第7話 復帰初日のストーカー

 研究所との約束を破り、ゴブリンが出没する三階層、俺が死んだことになった階層に来てる。


 知り合ったばかりの他人だけど、もしかすると大和さんも俺と同じように身代わりになるんじゃないかと心配になったからだ。


 いくらなんでもそんなことはないと信じたいけど、どうしても気になってしまい、気づかれないように尾行してしまっている。


 だけど予想通り元パーティーはゴブリンのモンスターハウスを目指しているようだ。


 このままついていってどうする。見つからずに一緒に中に入ることなんかできるわけ無い。いつも通りなら扉は開けたままで固定するから覗くことはできるけど……。


「――くっ!」


 ゴブリンに背後を取られた――


 こん棒が左腕をかすめて行ったが一撃目を躱すことができた。


 復帰最初の相手が三匹かよ!


 スライムとスイーパースネイルはパッシブモンスターなので勘定に入れてない。


 だが目の前のゴブリンはアクティブモンスター。油断無く向き直り、壁を背にワンハンドソードを構え、身体強化を発動させる。


 以前のダガーより数キロは重いはずのワンハンドソードの重みが軽く感じた。


 屋内駐車場で一週間みっちりと練習したけど、この感覚にはまだ慣れないな。


 でもダガーの時よりリーチも長いし攻撃力は上がってるはず。


 武器を構えたからか追撃は無く、囲うように三方に別れて攻撃のタイミングを探しているようだ。


「あまり時間はかけられないんだ。こっちから行くぞ!」


 背にした壁からまずは右のゴブリンに詰め寄る。


 いきなりで驚いたのか、こん棒を剣に合わせることもできず、左肩から右の脇腹まで木綿豆腐を箸で切ったくらいの感触で切り裂けた。


 ズシュ――


「は?」


 なんだよこの剣! めちゃくちゃ切れるじゃないか! それだけじゃない、ゴブリンの動きが遅く見えるぞ!


 切られたゴブリンは一撃でボワッと黒い煙に変わり、カランと魔石だけを残して消えた。


 だけどこれなら!


 仲間が一撃で消えたことに驚き動かない。今度は正面にいたヤツを左下から右斜め上に切り上げた。


 ズシュ――


 続けざまに最後の一匹も横薙に腹を切り裂き黒い煙に変えて復帰初戦闘は終わった。


「やっぱり強化の倍率が1.0倍から上がってるのは間違いなさそうだ。それと剣か……こんなのあるなら最初から貸してくれればいいのに」


 一応刃こぼれがないか見てみるが、今回はこん棒と切り結んだ訳でもないからキレイなままだ。


「あ、こんなことしてる場合じゃなかった。急ごう」


 剣を手に早足で追いかけた。







 その後も、何度か横道から出てきたゴブリンと遭遇したが、手こずることもなく、すべて一撃で倒してきている。


 ふと思い出したのは、かすめただけだけど、ダメージを受けているはずの左腕が痛くないことに気づいた。


「……痛くない」


 揉んだり押したりしてもだ。これが身体回復のお陰なのか? そういやかすめてすぐ後でも痛くなかったな。忘れるくらいだし。


 そんなことを考えている内に、モンスターハウスに向かう最後の角に到着した。


 そっと覗き込むと、扉は開かれ、すでに突入しているようだ。


 だけど入口の前、ドアストッパー代わりなのか、見覚えのあるバックパックが置かれている。もちろんそれだけじゃなく、鉄製つっかえ棒の設置も確認できた。


 何でだ? 回復薬は持ち込んであるから必要ない……わけないよな。


 途中でもし足りなくなったらバックパックから予備をすぐに出せるようにしてないと駄目だ。開いた扉の向こう。戦ってる姿を見ても、ウエストポーチをしているようには見えない。


