……。俺がちゃんと見えてなかったのかよ。


 最後はバックパックを取り上げ――


『明日も今日と同じ時間だ! 遅れるなよ残りカス!』


 ――と言って装備のメイスだけを遠くに投げ捨てた。


 それを拾いに行ってる間にみんなは待つことなどせずにバスへ乗り込み、時間になったところでシャトルバスは出発してしまった。


 こんなの無いよ。無茶苦茶じゃないか。


 なんなんだよ! これじゃ無理を言って裁かれそうだったみんなの罪を無くしてもらったから起こってることじゃないか!


 当事者が不問にするならと探索者ギルドと国にまで手を回してくれたのに!


 大和さんを苦しめているのは俺だ! 全部俺のせいじゃないか!


 意識せず動いていた。バス乗場で呆然と立ち尽くす大和さんの横に立っていた。


 それに気づいたのか、ビクと震えた後こちらを見てまたビクと震える。


「な、イレ、さん。今の見られちゃいましたか」


 俺以外にもまだそこそこの探索者がいる。おそらくバスの真ん前で騒いでいたので乗りそこねた者たちだろう。


「うん。見て聞いたよ全部。モンスターハウスでの事も全部」


「っ……」


 俺の言葉に顔をそらし、ビクとまた震えた。


 そろそろと首を回し周囲で心配そうに見ている探索者を見て、何か言い出そうとしたけど、口をつぐんでしまった。


 下唇に力が入っている。そうか、泣くのを我慢してるんだ……。


 俺も涙をこらえる時そうやっていたし……。もうほっとけないよ。


「それでさ。あの人たちと正式にパーティーを組んで無いんだよね? 仮とも雇われとも言ってたから違うと思って」


「はい。そうです、正式には組んでいません」


 力なくそう答え、ふるふると横に首をふる。


「ならさ、急だけど俺と正式にパーティー組んでくれないかな。俺ソロだし仲間が欲しいんだ」


 そう言ったとたん、ガバッと顔を上げた。


「っ!」


「俺も朝にバスで言っただろ? 妹が病院にいる。そりゃ補助金もあるけど、現状維持が関の山でさ。だから稼がないと駄目なんだよ。二人なら今よりずっと多く安全に稼げると思うんだ」


「で、でもわたし【凶化】持ちですが、それしかスキルがなくて、でもお姉ちゃんは七つもスキルを持っていて、わたしはずっと双子の出涸らしと言われてて、引きこもりでごくつぶしとも言われてて、今日なんて残りカスってニックネームまでつけられて――」


 ポンと思わず頭に手を乗せて三久にしているように撫でてしまった。


「ご、ごめん! つい!」


 ポロポロと大和さんは頬を濡らし、小さく細い顎を伝って水滴がアスファルトを湿らせた。


 慌てて手を引っ込めようとした時、頭の上の俺の手の上に、大和さんは手を重ねた。


 温かい。それにふるふる震えながらしっかりと握ってくれてる。


 握手以外で、両親と三久だけかもしれない。こうやって手と手を重ねたのは。


 ああ。そうだよな。俺、やっぱりこんな仲間が欲しいんだ。


 聖一としか話せなかった俺に、二葉が話しかけて来たから気になり出してすぐに好きになったんだ。


 当初からやけに聖一と距離が近いと思っていたけど……。


 聖一を見る目に熱がこもっていているのも勘違いだと思い込ませていた。


 俺とは繋いだこともない手を繋いで歩いているのを見た時も見なかったことにしていた。


 俺のことは『レイくん』で聖一のことは『聖一』と呼び捨てで呼んでいても――


 二人がずっと前から裏切っていることも、最初から何かあった時の身代わりが目的だってことも、心の奥底では分かっていたんだ。


 ただ仲間と思い込もうとしていただけなんだ。




 ……気づかないフリをしていただけなんだ。




 それの代わりを大和さんに重ねているだけかもしれない。


 仮初めで、傷を舐め合いたいだけなんだとしても。側に居て欲しい。


「大和さん。だからさ、これから俺の側に居てくれないかな――」


 良ければ……友達として。


 最後は恥ずかしくて言いきれなかったけど、自然に言葉が出た。一番言いたかった言葉が。


 ビクと震え、勢いよく上げられた顔。ハラリ前髪が横に流れ、隠されていた大きな黒い瞳に俺が映った。


 そして小さく、さくら色の唇が開き――


「え? あ、あの、わたしなんか荷物持ちしか取り柄無いですので良ければこちらからお願いしたいくらいです。どうかよろしくお願いします」


 涙濡れの顔でほんの少し笑顔になって、そう答えてくれた。


 やっと仲間ができたんだと、俺も笑い、なぜか頬が濡れ、アスファルトを湿らせていた。

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