 チラチラとゴブリンから逃げながら、鉄製のメイスを振り回し戦う大和さんが見える。その大和さんはウエストポーチと、ひとまわり小ぶりなバックパックを担いでいた。


「なるほど。負担を減らすために必要な物だけ持って入ったってわけか」


 はぁ、なら俺の取り越し苦労かな。


 さすがに仮パーティーとしても、雇ってまだ間もない大和さんをどうにかするなんてあり得ないか。


 ならこれからどうしようか。このまま三階層を巡回はできそうだしな。


 手にあるワンハンドソードに視線を落とす。


 何度かこん棒と切り結んだが目立った欠けや傷はなく、刃を触ると研ぎたての包丁かと思えるほど鋭いままだ。


 ウエストポーチには研究所から至急された準中級、一本十万円のHP、MP回復薬が各五本と、応急手当ができる包帯や消毒薬などが詰め込まれている。


 一本十万だよ! それが各五本で百万円分の回復薬だよ!


 持っているのが恐いくらいだけど、持っていけと、何かあったら迷わず飲めと凄く恐い顔で詰め寄られてしつこく言われ持っている。


 鍵付きのウエストポーチ買おうかな。


 そして見つけてしまった。魔石とスキルオーブがあった。


 ……忘れてた。


 買い取りに出し忘れていた魔石とスキルオーブがウエストポーチの底に隠れていた。


 今日こそ提出しておかなきゃな。


 ウエストポーチの蓋を閉め、もう一度通路の角からモンスターハウスを覗く。


 おっと、ちょうど討伐が終了したところだな。


 見つからないように乗り出していた体を少し引っ込め見守ることにした。



 するとちょこちょこと走り回り、魔石を拾い集める大和さんが見えたが当然元メンバーは誰も手伝おうとはしない。


 俺と時と同じだな。


 まだ拾い集めている大和さんを置いて先に出てきた聖一と二葉は、あろうことか扉の影で寄り添いキスを始めた。


 ダンジョンの中でまったく警戒もしていないように思える。そこへ先輩たちも出てきたが、二人を見ても何でもないように壁に背を付けて石畳の床に腰をおろした。


 数分後、大和さんが魔石を集め終わったのか、部屋から出て来る。つっかえ棒を外し、大きなバックパックを扉からどけ閉めたあと、魔石を移していると言うのに信じられない言葉が聞こえた。


「大和! 遅すぎるぞ! なにやってんだのろまが! 俺たちは疲れてるんだ、飲み物くらい言われる前に用意したらどうだ!」


 と佐藤先輩。


 そんなことを言う人だったのか……。


「たく。使えねえのは死んでくれたレイと同じだな。家族が病院に居るんだろ? ちゃんと働かねえと金払わねえぞ」


「聖一。そんな力が強いだけのブスに構ってないでもっとキスしようよ~。そうだ。働きが悪いんでしょ? 減額すれば良いじゃない」


「おっ、良いアイデアだな二葉。じゃあ今日は半額の三千円だな。良いだろ佐藤先輩」


「そうだな。いや、罰として今日は無しだ。それより早く飲み物を用意しろ大和。いや、もう残りカスで良いか」


 半額で三千円? モンスターハウス一回でメイジがでないとしても五万は稼げるんだぞ?


 俺の時は等分だったよな。


 それがなんで大和さんは一日働いて、普通にもらったとしても六千円なんだよ。


 ギシと握りこんだ拳が鳴り、手のひらに爪がくい込む。このまま飛び出して文句を言ってやりたい。


 『お前ら残りカスってなんだよ! 報酬無しってバカにしてんのか!』


 そんな文句を言っても、今はどうにもならないことは分かる。


 三階層の巡回は無しだ。こんな気持ちでは集中もできない。


 今朝初めて会った子だけど、放っておくことはできそうにない。ダンジョンを出るまでは見守ろう。


 握りしめた拳をゆるめると、四つの傷ができて血がにじみ出ていたが気にも止めず、監視を再開。


 その傷が一分も経たず無くなっていることにも気づかず見守り続けた。

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